第3話 N塚団地の共鳴

 N塚地区の古い団地に引っ越した日から、いやな予感がしていたとチカさんは語った。

 建物全体を、黒いもやが覆っていたそうだ。


 父が事業で失敗してね。夜逃げ同然で、それまでの生活を一切捨てたの。両親とわたしで、築五十年は超えている古い団地に引っ越した。あまりのぼろさに驚いたけど、ホームレスになるより、ぜんぜんマシ。保証人なし、敷金礼金なしで借りられる物件だもん。まともなはずがない。でもね、


 どこからか、猫の鳴き声がするのだ、と言う。


 野良猫が住み着いているのかなって、探したけど見当たらない。だから、誰かがこっそり飼っているんだなって思った。本当はペットNGなんだよ。でも、掃き溜めみたいな団地だもの。あんなに暗くて寂しい場所にいたら、なにか飼いたくなるよ。ただね、


 年がら年中、猫の鳴き声が止まない。


 エンドレスで猫が鳴いてるの。とにかくうるさくて、夜も眠れない。鳴き声が耳鳴りみたいに鼓膜にこびりつく。しだいに、家にいなくても猫の鳴き声が聴こえるようになった。幻聴だったのかなぁ? 家族三人、ド貧乏暮らしで精神的に追い詰められていたから。それで、思い出した。


 塚がつく地名は、墓場があった場所らしい、と。


 昔、オカルト掲示板で見かけたんだ。墓場の他に、土を高く盛り上げた場所っていう意味もあるんだって。ほら、N塚って高台にあるでしょ? まさか……って。


 ──墓場の上で生活するなんて、いやだ。

 チカさんは不安に苛まれながら、耳を塞いだ。


 それでも、猫の鳴き声が追いかけてくる。にゃおにゃおにゃおにゃお……いや、なにか変だ。

 耳を澄ませると、電子音のようなノイズが混じっていた。


 耳の穴に棒を突っ込まれて、脳味噌をぐちゃぐちゃかき回される感じ。頭がおかしくなりそうだった。


 住人同士の懇親会が開かれた際、チカさんの両親は「猫の鳴き声に悩んでいる」と、自治会長に泣きついた。


 穴を掘っておきますねって、自治会長がさ。


 N塚地区では、野良猫を見つけると、手足の骨を折って生き埋めにする。戦前から続く風習だという。


 あいつら、しばらくは生きているんですよって自治会長が笑うの。その場にいたひとみんな、どっと大うけ。なにが面白いの? どうして、そんな残酷な真似ができるの? 背筋が寒くなった。じゃあなに、何十何百何千何万匹、猫を生き埋めにしてきたわけ?


 ──穴を掘っては、埋めて。そりゃあ、高台にもなるよ。


 チカさん家族は今も、同じ団地に住み続けている。


 鳴き声も、慣れればかわいいものよ。ペットみたいな?


 あそこは暗くて寂しい場所だから、とチカさんは薄く笑った。 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る