第25話 反撃開始

 しっかりと防音が行き届いた生徒指導室。その部屋に、俺とさやちゃん先生の二人が向かい合う。


 俺のスマホから音声が流れている。


『この僕の告白を断るなんて許せない! 失礼な女はセ〇レにして散々遊んでから捨ててやる! そしてお前はデマを流して学校に居られなくしてやるからな!』


 そう、俺は軽沢とのやり取りの一部始終を録音していたのだ。


 降りかかる悪意は跳ね返す。それも計画的に。


 よく人は『争いは何も生まない』とか『やり返してはいけない』とか言うが、あれは嘘だ。

 攻撃されて黙っていたら、更なる標的にされるだけ。それが世の中の常識だ。


 綺麗事を言う人間は、きっと安全な場所にいる勝ち組なのだろう。自分が勝ち組だから、上から目線で戯言を吐いているだけだ。

 実際に被害を受けている人間の気持ちも知らずに。


 省エネモードで生きると決めたはずの俺だが、蜷川にながわさんや周囲の人間にまで危害が及ぶのなら話は別だ。とくにシエルを攻撃したのは許せない。

 何故なら、断罪天使マジカルメアリーは決して悪を許さないからな。


「こういう訳です。さやちゃん先生」


 俺は全てを話した。

 蜷川にながわさんが盗撮画像で脅されていること。

 軽沢が画像をネタに関係を迫っていること。

 更に、彼がグループチャットで数々のイジメを主導していることを。


 俺の証言だけでは優等生キャラの軽沢を追い詰めるのは不可能だろう。

 だから俺はスマホで録音したのだ。わざと奴を挑発して。


 全てを聞き終えたさやちゃん先生は、深い溜め息をはいた。


「ふぅー、これは大問題だな」


 そうつぶやいた先生は、覚悟を決めた顔になる。


「よし、この件は私に任せてくれ」


 さやちゃん先生が立ち上がると、俺に待っているように告げて部屋を出て行く。

 すぐに教頭先生を連れて戻ってきた。



『――――学校に居られなくしてやるからな!』


 音声を聞いた教頭先生の顔が青くなる。汗をハンカチで拭き始めた。


「えー、何と言いますか……。これは生徒間で解決するということで……。何卒なにとぞ、穏便にですね。教育委員会に知られると大変困ったことになりましてね……」


 教頭が変な話をし始めたぞ。

 何だそりゃ! 隠蔽いんぺい体質か? もしかして『イジメはありません』的なアレか?


 俺は席を立ち教頭に食って掛かる。


「おい! そりゃないだろ! 女子生徒が脅されてるんだぞ!」

「ですから、穏便にですね。加害者の人権を守るのも大切でして……。ここは喧嘩両成敗で。お互いに謝って握手をですね」


 教頭の話が意味不明だ。明らかにはぐらかそうとしている。

 何か加害者の人権だ。無かったことにしているだけだろ! 何が喧嘩両成敗だ。被害者が謝るとか意味が分からんわ!


 バンッ!

「教頭先生!」


 さやちゃん先生がキレた。強くテーブルを叩いてコーヒーカップをひっくり返すくらいに。


「生徒の命や人生が懸かっているんだぞ! 何が教育委員会だコラ!」

「ひぃいい~っ!」


 教頭先生の顔が更に青くなる。


「私は教師としては半人前かもしれんがな! 生徒の心に寄り添ったり、生徒の人生が少しでも前向きになればと思って仕事してんるんだよ! イジメを見て見ぬふりして昇進するくらいなら、そんなもんはドブにでも捨ててやる! 教育委員会に目を付けられようが査定に響こうが知ったことか!」


 シィィィィーン!


 えっ? えええっ!?

 さやちゃん先生が女特攻隊長レディーズばりのメンチで、教頭が完全に沈黙なんですけど!


「わ、分かりました。この件は松本先生にお任せします。で、ですが、あまり大事おおごとにしないよう……」


 教頭先生がビビッてペコペコしている。

 これじゃどっちが教頭か分からないぞ。この、事なかれ主義のイジメ隠蔽いんぺい教頭め。


「よし、やるぞ安曇」


 教頭の許可を得て(半強制的にだが)、さやちゃん先生が俺の方を向く。


「先ずは動画の削除だ。すぐに動くぞ」

「はい!」


 俺は先生と生徒指導室を出た。

 


「もしかして、先生って元ヤンですか?」

「ギクッ!」


 教室に向かう廊下。俺は疑問に思っていることを聞いてみた。

 誰が見ても分かるように、さやちゃん先生が焦っているのだが。


「お、おい、安曇、誰にも言うなよ」

「言いませんよ。先生がレディースだったなんて」

「こ、こら。違うんだ。後輩が勝手に私を祭り上げてただけで、私は暴走族とかしてないからな」

「そういうことにしておきます」


 何となく前から姉御肌な先生だと思っていたけど、本当に元ヤンだったとはな。

 でも……。


「先生のこと見直しましたよ」

「ん? 何だ急に」

「ただの婚活オバ……女性じゃなかったんですね」

「おいコラ、今お前、オバサンって言っただろ!?」

「ととと、とんでもない」


 つい口が滑った。本当は良い先生だと言おうとしたのだが。

 一瞬だがレディース総長の迫力を感じたぞ。

 でも今ので確信した。さやちゃん先生は元ヤンだ。


「安曇」


 教室の近くまで行くと、さやちゃん先生が俺を止めた。


「私が軽沢を呼び出す。お前は蜷川にながわを見てやってくれないか」

「はい」

「お前ら二人は離れた場所で待っていてくれ。彼女を軽沢と会わせない方が良いだろう」

「分かりました」


 さすが先生だ。ちゃんと気を利かせてくれるのか。

 俺は担任がさやちゃんで良かったと実感した。



 一足先に先生が軽沢を連れ出した。

 俺は蜷川にながわさんを呼び出そうとするのだが。


 どうしたものか。

 クラスの皆には俺が蜷川にながわさんをストーカーしてるって思われてるんだよな。

 こうして遠くから見つめてるだけでもヤバいのでは?


「そうちゃん」

「うわぁ!」


 突然、後ろから声をかけられて驚いた。

 いつものシエルと違い、もっと優しそうな声だけど。


「ノエルねえ……じゃなくて、姫川先輩」


 そこに居たのはノエルねえだった。

 つい、おねえ呼びしたので言い直す。


 だが、ノエルねえは呼び方など気にもせず俺に迫る。


「そうちゃん、何か危険なことしてない? 大丈夫?」


 ノエルねえの顔が曇る。俺を心配しているのだろう。


 もしかして……シエルに聞いたのかな?

 ノエルねえには心配かけたくなかったのに。


「だ、大丈夫だよ」


 俺はノエルねえの視線から目を逸らした。


「本当に? ダメだよ。シエルちゃんや他の子を守ろうとするのは偉いけど、ちゃんと自分も守らないと。そうちゃん、昔からそうなんだから。興奮すると一人で突っ走っちゃう。心配で心配で……」


 ノエルねえが泣きそうだ。

 大きく綺麗な目がウルウルしている。


 昔……の俺は何かしたのか? よく覚えていないけど。


「お姉ちゃんに任せて。そうちゃんのためなら、お姉ちゃん何でもしちゃうからね」


 ななななな、何でもだとぉおおおお!

 待て待て。興奮するな。

 ノエルねえに『何でもする』とか言われたら冷静でいられないだろ。


 でも、とりあえず安心させよう。説明だけはしておこうかな。

 俺はノエルねえの目を見る。


「ごめん、ノエルねえ。ちょっとクラスのクソ陽キャとトラブっちゃって。弱みを握って女子を脅す男が許せなくてな。でも大丈夫。もうすぐ解決するから」


 ギュッ!


 ノエルねえが両手を握ってポーズを決める。


「話してくれてありがとう。でも大丈夫。お姉ちゃんに任せて」


 そう言うと、ノエルねえは、少し『ふんす!』な顔をして戻っていった。


 心配だ……。ノエルねえって成績優秀で完璧美人だけど、微妙に抜けてるというか……ぶっちゃけポンコツなんだよな。


 ノエルねえは俺が突っ走るって言ってたけど……。むしろノエルねえの方が突っ走りそうな気がするぞ。

 まあ、ノエルねえってコミュ力お化けだし、外ではしっかりしてるから大丈夫かな?



「よし、やるか」


 俺はノエルねえの背中を見送ると、蜷川にながわさんを呼び出した。






 ――――――――――――――――――――


 遂に対決の時。ストーカー扱いからヒーローに成り上がるのか?

 そしてノエルねえは何をする気だ?

 全ての想いと思惑が絡まり合い、とんでもない溺愛とヤンデレを呼ぶ!? 

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