番外:契約書

「おい、この契約書にサインしろ」

「え?」


一緒に家に帰るなり、何やら紙を持ち出してきたコウをじっと見上げる。どこかのやくざみたいな口振りにぽかんとしながら、その契約書とやらをおずおずと受け取った。

コウの字で箇条書きされているそれは、いかにも今書きましたというような殴り書きだ。よっぽどさっきまでの出来事が腹が立ったのか。


それか、今までの色んな事に耐えかねて爆発したのか、どっちかは定かじゃない。ちなみにさっきの出来事というのは、元カレに遭遇して肩や腕にボディタッチをされた事だ。


あの元彼はハーフだなんだかで、元々スキンシップが激しいタイプなんだ。だけど、あの件であからさまに機嫌を悪くしていたのは間違いない。

 

「いきなり何ー?」

「いきなりじゃねぇよ」

「えぇー、なによこれぇ。一、男とじゃれあわない。二、男に色目を使わない。三、むやみやたらに男を引っかけない……」

「自覚あるだろうが」

「ないない。ないから。最近とか特にこういうの卒業してると思うんだけど」


じっとコウを見上げると、私を冷たい目で見てからふいっと顔を背ける。今まであんまりそういう事に怒らなかったくせに。呆れたように見ていただけのくせに実は気に入らなかったんじゃん。それならそうと早く言えばいいのに、こんな回りくどい事するとか。


「なに、これサインすればいいのぉ?」

「俺とお前がうまくやっていく上での手段だからな。嫌ならしなくていいけどまじでそういうの見ててうぜぇ時あんだよ」


コウがはぁっとため息を吐いて、髪をくしゃくしゃとした。

なんだか本気で疲れていて、それに申し訳なくなった。

 

「分かった。じゃあ、サインする。でも私ばっかりじゃ不公平だから、コウにも一つだけいい?」

「なんだよ」


紙の下に一行だけ書きくわえて、自分の名前のサインを入れた。コウにそれをピラッと渡して、ペンも一緒に渡す。

それを受け取って、紙をじっと見たコウはしばらくじっと紙を見続けた。


「浅美。お前は鬼か」

「えぇー、だって浅美、毎日心配なんだもん。コウ、モテるしさぁ」

「だからってこれ……」

「無理ならいいんだよ? だけどどこかで寂しい浅美がいるってだけ」

「……ちっ。お前は鬼のような女だよ」


コウは相変わらずの汚い字でヤケクソのようにサインをして、私によこした。嬉しくなった私は、それを寝室の壁に貼りつけてまじまじと眺める。


「幸せだなぁ」

「そうかよ。なんか結局俺が損してるわ」

「え、コウは幸せじゃないのー?」

「はいはい。来いよ、浅美」


私からコウへのお願い。

“女の子と喋らないでください”


コウは今よりもっと無愛想になって、私を喜ばせてくれるんだろう。


おわり

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