第34話 そういうとこだよ

「そうちゃん♡」

「ののの、ノエルねえ


 ノエル姉の顔が迫る。ピンク色のくちびるが。

 もう蕩けるように良い匂いと柔らかな体の感触で理性が飛びそうだ。


 うわぁああああああああ! もうムリだぁああ! こんなの拷問だぁああ! もう無茶苦茶強く抱きしめてキスしちゃいたい!

 省エネ生活が完全崩壊だぁああああ!


「そうちゃん♡ んっ♡」


 こらこらこらこら! ノエルねえ! 何で目をつむるんだよ! キス顔になってるんですけどぉおおおおおお!


 も、もう、良いのかな……。このまま流されて。


『そうちゃんは私のヒーローだよ』


 またあの声が聞こえた気がする。俺を呼ぶ声が。


 ピタッ!


「ノエルねえ

「そ、そうちゃん?」


 俺は体を離した。血反吐をはきそうなくらい我慢して。

 天国のようなノエルねえの体から離れるのが、こんなにも辛いなんて。許されるのなら、このまま抱き合って一つになりたい。もう溶けてしまいたい。


 でも、俺たちは姉弟になったんだ。エロい目で見ちゃダメだ。それに…………。

 俺は頭の中に響く声を思い浮かべる。


 誰なんだ、あの小さな女の子は? 俺に助けを求める声は? 俺をヒーローだと、目を輝かせて見つめる少女は?

 シエル……なのか? シエルも同じことを言っていたような……。


 と、とにかく、こんな場所でエッチなことしちゃダメだろ。正気に戻らないと。


「えっと、ノエルねえ……。そ、そろそろクラスの女子たちも行ったかな?」

「そ、そうだね」


 カーテンの隙間から外を見ると、クラスの女子は居なくなっていた。


「もう大丈夫みたいだよ」

「うん……」

「ノエル姉?」

「ううっ♡ そうちゃんのイジワルぅ♡」


 やっぱりノエルねえの様子がおかしい。

 太ももをスリスリし体をモジモジさせている。


「えっと、ノエルねえ?」

「もうっ、背中のファスナー上げてよぉ」

「はいはい……って、ああぁ!」


 ノエルねえが背中を向けると、そこはまるでサキュバスのような魅了世界だった。


 開いた背中には、汗でしっとりとした白磁はくじのような艶肌。脱げかけの服の隙間からはGカップの横乳。それを包むのは、勝負下着のような魅惑のセクシーランジェリーだ。


「ああぁ、ノエルねえのエッチ」

「エッチなのはそうちゃんだよぉ」

「ノエルねえ!」

「そうちゃん!」


 そこに第三者の声が響く。


「お客様、試着室での不適切行為はおやめください」


 いつものイチャコラ言い合いを止めたのは、まさかの店員さんの声だった。



 ◆ ◇ ◆



「はぁああぁ、恥ずかしいよぉ」


 買い物袋を持ったノエルねえが、恥ずかしさで顔を隠す。


 無事(?)にクラスメイトに見つからず服は買えたのだが、代わりに店員さんからは試着室でエッチなことをしたカップル認定されてしまったのだ。


「ノエルねえのせいで、出禁になるところだったよ」

「こらぁ! そうちゃんが悪いの。抱きしめた手がエッチなの」

「ノエルねえの方が全身エッチだったような?」

「ど、どこが全身よぉ!」

「特にあの……キス顔みたいな……あっ」


 余計なことを言ってしまった。ノエルねえの顔が真っ赤だ。


 かぁああああああ――


「あ、あれは忘れてぇ……。ううっ♡」

「でも、あれって?」

「こ、こらぁ! 思い出しちゃダメぇ」


 ノエルねえが服の入った紙袋を押し付けてくる。


「そうちゃん、女の子の荷物は持ってあげるものなんだよ。メッだよ」

「へいへい」

「もうっ、そういうとこだよ」


 プリプリするノエルねえから荷物を受け取る。


「ノエルねえこそ隙が多過ぎなんだよな。半裸で抱きついたりエッチな顔をしたり」

「えええ、エッチじゃありません。あれが自然なの」

「ノエルねえこそ、そういうとこだぞ」

「もぉおおおお~っ!」


 結局、いつものようにイチャコラ言い合いながら帰るのだった。



 ◆ ◇ ◆



 夕食時――――

 ダイニングテーブルに着いたシエルは、いつにも増して不機嫌な顔だった。


「むっすぅうううう……」


 今もムスッとした顔で食事をしている。

 どうやら、俺とノエルねえが仲良く二人で帰ってきてから不機嫌になっているようなのだ。


「そうちゃん、レモンブックスとメイド喫茶、楽しかったね♡」


 俺の横ではニコニコのノエルねえが楽し気にデート内容を語る。

 それだよ。それがシエルを怒らせてる気がするぞ。

 ノエルねえは無意識なのか? むしろシエルを焚きつけてる気がするのだが。


「シエルちゃんは明日だよね。そうちゃんとのデート」


 ノエルねえがシエルに話を振る。

 そのシエルだが、突然自分に矛先が向いてビクッとなった。


「うっ、そ、それは……」


 シエルが顔を赤くしてうつむいた。


「もう何処に行くか決めたの?」

「ま、まだ……」

「きっと、そうちゃんなら何処でも連れてってくれるよ」


 おい、何処でもは無理だぞ。

 でもシエルとデートなんて緊張するのだが。


「あら、良いわねぇ♡」


 姉妹の会話を聞いていた莉羅りらさんが、素っ頓狂な声を上げた。


「壮太君、私もデートに連れてってよぉ♡ ほら、リラちゃんって呼んでね♡」

「えっ、嫌です」


 ガァアアアアアアーン!


 莉羅さんが沈んだ。もうオヤクソクだが、俺が拒んだからだ。

 そこにすかさず姉妹から追撃が入る。


「お母さん! 壮太を誘惑しないで!」

「そうちゃんは渡さないんだから」

「じょ、冗談よぉ。ママも壮太君と仲良くしたいだけなのぉ」


 この人の冗談には困ったものだが、義理の母親とも仲良くするに越したことはないよな。


「莉羅さん、デートは無理ですけど、買い物くらいなら手伝いますよ。食材とかの」


 俺の言葉で莉羅さんが復活した。大きな胸の前で両手を組み、体をクネクネしている。


「あらぁ、嬉しいっ♡ ママもおめかししなきゃ♡ 壮太君とデートですものね」

「違います。買い物です」

「うふふのふぅ♡」


 ぐぬぬぬぬぬぬぬ!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 何故か二方向からの威圧感が増した。



 ◆ ◇ ◆



 食後、部屋に戻った俺は、肝心なことを思い出す。


「そう言えば……シエルとのデート先を決めてなかったな。どうしよう?」


 スマホで流行りのデート先を検索してみたが途中で止めた。


「ダメだ、そもそも俺が今時の流行に疎かった。陽キャが行きそうなデートスポットなんて無理だよな。そもそもシエルって趣味とかあるのか?」


 あの氷の女王みたいな美人顔を思い浮かべる。クールで言葉少なで誤解を受けそうだけど、実は面白い女を。


「深夜の独り言はメッチャ饒舌じょうぜつなのにな。ははっ」


 俺は催眠を掛けている時のシエルを思い出した。寒いギャグを言ったり、下手糞なカラオケをしたり。


「カラオケとか良いんじゃないのか? 歌が好きみたいだしな。よしっ!」


 俺は椅子から立ち上った。

 直接シエルに聞いてみるとするか。


 すぐ隣の部屋に向かい、ドアをノックする。


 コンコンコン!

「シエル、入るぞ」


 ガチャ!


 次の瞬間、また俺は間違えたのだと自覚した。

 そう、ノックして入るのではなく、返事を聞いてから入るべきだったのだ。


「きゃ、きゃあ!」

「あっ…………」


 俺は、とんでもないものを見てしまった。

 地上に舞い降りた断罪天使マジカルメアリーを。

 夢にまで見たリアル魔法少女が、そこに居たのだ。






 ――――――――――――――――――――


 ついにシエルの秘密が……。

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