第5話 ショッピングセンター迷宮

 明子あきこさんは若いころ、迷路のような大型商業施設、Dマーケットに勤めていたそうだ。

 Dマーケットは百を越える店舗が軒を連ねる、地域に根差したショッピングセンターで、二階までが売り場、三階は屋内駐車場になっていた。

 もともとは円柱形の建物だったが、増改築を繰り返し、長方形に近い形に落ち着いたという。


 どうしてあんなに、増築する必要があったのかしら。ぶくぶく成長するいびつな建物。随所に行き止まりがあるから、死角がいっぱいあって、万引きが多かった。

 目の錯覚が起きて、方向感覚があやふやになる。客どころか、従業員まで道に迷う。欠陥だらけでしょう。


 ある日、明子さんは、テナントの帽子屋に勤めている男に呼び止められた。

「──二階のAフロアの階段あたり、視線を感じるんだよね。なんか、怖くない?」

「そこ、以前はマネキン置き場だったんです」


 かつて、二階のAフロアの奥は従業員専用女子トイレだった。照明の寿命がやたらと短く、昼間でも薄暗い一帯。そこに、トイレの入り口を塞ぐように、マネキンの集合体が置かれていた。

 スキンヘッド、全裸の女性のマネキン……腕、脚、乳房、顔のパーツがバラバラに分解されて、台車に突っ込まれていた。


 ──死蝋しろうを彷彿とさせるような、不穏な眺めなの。石膏像みたいに真っ白な肌。マネキンの保管場所だったんでしょうけど。なにもあんな、猟奇的な置き方をしなくたって。バラバラ殺人みたいだった。

 全員同じ表情で、うっそりと微笑んでいるものだから余計に気味が悪かったわ。


「なにがいやって、360度、どの位置からでもマネキンと目が合うんですよ」

 マネキンは撤去されたが、残留思念のようなものが残っているのかもと、明子さんは囁いた。

 男は顔をひきつらせて、またまたぁ、からかわないでよ苦笑した。


 いいえ。Dマーケットは確かに、邪悪な気配が満ちていたのと、明子さんは続ける。


 無造作に打ち捨てられたのはマネキンだけではない。

 大がかりな増改築工事を前に、Dマーケットの支配人は、一部の店子を強引に追い出した。

 賃貸料をふっかけ、払えないならば出ていけと迫ったのだった。

 閉店を余儀なくされたテナント店は数十店舗を越える。いきなり職を失った従業員の胸中は計り知れない。


 怨念は渦巻く。うごめく。はびこる。建物に憑依する……

 そのがみなを迷わせ、Dマーケットを迷宮にしていたのではないか。


 Dマーケットは現在も、九州の地で営業を続けている。

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