It is spoiled by a fragrance
「冷たくないよ。人混みとかうるさいとことか苦手でしょ」
「覚えててくれたんだ。嬉しい。佐希、会えて嬉しいよ」
そう言って、机に寝そべっている位置から見上げるように私を見上げて、極上の笑みをこぼしてくる。
それをチラッと見ながらご飯を食べると、京が歌っている鼻唄が耳に入ってくる。
今度は機嫌よくしちゃってるし。
気まぐれっぷりは十分に承知だけど、一ヵ月半ほどの間に免疫がなくなっていたのか、やっぱり唖然としてしまう。
食べながらチラッと見ると、その視線にすぐに気付いて、首をかしげて笑いかけてくれる。
その一つだけで胸がおかしいくらいに早鐘のように鳴っている自分がいてびっくりする。
「ねぇ、佐希。どうして携帯出てくれなかったの? 美佳に聞いてもずっと知らないって言うし。マンションにも全然帰ってなかったでしょ? ずっと会いたかった」
「…………知ってる」
知ってるんだ。
昨日も家の前で座って待ってくれてたよね。
「じゃあ連絡くれても良かったのに。忙しかった?」
「うーん……うんそうだね。忙しかったかな」
「……そっか。じゃあ仕方ないね。でも久しぶりに会えて嬉しいよ」
かかってきた電話にかたくなに出ずに、美佳にも口止めしてかたく居場所を教えなかった。マンションも表に京がいるのを見つけた時は、必ず裏口から帰るようにしていた。
そんなあからさまな私を、忙しかった? で済ませるところが京らしいけど。その常人離れしているところも、やっぱりうんざりする。
「でもさっきの男誰?まさか彼氏とか言わないよね?」
いきなり機嫌がまた悪くなった京は、私を見て口を尖らせてきた。
「ううん友達だよ。友達」
言ってから、彼氏って言っておけばよかったかもなんて考える自分がいた。ただ、京から逃げたかった。
「ふーん。俺にはテストまで勉強しないといけないから会えないとか言ったくせに」
「ごめんね」
さすがに京もこれが嘘だったと気付いたのか、心なしか責めるような言葉を吐いてくる。
テストまで勉強しないといけないとか言って、携帯の連絡にも一回も出なかったのに、テスト当日に男の子とご飯食べてたら、普通嘘だと気付くよね。
「あんまり簡単に気許しちゃダメだよ」
謝った私に、じとっと何か言いたげな目で見つめてきたと思うと、そう呟いた。京に注意されたくなんてないんですけど。
そう思って、じろっと睨んでやると、京はテンションが低いのかまたしょげている様子で私から目を逸らしていた。
「あ、京だー」
京を見つけたのか、見た事もない女の子がこっちに向かって歩いてきた。その様子をじっと見ていると、京は顔をあげて、きょろきょろと周りを見渡すと、女の子を見つけてにこっと笑う。
「……誰あんた」
京ににこやかに話しかけにきた女の子が、前に座っている私を見て、どすのきいた声を出す。
あーあ、また京の餌食になってる。
私も前はあの位置にいたんだと、懐かしさと同時に胸を締め付ける痛みを感じる。
「今日暇ぁ?」
女の子は、黙って無視した私を睨んでいたかと思うと、京に視線を戻して媚びるように問いかけて見せた。
「うーん。佐希は今日一緒にいてくれる?」
京の問いかける視線に黙って首を振ると、じっと私を見ていた京は納得したのか女の子に視線を戻した。
「じゃあ、いいよ。あとで電話してくれる?」
「わかった! またあとでね。電話出てよっ」
京の気まぐれのせいで、電話に出てくれなかったことがあるのか、女の子は念を押すように言うと、私をもう一度睨んで出て行ってしまった。
とっても綺麗な女の子だった。
すらっとしていて、モデルのような大きなパーツを顔に綺麗に並べたようなタイプ。またまた京の好みそうな子だ。
いや、考えてみれば京の好みなんて知らない。
京に近寄ってくる子が、ああいうきらびやかな子たちが多いってだけだ。
「ねぇ、明日は空いてる?」
それにも首を振ると、京は眉を下げてうなだれてしまった。
そして、文句があるらしく、また下から私をじっと見上げてくる。
ソージさんとご飯食べる余裕があるなら、ちょっとくらいは時間作れるだろって言いたいんだよね。
分かるけど、分かってやらないよ。
「もうあの女の子のところ行ってもいいよ」
拒絶しないといけないと思って、一緒にいた時では絶対に言わなかった言葉を強がって吐く。
「忙しいの?」
「うん。忙しい」
「そっか分かった。じゃあまたね。連絡する」
連絡するって、何十回もかかってきていた電話にも、何十回も送られてきていたメールにも一度だって返信しなかったのに。
繊細な京が傷付いていないはずないのに、優しいからあんな風に言ってくれる。
それが自分の良心を痛めて仕方ない。
それにしても京はうっとうしいくらいに素直だから、行ってもいいと言えば、本当に行ってしまう。
だから、前に一緒にいた時は、他の子と仲良くしているのが憎らしくてたまらなかったのに、そんな事を一度だって言うはずがなかった。
行ってもいいなんて言えば、素直に頷いてしまうに違いないから。
京が出て行って、ホッと大きな息を吐く。
ああ、もう、宗二さんに私はちゃんと対応できていただろうか。
京の事で頭が覆われていて、正常な判断をできたのか自信がなかった。失礼なこととかしてないだろうか。
それほど、京と再び出会ったことが衝撃で仕方なかった。
京と一ヵ月以上一緒にいたから、大学でどのように行動しているのか全部把握していたし、京が行動する範囲には絶対に近寄らなかった。
だから、今まで避けてこられたけど、こうやって広い大学構内でもやっぱりいつかは会ってしまうかもしれないと思ってた。
でも、もう少し後が良かった。
この体をむしばんでいる毒が完全に抜けきって、相変わらずふわふわしている京を笑って久しぶりだねと言えるほどの時間が欲しかった。
今はまだ、到底無理だ。
懐かしい香りに胸をかきむしりたくなるし、私だけしか見ていないあの視線に泣きそうになったり、華奢なくせに大きな胸に飛び込みたくなる。そして、京の名前を叫んで、どこにも行かないでって醜く繋ぎとめてしまいそうになる。
これじゃ、あの頃に戻ってしまう。
京にはもう会わないでおこう。
一生会いたくない。
もし京に会わないようにできるなら、この大好きな親子丼も、もしくは豚肉だって鶏肉だって一生食べなくてもいい。もう私はあんなに惨めで、辛くて、誰かを殺したくなるような狂気をもう感じたくない。
この穏やかな自分のままでいたい。
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