第21話 甘々耳かきボイス

 シエルの寒いギャグ攻撃を受けた俺は、寝不足のまま登校していた。

 毎晩のようにASMRボイス作品のようなシエルの声を聞かされる身にもなってくれ。しかも寒いギャグまでかますとか。おもしれー女すぎるぞ。


 くっそ、シエルめ!

 いつかギャフンと言わせたい。


 そんな感じで教室の机に突っ伏していると、ニヤニヤした笑顔の岡谷が近寄ってきた。


「おい、安曇。聞いてくれよ。俺、この授業が終わったら結婚するんだ」

「それ何のフラグだ? 戦死する予定か」

「戦死はしねーって」


 俺が言うのも何だが、相変わらず岡谷は変だな。


「ほら、これだよこれ」


 岡谷は俺にスマホの画面を見せてきた。


「なになに……声優、乙葉おとは姫乃ひめの主演。超ディープ耳かき耳舐め甘噛みASMRボイス……だと!」


 岡谷め、ついにASMR作品に手を出したか。

 ああ、本来なら俺もASMRボイスは好きなのに、毎晩シエルにささやかれてから困っているのだよ。


 軽い気持ちでASMRに手を出したら、シエルのささやきで我慢できなくなりそうだからな。


 あんなの繰り返されたら思春期真っ盛りの男子は我慢できなくなっちゃうだろ。

 ただでさえ風呂上がりの義理姉妹とか妙に色っぽい義母と生活してるのに。

 自分でスッキリしようにも、いつ部屋に誰か入ってくるのかと心配なんだぞ。


 などと、シエルのささやきを想像していると、岡谷がボイス作品を熱く語り出す。


「くぅーっ! これ最高なんだよ。もう俺の嫁にしたいぜ。ヒロインの高円寺メイちゃんを演じる乙葉おとは姫乃ひめのボイスが、俺の脳にビンビン響いてだな――」


「そうか、偶然だな。俺も股間にビンビン響くボイス作品を知っているのだが」


 しまった。間違えた。股間ではなく脳だ。いけないいけない。


「エッチ……」


 後からボソッと声がした。シエルだ。

 おい、お前だよ! お前の声がビンビン響くんだよ!


「えっと、シエ……姫川さん」

「なに?」


 シエルはクールなすまし顔だ。夜中とはまるで別人だな。

 どうやら後ろの席で、俺たちのオタトークを聞いていたらしい。


「姫川さんが誤解しているみたいだから一応説明しておくぞ。こういった音声作品はエッチじゃなく全年齢版なんだよ。世の健全な青少年が、この疲れたストレス社会からひと時の癒しを求めてだな――」


 俺の説明を、シエルは興味深そうに聞いている。


「ふーん、壮太……安曇君ってそういうのが好きなんだ。甘々耳かきボイスねぇ……ふふっ」


 おい、シエルさん。何だその怖い笑みは。

 まさか……夜中に甘々ボイスをするんじゃねーだろうな!?


 怪しい。シエルの含み笑いが怪しい。



「おはよう」


 横から声がした。

 そちらに顔を向けると、いつもより遅い登校の蜷川にながわさんだった。

 心なしか元気がないように見える。


「おはよう、蜷川にながわさん」

「うん、安曇君……あの」


 蜷川さんが何か話したそうな顔をしている。そこにウザい男からの声がかかり妨害されるのだが。


「蜷川さん。放課後良いかな? 生徒会に提出する書類の件なんだけどさ」


 軽沢だ。相変わらずイケメンボイスなのに癇に障る。


「う、うん……」


 やっぱり蜷川にながわさんの元気がない気がする。軽沢とも目を合わせないし。

 気になるな……。



 ◆ ◇ ◆



 ガチャ!

 ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――


 やっぱりシエルが俺の部屋に来た。

 午前零時を回った頃のオヤクソクだ。


 昼間に学校でASMRの話をしていたので余計に警戒してしまう。シエルは何をする気なのだと。


 ピトッ!


 シエルが俺の枕元に座った。


「はむっ」

 ビクッ!


 くちびるを俺の耳に寄せたかと思えば、いきなり耳たぶを甘噛みされた。


 ぐわっ! あなな、何をするんだシエル!

 もう少しで動いちゃうところだっただろ!


 俺が必死にこそばゆいのを我慢しているのに、シエルはお構いなしではむはむしている。


「ふふっ、壮太。お姉ちゃんが耳かきしてあげるね」


 そのまんまじゃねーか!

 この女、本当に耳かきボイスしやがったぞ!


「はい、お姉ちゃんが膝枕してあげるね」

 ポンポン!


 ご丁寧に自分の太ももを叩いて臨場感まで出してくれている。何という作り込みだ。


「あんっ♡ 壮太のエッチ。太ももが好きだからって触っちゃダメ」


 こらこらこら! 触ってねーし。誰がエッチだよ。エッチなのはシエルだろ!


「ふふっ♡ お姉ちゃんの脚が好きなの? 壮太はエッチだね。良いよ。好きなだけ触って」


 だだ、だから触らねえよ! それ誘ってるのか?

 くっそ、そんな可愛い声でささやかれたら、本当に触りたくなっちゃうだろが!


 まあ、実際に触ったら、鋭い氷の女王顔で『死刑』とか言われそうだけどな。


「はい、耳かきするね。こちょこちょこちょ」


 待て待てぇえええぇい! こいつ、本当に俺の耳をコチョコチョしてやがるぞ!

 くっ、ま、まて……くすぐったいのを我慢しているのに……。これ、新手の拷問なのか?


「綺麗になったかな。フーッ!」


 ビックゥゥゥゥーン!


 だから耳に息を吹きかけるな!

 もしかして、俺が起きてるのを知っていて、わざとイタズラしているんじゃないだろうな?


「うふふっ♡ こんなの壮太が知ったらどう思うかな? 私が夜中に催眠かけてるの。壮太が悪いんだよ。嬬恋つまごいさんや蜷川にながわさんと浮気するから」


 だれが浮気じゃ! いったいシエルは何を言ってるんだ?

 てか、やっぱり俺が寝たふりしているのは気付いていないのか。


「私がこんなことしてるのが壮太にバレたら困るけどね。恥ずかしくて死んじゃうよ」


 そりゃそうですよね。

 夜中に義弟の部屋に侵入して変態行為する義姉だなんて。しかも義妹だし。


「まあ、バレたら息の根止めるけど」


 だから止めるんじゃねぇええええええ!


「まったく壮太ったら。お姉ちゃんがいないとダメなんだよね。良いよ、甘えても。ふふっ♡」


 くぅ、確かに俺はお姉ちゃん系ヒロインが好きだが、まさか義妹がお姉ちゃんになるとは思わなかったぜ。


「はい、耳かきは終了だよ。ちゅっ♡」


 ぐっはぁああああああああ!

 こいつ、一線を越えやがったぞ。俺の耳にキスしやがった。

 ななな、なに考えてやがるんだ!


「よし、いつもの行こう」


 またアレか……。


壮太そうたはシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」


 シエルの催眠が始まる。

 甘々耳かきボイスでトロトロにされた今の俺にはガチで効くのだが。


「はぁい、壮太はシエルが大好き。壮太はシエルが大好き。もう一度――」


 くるぞ! 耐えろ俺! シエルの寒いギャグに備えるんだ!

 もうレポートなんちゃらだろうがチャーシューメーンだろうが笑わないぜ!


「壮太はシエルが好き……ドゥーユーアンダ……」


 そっちか! そうきたか!


「からのぉ……ドゥ! ドゥ! ドゥドゥドゥ! ドンドンパフパフ断罪天使マジカルメアリー♪」


 ぎゃぁああああああ! なんじゃそりゃあぁああ!

 何で断罪天使マジカルエミリーのオープニングソングなんだよ! しかも初代の!


「勇気のカケラだマジカール♪ 友情パワーでマジカール♪ 時には涙もセクシィー♪」


 くっそ! くっそ! 俺のオタク心をくすぐりやがって! 今までで一番これが効いてるのだが!

 しかも微妙に音痴おんちだし!

 その美人顔で微妙に下手糞なカラオケはキツいって!


「ドンドンパフパフ、マジカルメアリー♪」


 俺はキッチリ二番までフルコーラスでシエルの歌を聞かされたのだった。

 もう俺の中でシエルが『おもしれー女』に決定だ。






 ――――――――――――――――――――


 シエルさん……だんだん行為がエスカレートしているような気が?

 そして蜷川にながわさんの様子がおかしい。

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