第27話 水平線が似合う君 ②



絵を描き始めようとしたら、唯鈴に止められてしまう。

それに、いつもならすぐ海へ走っていきそうなのに。

そう唯鈴に違和感を感じた時、唯鈴は真剣な顔をして。




「あのね朔くん。私、お母さんに手紙もらったでしょ?」

「ああ、うん」

「あれね、まだ読めてないの」

「そうなのか?」

「うん」




もう2週間経ったし、1人で読み終えたかと思っていたが、そうではなかったらしい。

まぁ、書いてあることは嬉しいことばかりじゃないだろうし、読むには勇気がいるか。




「だからね、私、今ここで知りたいの。お母さんや捧げる側の者について。きっと読み終えたら、心がスッキリすると思うんだ。せっかくだから、朔くんには心から笑えてる姿を描いて欲しいなって……」




唯鈴は何故か、申し訳なさそうに言う。




すぐに絵を描き始めることが出来なくて、俺が残念がるとでも思ったのか?

そんなわけないのに。




唯鈴を安心させるために、俺は唯鈴の頭を撫でる。




「そんな顔するな。俺はずっと、隣にいてやるから。そんで最高の絵を描いてやる」

「っ……ありがとう」

「ん。じゃあどこか座って読むか」

「うん!」




朝の風に頬を撫でられながら、持ってきていたレジャーシートを広げる。

靴を脱ぎ荷物を置き、腰を下ろす。

そして唯鈴は、涼しさを感じるかごバッグから、あの日の手紙を取り出した。

そして大きく深呼吸。




「……開けるよ?」

「ははっ、緊張しすぎ」

「だって〜」




そう言いながら、唯鈴は封筒から中身を取り出した。

唯鈴が書いたあの手紙に負けないくらい、結構な枚数のメッセージカードがある。

一番最初には、『唯鈴ちゃん・朔夜くんへ』と書いてある。

繊細な字が唯鈴とそっくりだ。

……って、それよりも。




「え、俺も?」

「そうだね。でも確かに、お母さんは朔くんに伝えたいことがたくさんあると思うよ」

「えぇ……?何、俺怒られんのかな……もしかしたら、娘には手を出すなとか書かれてるんじゃ……」




本気で不安になる俺を見て、唯鈴は笑ってくる。




「そんなわけ無いでしょ?もう、私より朔くんの方が緊張してるんじゃない?」

「っそーかもな!もういいから、読むぞ!」

「はーい、ふふっ」




どうやら、沈んだ空気で手紙を読み始めることは避けれたようだ。




口を閉じて、聞こえてくるのは波の音。

視線は海ではなく文字に注がれた。




『まず、今まで唯鈴のそばにいてあげられなくて、ごめんなさい。

でもどうか、その理由を聞いて欲しいの。

私と、あなたのお父さん、遠永晴人はるととは、17年前に結婚したの。

その1年後に唯鈴ちゃんが生まれて、とても嬉しかったわ。

でも、私にはあなたも知っている通り特殊な力があった。

血が繋がっているわけじゃなかったから、お父さんにはなかったけどね。

その力は、一族の間で代々受け継がれていくの。

神社にはその名前・・は書いてなかったわよね。

その一族の名前を、ささびとと言うの。

だから唯鈴ちゃんも捧げ人になったのだけど、私はそれが嫌だった。

自分の子供がある日消えてなくなるなんて、耐えられるはずが無いもの。

だから私は、唯鈴ちゃんに捧げ人のことを教えないまま育てると決めた。

でもあなたは結局、ある日突然いなくなってしまったわ。』




唯鈴が俺を助けた日のことだ。

自分の娘がいなくなるなんて、驚くどころじゃないだろう。




『突然言ってしまうことになるけど、唯鈴ちゃんのお父さんは、唯鈴ちゃんが4歳の時に事故で亡くなってしまったの。

私がその時近くにいたら、助けることが出来たんだけど、もう連絡が入った時には手遅れだった。』




その一文に、俺は反射的に唯鈴の顔を見る。




母親だけじゃなく、父親はももういないなんて。

きっとショック……




「大丈夫だよ、朔くん」




だと思ったが、唯鈴はとても落ち着いていて。




「だって、何も覚えてないんだもん。お母さんと違って、最近会ったわけでもないし」




確かに、覚えていなければ悲しくないかもしない。

そうなると、唯鈴の父親が気の毒だが。




続きの文からは、その時の葉月さんの気持ちが痛いほど伝わってきた。




『だから唯鈴ちゃんは絶対に守らなくちゃって思って、仕事もこれまで以上に頑張ってたの。

でも、春休みの間は幼稚園が無いから、唯鈴ちゃんは家で1人だったの。

だから寂しかったのね。

中から自分で鍵を開けて、海へ遊びに行ってしまったのだと思うわ。

その日は唯鈴ちゃんの誕生日だったから、ケーキを買って帰ったのだけど、玄関のドアが開いていて。

その前から違和感は感じていたの。

鍵はちゃんと開いていないのに、唯鈴ちゃんの服が少し砂で汚れていたから。

唯鈴ちゃんはそのことに対して何も言ってこなかったから、聞いて欲しくないのだと思って聞かなかったけど、それが間違っていたわ。』




幼い子供は何をするか分からないから怖い。

無邪気に海へ走っていった、あの日の俺のように。




『嫌な予感がして唯鈴ちゃんの名前を呼んだけど、中から唯鈴ちゃんの声は聞こえてこなかった。

唯鈴ちゃんがいなくなってしまったと、すぐに分かったわ。

警察に連絡して探してもらったけど、何も手がかりはなくて。

子供を1人にしてしまった自分を責めたわ。

唯鈴ちゃんのために頑張っていたのに、唯鈴ちゃんはもういない。

この力は何のためにあるんだって、しばらく何も出来なくて。

そんな時、仲の良かった友達が訪ねてきてくれて、たくさんの言葉をもらったわ。

唯鈴ちゃんはまだいなくなったとは限らない、行方不明なだけで、見つかるかもしれないって。

その小さな希望を胸に、今まで看護師を続けてきた。

そして10年が経った時、奇跡が起こったのよ。

意識は無かったけれど、大きくなった唯鈴ちゃんが、男の子に抱えられてやってきたの。

私、涙が出てしまって。

平気なフリをするのが大変だったわ。』




あの時、看護師の目が赤く見えたのは、そういう理由だったのだ。

深く考えないで他人事だと思っていた俺を、過去に戻って殴ってやりたいくらいだ。




愛する娘と10年越しの再会。

どれだけ胸が熱くなるのか、俺には想像も出来ない。




『そして、10年も行方不明だったのに、こんなに健康な体で見つかったということは、捧げ人のことが関係しているとすぐに分かった。

それから、唯鈴ちゃんが朔夜くんに恋をしていることも、母親の私からしたら一目瞭然だったわ。

その時、私は以前母と訪れた神社のことを思い出して、唯鈴ちゃんはこの男の子に命を捧げて、でも一年命が残ってしまったのだと推測したの。

だから、唯鈴ちゃんにあなたは捧げ人だと知ってもらうために、大昔に捧げ人が建てたと言われている神社のことを朔夜くんに伝えたの。』


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