五話  決意の侵入者

 あれから二週間。

 時が経つのは早いものだ。

 悪魔達と俺との距離感はかなり縮まった。

 お互い呼び捨てで呼ぶ仲にまでなったのだ。

 目に見えてフレンドリーになっている。


 今朝は早起きして野菜の収穫だ。

 俺が愛鍬クワガタ丸を振るい、アガレスと耕した畑はもうすっかりこの屋敷の顔になっている事だろう。

 なんといってもザガンの能力で栽培が早い。

 なんと一日、二日で収穫が可能となるのだ。

 畑を耕し、種植え作業の方が時間が掛かったくらいだ。


 そんな訳でフルメタルアガレスと共にイモやタマネギを収穫していく俺。

 しかし何か物足りない、種類が少ないのである。

 彩りが悪いのだ。



「フレムよ」



 わかっているさアガレス。

 もはや我らは意識共同体。

 おまえが何を考えているかなど手に取るようにわかる。



「ああ……、最低でもニンジンとキュウリは必要だ」



 そう……、イモとタマネギは腐るほどあるのだ。

 というか今までそれしか栽培してねぇ。



「侵入者だ」


「ほう、興味深いな。それはなんだ?」



 アガレスの言うシンニュウシャ……。聞いたこともない根野菜だ。

 俺は興味を引かれ、その根野菜の詳細を訪ねた。



「一体……、この屋敷に入り込んだ。いくつかの魔道具で武装しているようだ」



 俺はアガレスの言葉を受け、被っていた麦わら帽子をその場に置く。

 そして猛烈全力ダッシュで骨の元に駆け出した。



「ザガンーーー!」



 俺は叫びながらいつものふれあい広場な部屋のドアを勢いよく開ける。

 チンタラしている暇はない。緊急事態発生だ。



「侵入者だって!? 結界は? そんな簡単に入れるの!?」



 慌てる俺の言葉にザガンは顎に手を添え、神妙な面持ちで答えた。

 すでにこの事態には気付いているようだ。



「うむ……、シトリーの結界は機能しておる。結界を破る魔道具を持っているようだな……。やつらめ……、ついに本腰を入れて来たか!」



 なんて事だ……、すっかり忘れてたぞ……

 そういえば俺は狙われていたのだった……

 俺は自分の置かれた状況を思い出し、怯えた視線をシトリーに移した。



「ええ、ザガンに言われた通り……。ちょっと祈りを込めたお守りの紙一枚で通れるくらいに、薄ーく張って置きましたわ」



 嬉しそうに腰を捻り、胸元で親指を立てるシトリー。

 それに対し、スーッと親指を立てて返すザガン。

 俺は遅れて駆けつけたフルメタルからアガレスを剥ぎ取り、ザガンの前で素振りを始めた。

 この骨め。わざと警備を緩くしてやがったのだ。



「ま、待つのだ! それどころではない! 直ちに迎え撃たねば! この円卓の間まで入られては堪らぬ!」



 弁明出来ないと感じたのか、話しを逸らそうとするザガン。

 なに、ここ円卓の間だったのか?

 多分カッコ良さそうだからそう言ってるだけだな……

 なんせ絵になるという理由で無駄な事をする奴だ。

 だが遊んでる場合でないのも確かである。

 部屋をしらみ潰しに調べてるとして、俺の部屋には入られたくない。

 読みかけの本、『パラダイス百合』に挟んだしおりを取られると困るのだ。

 ザガンを締めるのは後回しにしよう。


 その時ここ、円卓の間の扉が再び豪快に開いた。

 例の侵入者だろう。随分お早いことである。



「フレム!!」



 侵入者の姿は両手に銀色の銃を手にし、ロングスカートをなびかせた女性。

 事の発端、俺の幼なじみのイリスであった。


 驚いたなんてもんじゃないな。

 イリス……。無事だったか……

 はぐれてから随分と心配してたんだぞ。本当だぞ?

 忘れてたんじゃないからな?

 ところで何しに来たんだろうか?


 イリスは部屋の中央に立つザガンを凄い勢いで睨み付けた。

 普段こんな表情は見ないから新鮮である。



「覚悟なさい魔神共! フレムは返してもらうわ!」



 なんと勇ましい……。さすがは豪傑イリスさん。

 たった一人でこの啖呵は俺には切れない。

 だが俺は捕らわれてる訳ではない……よね?



「待てイリ……」



 なんとか落ち着いてもらおうと口を開いた瞬間、シトリーの指先が俺の口を塞いだ。

 俺に顔を近付けて囁くようにシトリーは呟く。



(ここはお任せくださいまし)



 うん、任せよう。とてもドキッとした。

 するとシトリーは嬉しそうにイリスに近づいて行き、少し気取った演技をしながら喋り始めた。



「あら? すでにフレム様はわたくしのものですわ。毎日、毎晩、それはもうとても仲良くして頂いてますの」



 そう……だったのか……

 ぜひ耳元でもう一度お願いしたい。

 シトリーは足を交差し、左手は自らの腰に、右手の人差し指は唇に付け、中々色っぽいポーズを取っている。



「この……、化け物!!」



 真っ赤になったイリスが両手に構えた二丁拳銃の引き金を引く。

 連続で放たれる発砲音に耳が痛くなりそうだ。

 鉛の塊を放つ武器で工業都市グロータス製品。

 この国では規制があり、入手が困難な一品である。

 人間の身体くらい簡単に貫通すると言い、前にイリスに見せてもらったが威力より値段が恐怖だったのを思い出した。


 弾丸はシトリーに着弾してるが、貫通せずにポトポト下に落ちている。

 ザガンが言うには魔力の通わない通常の武器では、基本的にシトリーに効果はないとの事だ。


 イリスは左で撃ち、右でも撃ち、二丁交互に弾を切らさぬよう器用に撃ち込んでいる。

 全く効いてないシトリーは微笑んだままポーズを崩さない。


 俺とチノレはザガンの用意して来たオヤツ、イモスライスを油で揚げた物に塩をまぶした物をパクつきながら観戦している。

 いくらでも入るなコレは。


 効いてないのは分かってるはずだが、更に撃ち続けるイリス。

 そしてようやくシトリーも動いた。

 シトリーの体から溢れた濃い瘴気が集り、無数の触手を形作ってイリスを捕まえようと伸びていく。

 それを器用にかわしながら、銃身に弾を込め直すイリス。


 イリスは再び弾丸を撃ち出し、それは突如シトリーの体を貫通した。

 シトリーにとっても予想外なのか、驚いたようにキョトンとしている。


 続けざまに撃ち出された無数の弾丸がシトリーの腹部、胸部を通過し始めた。

 これはヤバイんじゃないか!

 俺は急いで止めようとしたが、ザガンが腕を広げて制止してきた。



「どうやらミスリル銀で作られた弾丸のようだな。だがあの程度なら問題はない」



 ミスリル銀というのは魔力を溜められる金属のようだ。

 込めた魔力の質と量にもよるが、魔力を直接削ぎ落とせるらしい。

 無駄弾撃ってたのは油断を誘うためか。


 イリスが次弾を込める一瞬の隙を突き、シトリーが駆けた。

 一足でイリスの懐に入り込み、その手がイリスの顔面に掛かろうとする瞬間……


 鈍く切り裂くような音が聞こえ、空中を舞い床に落ちる……右腕。

 シトリーの肩口から右腕がゴッソリ無くなっている。



「これが私の切り札よ!」



 いつのまにかイリスの右手には美しい装飾の小型剣が握られていた。

 シトリーを切り裂けたという事はあれも魔道具なのだろう。

 間髪入れずに再度切り掛かるイリスを、シトリーの黒い触手が薙ぎ払う。

 後方に飛ばされながらも武器を構え、シトリーを見据えるイリス。


 その表情が恐怖に染まる。

 戦闘開始時と同様のポーズを決め、微笑むシトリー。

 そう、切り落としたはずの右腕が元に戻っているのだ。


 床に落ちた腕は煙を上げ、木の枝のような姿で固まった。

 すかさずそれをチノレがくわえて寝床に持ち去って行く。


 イリスはそれでも恐怖に耐え、戦う意思を絶やさない。

 そんなイリスを突風のような薄い瘴気が覆った。

 平衡感覚を失い、倒れ込むイリス。

 武器も持てず、身動ぎ一つ出来ない。

 今度こそ完全にイリスの心は折れた。



「フレムを……返して……。返して……ください………」



 イリスとは長い付き合いだが、それこそ聞いたこともない声で、見たこともない顔で泣き出した。

 こんなのを見たらもう豪傑さんだとか言えなくなってしまう。



「ここまでにして置きましょうか。少々からかい過ぎましたわね」



 泣きじゃくるイリスを見て、少し申し訳なさそうに微笑むシトリー。

 侵入者との戦いは、シトリーの圧勝で幕を閉じた。



 ーーーーーーーーーー



 円卓の間にて丸テーブルを囲む俺達。

 イリスは俺の横に座り、今にも泣き出しそうに縮こまっていた。



「本当に申し訳ありませんでした!」



 大きな声で謝罪をするイリス。

 これまでの経緯を説明し、俺が囚われているのではない事を理解してもらったのだ。

 テーブルにぶつかるんじゃないかと思うほど頭を下げている。



「まさか助けて頂いた上に匿ってもらって居たなんて……」



 両手で顔を覆い、イリスは再度俺の状況を整理する。

 大見栄切って侵入した上勘違いじゃね。そりゃ恥ずかしくもなるさ。

 でも帰れなくなったのは間違いなくこの悪魔達のせいなんだけどね?

 シトリーも悪ふざけが過ぎた事を謝罪し、自己紹介を交わし落ち着いたところで世間ではどうなっているのか聞いてみた。



「割りと何事もなく忘れ去られてて、さらっと帰れたりするんじゃないか?」


「帰れるわけないでしょ! 魔神フレムが三体の悪魔と凶悪な魔獣を従えて、ミューズ地方の掌握を狙っているって情報が流れてるんだよ!」



 俺の意見を楽観的過ぎるとでも言いたげに、凄い剣幕で捲し立てるイリス。

 巷ではとんでもない誤解が広まっているようだ。



「誰が魔神か! そもそもなんで俺がメインなんだよ! あ、そういやコイツら名乗ってねぇじゃん! ズルい!!」


「それで……私はフレムが魔神に操られてると思って……」



 俺の嘆きが宙にこだまし、イリスは再び先走りを反省している。

 シュンとするイリスは結構可愛い。

 いつもこうなら嫁の貰い手も付きそうなもんなのだが……



「つまり結局俺は人類の敵としてこれから国に狙われるのね……」


「そう案ずるな。百年程ここに滞在していればほとぼりも冷めるだろう」



 項垂れる俺を見てザガンが愉快なことを言い始める。

 そんなに居たらほとぼりどころか俺のウチボリまで冷めてしまうだろうが!



「あ、一応今はこの地方で話が止まっているの。隣町のカリオペには直ぐに連絡が行ったのだけど……。この地方を統轄している貴族がね。自分の管理区域、しかもそこの住民が災厄の元凶じゃ、どんな責任を取らされるか分からないって言って。だから広まる前になんとか手を打たなきゃって討伐組合に掛け合ったりしているわ」



 ここに来て元気爆発。喋る喋る。

 イリスはいつもの調子を取り戻したようだ。

 今の話しに出てきたカリオペってどうも聞いたことがある……

 ああ、思い出したぞ! 俺の住んでた町か!

 そうか隣町だったのか……。まあ、いくらなんでもそんな遠くまで連れ拐われたはずないよな。

 カリオペ……。二度と忘れないよう俺は記憶の引き出しにしまい込み……

 そっと鍵を掛けた。



「これはあれだな……、本当にしばらく見つからなければ噂が風化して消えてくれる可能性があるな」


「そんな簡単だといいけど……」



 俺の希望に遠い目をしたイリスが水を差す。

 少し期待を持たせてくれても良いと思う。



「とりあえず! 今度こそ結界強めにお願いしますシトリー様!」



 俺はザガンを経由しないで直接頼む事にした。

 これ以上余計な手間を増やされたくはないのだ。 



「了解しましたわ~。あ、イリスちゃん。また遊びに来てくださいましね? わたくしの結界の影響を受けない魔具を差し上げますわ。仲直りとお友達の印ですの」



 シトリーからなにやら綺麗な指輪を貰っているイリス。

 イリスは目を輝かせて大喜びだ。俺もなんか欲しい。

 とりあえず国を上げての討伐という恐怖は、当面の間は避けられたというのを知れたのは良いことだ。


 俺はちょうどいいのでうっかり切らしてしまったニンジンとキュウリの買い出しをイリスに頼んだ後、クワガタ丸を担ぎ戦場に戻る事にした。

 ニンジンとキュウリの栽培場所を確保しなければならないのだ。

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