第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜⑬
この日の一人目の証人であったバスケ部部員の
ただ、石塚部長による部員への過度な叱責や、前年までに比べて部内に贈り物が多く届くようになった、という認識は持っているようで、そうしたことが、クラブ内で話題になることは多かったと証言した。
そして、
「証人は、宣誓書の朗読をお願いします」
と、屋良委員長の言葉で、石塚部長の証人尋問がはじまる。
「宣誓書、良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また何事も付け加えないことを誓います。令和✕年9月8日、
「着席を願います。宣誓書に署名をお願いします。証言の際は、着席したままで結構です。なお、各委員に申し上げます。本日は、事前に証人に通知をしております証言を求める事項について、証人より証言を求めるものであります。尋問にあたっては、証人の人権に配慮するとともに、円滑な議事進行をお願いします」
宣誓の言葉に続いて、委員長が全員に着席をうながし、委員の質問が開始された。
十条委員会の委員の一人である
「本日は、当委員会に出席くださり、ありがとうございます。それでは、今回、クラブ連盟に届いた告発文書についての質問をさせていただきます。クラブ連盟に送られた文書には、以下のように記載されています」
そう告げてから、委員は、手元の文書を読み上げる。
『部長の部内イジメは部員の限界を超え、あちこちから悲鳴が聞こえきます。 練習場、遠征先に関係なく、自分の気に入らないことがあれば同級生や下級生を怒鳴りつける。例えば、遠征先の宿舎で、チェックイン時間の手違いがあれば、宿舎に予約をした部員を怒鳴り散らし、その後は 一言も口を利かなかったという。自分が知らないことが放送・新聞部でで取り上げられ評判になったら、「聞いていない」と担当の部員を呼びつけて、執拗に責めたてる。部内会議の際に、気に入らないことがあると机を叩いて激怒するなど、数に限りがない』
「これらのことは、事実でありますか?」
やっぱり、そうだったのか……!
隣りに座っているケイコ先輩に視線を送ると、先輩も僕の方を見て、コクリとうなずいた。
映像を記録するための撮影係として入室が許されたトシオも、きっと、僕らと同じことを考えているだろう。
告発文書の最初の内容について質問された石塚部長は、表情を変えることなく、淡々と返答する。
「自分が、男子バスケットボール部の部長に就任してから、部員の不手際について、少し強い口調で叱責することがあったことは事実だと思います。ただ、自分は、それが部内イジメやハラスメントという行為にあたるとは考えていません」
「それでは、次の質問に移ります。部内イジメの問題については、次のような指摘もあります」
『また、クラブの幹部に対するチャットによる夜中、休日など時間おかまいなしの指示が矢のようにやってくる。日頃から気に入らない部員の場合、対応が遅れると「やる気がないのか」と非難され、一方では、すぐにレスすると「こんなことで僕の貴重な休み時問を邪魔するのか」と文句を言う。クラブの試合でも生意気だとか気に入らないというだけでメンバーから外された部員が大勢いる。これから、ますます心を病む部員が出てくると思われる。』
「このことについては、どのように認識されていますか?」
「先ほどと同じように、連絡の対応が遅れた場合などに、叱責することはあったかも知れません。また、試合のメンバー選定に関しては、あくまでチームの勝利を求めるための人選を優先しています。そこで、一部の部員が不満を抱くことはあったかも知れません」
石塚部長は、金曜日に、僕が質問をしたとき以上よりも、さらに冷静に受け答えをしているように感じる。
僕の考えを察したのか、ケイコ先輩が小声で解説してくれた。
「委員長が言ったとおり、十条委員会の質問は、事前に証人に通知されているからね。想定問答として、じっくりと、回答の準備ができるの。石塚部長は、準備万端みたいね」
さらに、部内イジメの問題について、質問を行った
「次の凱旋パレードに関する質問ですが、これは、次回、証人として出席予定の
「
「結構です」
「異議が無いものとして、
「それでは、最後の質問です」
『部長の元には業者からの贈り物が山のように積まれている。
事例1)
7月1日、バスケットボールメーカーのA社が訪問したときのこと。周囲に部員がいたため、A社の営業社員から贈呈されたバスケットシューズをその場では、「こんな品物は頂けません」と辞退。だが、これまで汗で滑りにくかった練習用のボールが、低価格で滑りやすいA社のボールに変わってしまい、部員の不満がたまっている。
一方、営業社員を取り次いだ部員に向かって「みんなが見ている場所でバッシュを受け取れるはずないだろ。ちゃんとオレの自宅に送るように言っておけ!」と指示。後日、無事にバスケットシューズをゲットしている。
事例2)
7月に、B社への新ユニフォームを発注した。そして、SNSのバスケ部公式アカウントで、新ユニフォーム着用のキャンペーンを展開している。このB社からは、一着あたり数万円以上するNBAチーム有名選手のレプリカユニフォームを何着も受け取っている。特定の企業のユニフォームの宣伝活動は、企業にとっては絶好のPRとなり、その見返りとしてのレプリカユニフォームの贈呈となると完全な贈収賄である。』
「これらの記述については、どのように認識されていますか?」
「二つの事例については、自分の手元に、それらの品物があるのは事実であります。ただし、業者の方の好意を受け取ったものであり、ワイロを受け取ったという認識は、まったくありません」
この日は、外部の人間が大きく関わっている凱旋パレードに関する尋問が見送られたため、石塚部長への主な質問は、これで終了となった。
あとは、十条委員会のメンバーの一人であり、男子バスケットボール部のOBでもある
僕たちのその見通しが甘かったことが、数日後に判明することになる。
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