第2章〜宣伝的人間の研究〜⑧
「よし、ちゃんと撮影できてるな。それじゃ、動画のアップロード、よろしく〜」
撮影終了後、すぐに自分自身の放送用素材を確認した
「急にあらわれて、いったい、なんなんですか、あのヒト?」
降谷のことをよく知らない1年生のミコちゃんが、ポツリとつぶやく。彼女は、今年入学してきたばかりなので、僕らが1年の頃に起こった金銭問題の当事者である降谷の顔を知らないのも無理はない。
そして、僕ら2年は、自分たちの学年の生徒を相手にしたトラブル・メーカーということで、相手の年齢が1つ上であっても、降谷の名前を呼び捨てで呼ぶ生徒が多かった。
「彼は、去年ちょっとトラブルを起こしたことがあって、3年と2年の生徒の間では有名なんだよ」
僕が簡単に説明すると、下級生女子は、「あ〜、あのヒトが、ウワサの留年生ですか……」と、納得したようすだ。一方、降谷の政見放送の内容で気になったことがあったので、上級生にたずねてみる。
「ケイコ先輩、降谷通が言っていた『自分自身の当選のためではない』生徒会選挙の立候補って、規則的に問題ないんですかね?」
「う〜ん、厳密に言うと自治生徒会の選挙条例違反になりそうだけど……ハッキリと、『石塚候補に投票してください!』と明言したわけじゃないから、現時点では微妙なところね。彼と石塚くんが、協力し合っているという明確な証拠が出てくれば、また別だけど……」
先輩が、難しい顔をしながら返答すると、僕の代わりに、トシオが口を開いた。
「一応、選挙管理委員会に報告と確認はしておきますか? 問題がないようであれば、そのまま、動画をアップロードってことで! オレが、いまの素材を選管に持って行って確認してもらうから、ノゾミは、光石さんの選挙活動第一声の取材に行ってこい!」
僕の気持ちをどこまで汲んでくれているのかわからないけれど、気の利く親友に感謝しつつ、
「ありがとう! じゃあ、校門前に取材に行ってくる!」
そう言って、僕は、放送・新聞部共用のスマホを手にして、部室を飛び出す。
校庭の脇を駆け抜けて校門に到着する直前、スマホの待ち受け画面のデジタル表示で時刻を確認すると、
16:10
となっている。
思わぬ訪問者のお陰で、残念ながら第一声の演説には間に合わなかった。
それでも、光石琴が、選挙戦のスタートを華々しく飾った余韻は残っていて、彼女の所属する吹奏楽部の部員の10名近くが、本人を囲んで演奏する音楽が耳に届いてくる。一宮高校吹奏楽部お得意のJ−POPヒットメドレーのおかげで、校門前の雰囲気は華やいでいるように感じられた。
そのようすを、少し離れた場所からスマホのカメラで動画撮影する。
「み・つ・い・し・こと、み・つ・い・し・ことに、あなたの一票をお願いします!」
楽器を手にしていない吹奏楽部のメンバーは、候補者の名前を強調して連呼しながら、チラシを配っている。
その輪に近づき、手渡された紙を確認すると、チラシの隅にはQRコードが印刷されていた。
動画撮影を行っていたスマホの録画を停止し、QRコードリーダーのアプリで印刷されたコードを読み込むと、僕たち放送・新聞部の公式チャンネルにアクセスし、前の週に収録していた光石の政見放送が再生されはじめた。
あらためて確認してみると、ついさっき、慌ただしく収録を終えた候補者とは違い、3分間に渡って、キッチリと自分の考えや生徒会長になったときの公約を述べている。
自分たちの公式チャンネルが、彼女の政策を訴える手段として機能していることが嬉しく感じられた。
下校する生徒の数が落ち着くのを待ったあと、僕は、スマホのレコーダー・アプリを起動させてから、人の輪の中心にいる候補者に声をかける。
「光石候補、第一声を終えた感想は、いかがですか?」
「あっ、佐々木くん! これは、放送・新聞部の取材?」
彼女の返答に、僕が無言でうなずくと、光石琴は、ややはにかむような表情で答える。
「そうですね、はじめてのことなので、緊張したんですけど、吹奏楽部のみんなが協力してくれて、良い演説ができたと思います。これから20日間、精一杯がんばって行きます!」
残念ながら、第一声の演説を目にすることは出来なかったけど、この直前にスマホで確認した政見放送の動画と同じく、ハキハキとした口調で答える彼女の姿に、順調な選挙戦のスタートを切れたのだろうと確信することができた。
レコーダー・アプリの停止ボタンを押して、音声ファイルを保存した僕は、ふたたび、クラスメートに声をかける。
「ありがとう! 演説には間に合わなかったけど、良い取材ができたと思うよ。これから、大変だと思うけど、がんばってね!」
「うん、佐々木くんも取材がんばって! あっ、報道は、公正・中立にお願いね!」
「そうだね! このあと、陣内候補と石塚候補の取材もするつもりだから……他の候補にも、しっかりと第一声の感想を聞いてくるよ」
そう言って、僕は、次の取材先として考えている
光石が言ったように、僕たち放送・新聞部の活動は、生徒会規約の放送・新聞条例の第四条で、以下のような定めに従うことになっている。
『放送・新聞部は、校内放送および校外への広報の放送・紙面の編集にあたっては、次の各号の定めるところによらなければならない。』
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
この、生徒会規約の放送・新聞条例第四条が、僕たちの活動を制限し、苦しめることになっていく――――――。
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