第7話

先輩に連れられて、階段までやってきた。

先輩はなんだか楽しそうで、それだけで私もちょっぴり楽しくなった。

相変わらず麗しすぎる美貌で私を見つめてくる。


「恋人同士が最初にする事ってさぁ、デートだって言ってたんだよねー」

「ああー……普通そうですよね。今回はまとも」

「でもデートって俺らしたよね。ね?」

「はい。プリクラ撮りに行ったあれがデートって言うんなら……」

「だからぁ、次のステップだよ。あいちゃん!」

「え?」

「若林が次はラブホって言ってた!」


若林!

先輩に変な教育しないで!


怪訝な目で先輩を見るのに、先輩は全くめげずにきらきらした目で私を見つめた。

そういうとこが先輩のいいとこだなんて思ってしまう私は、だいぶ頭がやられている。


「でもねー、あいちゃんが嫌だと思う事はしないんだー、俺。えらいっしょ?」

「うん」

「だからちゅうして。あいちゃん」

「は?」

「あいちゃんからちゅうして。ご褒美」


御褒美も何も。

自分が勝手に若林さんに聞いてごちゃごちゃしただけで私からしたら何もいい事はされてないんだけど。


でも。

先輩はきらきらした眩しい顔で、子犬のように私の反応を窺っている。

可愛いな。ほんと。

こういう時に美形って得だよね。断ったら可哀想だと思う何かがあるもんね。

まぁ、ちょっと嬉しいからいいかな。


「先輩。ちょっとかがんで」

「え」


挙動不審になりだした先輩に呆れて少し笑いながら、先輩の胸元のシャツをきゅっと掴む。


「え? え?」

「目。閉じて下さい」


先輩が提案したくせに、実際オッケーを出されるとあたふたしているらしく、視線をきょきょろしてから、慌てて目を瞑ってくれた。

ぐっと背伸びをして、唇を重ね合わせると、柔らかい唇を通して熱が伝わってきた。


大好き。

先輩がこんなにも私を好きになってくれて嬉しいんですよ、ほんとは。

節操無しで有名だった先輩が私だけを見てるのが嬉しくて。

なかなか素直になれないけど、私も負けないくらい好きです。


そんな思いを込めて、ぎゅっと目を瞑って唇を重ねた。

ラブホに行ってもいいかななんて浮かれた事を考えた。


その後、先輩に教室まで送ってもらって、教室の中に入る。

授業は自習だったらしく、それなら先輩とサボれば良かったかなとも思ったけど、机に座った私に友達が二人近付いてきた。


「ねぇねぇ、あい」

「んー?」

「真咲さんと付き合ったの?」

「ああーうん。まあ」


私がそう言うと、友達二人が手を取り合ってきゃーきゃーと言いだす。

それに少し笑っているうちに、二人は容赦なく質問攻めをしてきた。


「でもさ、真咲さんに告られたら確かに断れないよね」

「えぇー私なんか絶対断らない。だって連れて歩いてるだけでも気持ちいいもん」

「だよねー。一緒にいると綺麗過ぎて自信喪失しちゃいそうな気もするけど」

「ああーまぁね。私たちより絶対顔小さいもんね」

「あいにだけ一途になったら言う事なしだけどね」

「今のとこ大丈夫そうだけどね。ていうか、あの人ってなんで友達いないんだろね」

「ほんとだよね。私なら声かけまくるけどね」

「人とあんまり接触しようとしないらしいよ。あいだけ特別って感じだよね。うらやましい」


私だけ?

二人が好き勝手に喋っているのを、プリントの穴埋めをしながら聞いていると、ふと気にかかった。

先輩に友達いないって言うけど、若林さんは?


「ねぇ、若林さんって人、二年にいる? 知ってる?」


私がそう聞くと、二人は顔を見合わせて首を傾げた。


「誰だろ。聞いた事ないけど」

「ねぇ、ないよねぇ」


二人の反応に首を傾げながら、私は先輩に聞いてみようかと思った。

若林さんって私も知らない。

先輩と友達だって言うけど、一緒にいるとこなんて見た事がない。


先輩はいつも一人だった。

ただ色んな人に見られるだけ。

先輩は芸術作品のように見られるばっかりだ。

みんな、自分と違いすぎるあの人が、時に怖くなるんだ。

私なんか、俺なんかとは……ってきっと思う。

あんな綺麗な人が仲良くしてくれるわけがない、なんて。


先輩と一緒にいると男の人は特に劣等感を感じるのかもしれない。

一人で歩く先輩を神様のように崇める私たちは、先輩をどんどん孤立させていったのかもしれない。


男の人を敵に回してばっかりの先輩の唯一の男友達だという若林さん。

一回会わせてほしかった。

先輩の話を色々教えてほしかった。

そして、先輩と一緒にいてくれてありがとうと心から言いたかった。


自習を終えて、先輩の教室を覗いてみる。

二年の教室に勇気を出して来たのには理由が合った。

うまくいけば、先輩と若林さんが話をしているところでも見られるかなぁと。

クラスが一緒かは知らないけど、若林さんも二年にいるって言ってたし。

扉からこっそり覗くと、先輩は窓際の席に座って、窓の外に向かって頬杖をついてぼーっと眺めていた。


誰も近寄らないのが不思議でじっと見つめる。

先輩は誰にも近付く気がないらしい。

私といる時には想像もつかないけど、先輩は近付くなオーラをむんむんと出していて、いつものへらへらしてる先輩はどこにもいなかった。


無表情だと整っている顔のせいで、やけに冷たく、怖く見える。

哀愁の漂う寂しそうな表情に胸がつきんと痛む。

先輩は笑ってくれないと、良さが出ないよ。本当はすっごくへろへろしてて可愛いのになぁ。


「先輩っ」


入口から少し大きな声を出すと、教室にいたみんなに視線を向けられる。

だけど、私を見るのも慣れたのか、ああっと納得するとすぐに何もなかったかのような教室に戻った。

先輩は私を見つけて、ゆるゆると頬を緩ませる。


「あいちゃん」


ぽつりと独り言みたいに席に座って呟くと、先輩の柔らかい表情に教室にみんなが釘付けになって見ていた。

ずっとそんな顔をしてればいいのに。

苦笑していると、先輩がとことこ近づいてくる。

長い脚をすいすいと動かして歩く姿は、本当に絵になる。


「あいちゃん」


嬉しそうにつぶやく先輩の手をきゅっと握る。

先輩は繋がれた手を少し見つめて、嬉しそうに頬を緩ませた。


「先輩。若林さんって同じクラスですか?」

「ああー、……いや、違うよ」

「そっか。会わせてくれませんか?」


私がそう聞くと、先輩は困ったように首を傾げて、無理なんだと告げた。

その顔は何かに怯えるような顔で、普通じゃない先輩に首を傾げる。

私が不思議な顔をしていると、先輩が私の手を引いて、また四階の特別棟の方へと歩いて行く。


「あいちゃん。俺の事好きー?」

「え? うん。好き、ですよ」

「ふふふ。ありがと」


先輩は階段に腰かけると、私のスペースの砂を払って座らせてくれた。


「俺さ、昔いじめられっ子だったんだ」

「え?」

「見た目こんなだしさぁー、小さい時はもっと女の子みたいな見た目で。よく男の子にいじめられてた」


初めて聞く先輩の事実。

先輩の顔をじっと見ると、先輩は困ったように目を逸らした。

すらっとした足を落ち着きなく彷徨わせて、どう思われるか、それだけを心配してるようだった。


教えてくれて嬉しいのに。

聞いたからって嫌いになるわけなんてないのに。

そんなに不安そうにしないでもいいのに。

早くぎゅっと抱きしめて、大丈夫だって言ってあげたい。


「それが若林さんと何か関係があるんですか?」

「うん。まぁ話は長くなるんだけどー……」


先輩は間延びしたいつもの口調を保ちながらも、その伸ばした声は少しだけ震えてる。

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