VS黒幕 壱
娟に髪を切ってもらった後。わたしは悩んだ末、自分の部屋に戻ることにした。
どっちから来るかわからなかったから、窓の鍵を開けておき、ベッドに座ってドアと窓を交互に見る。整えられたばかりの犬耳ヘアーをいじりながらしばらく待っていると、ノックの音が聞こえてきた。
「ナギ。辰です、開けてもいいですか?」
「開けてもいいよ。辰さんじゃない人」
辰のふりをした、辰と似ても似つかない声にそう返す。少ししてから鍵のついていないドアが開き、予想通りというかなんというか、小夜が入ってきた。
「僕が来るってわかってたんだ?」
後ろ手にドアを閉めながら、小夜はそんな質問を投げかける。口調は赤午で会った時みたいなわざとらしい関西弁じゃなく、ゲームで馴染みがあるものになっていた。もっとも、声の方はシナリオ終盤でしか聞けない淡々としたものだったけど。
色んな意味で、わたしが知っている小夜らしくなってきた。
……それがいいことなのかはわからない。わからないけど、とりあえずコミュニケーションあるのみだ。選択肢だって、無言はトゥルーエンドのフラグにならないことが多い。
「術がきいてない人をほったらかしにはしないかな、と思って」
「ははっ。ちゃんと彼に聞いたんだね」
「教えてくれましたとも。貴方が流暢な西の言葉遣いで話す半妖だってね」
わたしと同じものが見えているなら、絶対そんな回答にはならない。わたしには目の前のイケメンがイメチェンした小夜にしか見えないけど、辰にはそう見えていないのだ。
そうとわかってしまえば答えは簡単だ。
なぜか、わたしには小夜の幻術がきいていない。それを辰の反応で確信したであろう小夜が、放っておくわけがなかった。
「君の耳には流暢には聞こえなかったわけだ」
「わざとらしくて胡散臭い関西弁……西訛りにしか聞こえなかった」
「そっかあ。さすがにそれはちょっと恥ずかしいな」
「なんでわざわざ西訛りで喋ってたの?」
ずっと疑問に思っていたことをぶつければ、小夜は少し考えるようなそぶりをしてから口を開いた。
「東訛りを西訛りに錯覚させるよりは術の効きがよくなるからね。現と幻の差異は少なければ少ないほどいい。半妖の持ち物を持っていれば、勘の鋭い妖だって容易く欺ける」
そう言いながら、何かが入った巾着をお手玉のようにぽんぽんと放る。
さすがは物語後半まで登場人物たちをだまくらかした男である。そんな小夜が幻術のベールに隠れた違和感を気づかれたことで、まひろと計画のコマじゃなくひとりの少女として向き合う隠しルートがまたエモいんだよね……。
「さて」
脳内回想に浸るわたしを、小夜の声が呼び戻した。
「つまりは、今まで誰にも気取られたことがなかったと自負している術なわけで。龍の目みたいなインチキならまだしも、ただの人の子に見通せる道理がないんだよね。そこのところ教えてくれないかな? そのためにわざわざ君のところまで忍んできたんだからさ」
「えーっと……」
言外に「とっとと話せオラ」と圧をかけられ、言葉に詰まる。
思い当たる節がないわけじゃないけど……。
「……冗談でも頭が変なわけでも、まして適当な説明でごまかそうとしてるわけでもないってことをわかってもらえるなら話すけど」
「注文が多いなあ」
「だって! 本当にそんな感じなんだもん! それでいちゃもんつけられて殺されたらたまったもんじゃないもん!」
「はいはい、わかったわかった。声が大きいって」
耳が痛そうなジェスチャーをした後、小夜は改めてわたしに向き直る。
「ま、言ってごらんよ。嘘や騙りを見抜くのは結構得意でね」
そう言ってへらりと笑う。
取り繕う気がないのか、さっきからさわやかさが欠片もない。さわやか好青年な小夜も生で見たかったなあ……。そんなことを思いながら、わたしは観念して口を開いた。
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