a wound of a heart
腰を抱かれながら連れて帰られて、すぐにリビングに戻った。
キッチンに行くと、ピアスもなくなっていて、京はピアスの存在にも気付いて放ってあったのかもしれないと複雑な気持ちになった。
見渡す限り本当に全てがなくなっていたリビングで、申し訳なさにさいなまれながら親子丼を作った。
ご飯を最初に炊いておいたせいで、もうすぐ炊きあがるマークが出ていた。
親子丼を綺麗な丼に入れて、テーブルに上に置くと、京はビールを置いて私の顔を見上げて笑った。
「おいしそう。食べてもいい?」
「お腹すいたよね。食べて」
「いただきます」
お箸を持って食べ始めた京の向かい側のソファに腰を下ろす。
すると、一口目を口に入れながら、自分の隣のスペースをぽんぽんと叩く京に従って、京の隣に腰かけた。昨日一緒に行った料亭の味や盛り付けを思い出して、自分の料理の貧相さに不安になってくる。
もぐもぐと規則的に口を動かした京は、一口目を食べきると、私の腰を後ろから腕を回してするりと抱きよせて、「おいしい」と嬉しそうに囁いた。
「佐希が親子丼好きだって言うのが分かる。おいしい」
京は良くも悪くも嘘をつかない人だ。
こういう時はお世辞じゃないんだと素直にホッとできる。
「良かった。口にあって」
隣でホッとしたように言う私に目を細めて綺麗に笑うと、前を向いて黙って親子丼を食べてくれた。
「京。全部食べてくれてありがとうね」
隣で京の服の袖をきゅっと握った私に、ちゅっとキスが降ってきた。
「あ、ごめん。思わず。していいか聞くの忘れてた」
「ふふっいいよ。今はして良かった」
「そう」
「京はキスしていいか聞くタイミングが悪いよ」
「佐希が落ち込んでたら、キスしたくなる。元気出してほしいって思う」
……ああ、それでキスをしてきてたんだ。
なんか京ってほんと無邪気。可愛いな。
丼をキッチンで片づけていると、京の携帯がプルプルと鳴りだした。京が携帯を手にとって、自然に電話に出るのを見て、思わずため息が零れた。
また女の子なんだろうな。
「もしもし………うん? 誰? ……うーんああ。分かる。え? ……明日?」
京のその電話の感じから女の子だってすぐに分かる。
みんな京の予定を押さえたくて必死なんだなぁ。何だかもう二日目にして慣れた気もするけど、自分もこの中のただの一人なんだと思うと悲しくなる。
「明日は空いてるよ。……俺の家来る? うん。………ホテル行きたいの? じゃあそれでいいよ。ついでだから、家まで拾いに行く。……いいよ別に。……はいまた明日。じゃあねぇ」
電話を普通に切った京に、何も動じない振りをしながら、キッチンで洗い物をし続けた。お皿のカチャカチャという音が嫌に響いて聞こえた。
聞いた言葉を今すぐにでも抹消しようと、親子丼の作り方を頭の中で繰り返す。
京が後ろに立ったかと思ったら、するりとお腹に腕を回されて、端正な顔が私の肩にひょいと乗せられた。
背中に京の胸が当たって、呼吸をする度に上下する胸が背中を熱くさせる。
「一緒にお風呂入る?」
さっきの電話のほんの十秒も経たないうちに、こんな言葉を平気で吐いてくる。
残酷。
隣にあった顔が横を向いて、私の首筋を下から上へと舐め上げた。
「んっ……。もう。今洗い物してるから座っててよ」
あ、言い方が少しキツかったかな。
「…………うん」
やっぱへこんじゃった。
いきなり沈んだ声を紡ぎだしたと思ったら、そのまま手をパッと離してソファで三角座りをしてしまった。
確かに、電話の内容を聞いてイライラしてたのは事実だけど、そんなにひどいことは言ってないのに。京は難しいなぁ。
すぐに機嫌を損ねて、拗ねてしまう。
洗い物を終えて、手をタオルで拭きながらソファのところに行く。
京の前にしゃがみこんで、顔を覗き込むと、じっとうつむいて心なしか唇を尖らせていた。
目の前の薄い茶色のふわふわな髪に手を差し込むと、ふわっといい香りが漂ってきた。京が恐ろしく綺麗な顔でじっと私を見てくる。
「なんか怒ってる?」
「………邪魔者扱いされた」
ここで私だったら、「別に……」とか可愛くない言葉を吐いてしまうんだろうなぁ。京は自分の本音を隠そうとしない。
素直で可愛い。
「ごめんね。邪魔なんかじゃないから」
「……うん」
「お風呂一緒に入ろっか。体洗ってあげる」
「俺も洗ってあげる」
機嫌が直ったのか、お風呂にてくてくと歩いて行ってしまった。
機嫌を取るために勢いで言ったもののお風呂とか緊張するなぁ……。
京は、私がなかなかついてこないのに痺れを切らしたみたいで、またリビングに戻ってきて、腕を引いてお風呂場に連れて行ってくれた。京が服をバッと脱ぐと、綺麗な裸体があらわになって、昨日暗闇の中で見た癖に妙に恥ずかしさが消えない。
履いていたベージュのカーゴパーツをすとんと下に降ろすと、太ももにある青々とした大きな痣が目に入ってきた。
わ、痛そう……。
昨日は暗闇の中だったから気付かなかったな。
どこかにぶつけたのかな。
「これどうしたの?」
ん? って顔をした京に、青痣を指で差すと、ああと理解してから困ったように苦笑した。
まさか京が転ぶとも思えない。
だって、走ったりしそうにないし、どこかにぶつけるほど機敏にも動いてなさそうだし。
「最近、女の子に蹴られたー」
「え?」
予想もしていなかった言葉に、ただただ唖然となる。
「どうして?」
「んー、なんか生き方が気に入らなかったらしい。思いっきり蹴られちゃった」
確かに京の生き方はおかしいしムカつくのも分かってしまうけど、でもこんな風にするなんておかしい。
自分のものにならなくてイライラしたんだろうけど……。
京はあまりにも軽く言っているけど、人に嫌われたり、機嫌を悪くされるのをひどく恐れている人だ。
きっと悲しかったに違いない。
その痛みを分かってあげられないなんて、京の事本気で好きなんかじゃないよ。
自分が傷付いたからって、相手を傷つけていいわけない。
綺麗な足にあるミスマッチな青痣が妙に痛々しくて、思わずしゃがみこんでその太ももにスッと手を添えて、青痣にちゅうっと口づけた。
「えっ……佐希!?」
珍しく動揺した声を出した京を無視して、そこに何度もキスを繰り返した。
「え? 佐希? なに? ちょ、やめて」
焦って声をあげる京の青痣を何度も愛してあげると、すっと立ち上がって京の唇にちゅっと唇を重ねた。
「………佐希?」
状況を掴めないからか、京があたふたとした顔で私を見下ろした。
「大丈夫だよ、ちゃんと治るからね。こんな事で京が傷付く必要ない。大丈夫だよ」
「……それでなんでキス?」
「うーん早く治るようにおまじない? かな」
にこっと笑ってそう言うと、京は両手で顔を覆ってしまった。
「……からかってるの?」
京が恐る恐るというように、母親に怒られた子供のように、声をかけてくる。
「からかってないよ。
立っている京を見上げて話すと、足元にいる私を指の隙間からチラリと見たのが分かった。
「うぅーーーーー………やばい」
綺麗な長い指のついた白い手で、顔をすっぽりと隠している。
その手をゆっくりと引きはがしてあげると、顔を真っ赤にした京が目に入った。
え?
照れてたの?
そんな京は初めて見る。
「今、見ないで。五分後にお風呂入ってきて」
それを怒ったように告げて、お風呂場の扉をバンと閉めて消えてしまった京に唖然とする。
何あれ。
どうしよう、可愛すぎる。
五分後にお風呂入ってきて………って。
普通一緒にお風呂に入るのが恥ずかしい女の子が言うセリフじゃない?
後からお風呂に入って行くと、京は浴槽の中、口までお湯の中に入れてぶくぶくと遊んでいた。
くすくす笑うと、浴槽の中に腕から引きずり込まれた。
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