三話  魔神の館 後編

 道案内のアガレスさんが度々居眠りをするせいで大分道に迷った。

 町に着いたのは夕暮れ時である。

 見た感じウチの近所よりは都会っぽい。

 買い出しは主に食材だが、俺の気に入ったインテリア等あったら買って来ても良いとのこと。

 何度も言うが俺を帰す気はなさそうだ。

 むしろあの屋敷に俺が住む事前提で話が進んでいる。


 ささっとお使いを終え、食材から今夜はカレーだろうと推測した。

 なので今日はこのまま戻る事にする。

 多分知らない土地だし、まさか自分のウチどこですか? などと聞けるはずもないのだ。

 というかカレーが食べたい。

 そうしてウキウキしながら帰路に就こうとしたところ、怪しい白いローブのおっさんに呼び止められた。



「もし、そなた……」



 おっさんの背後には二人の甲冑剣士。

 見るからに怪しい。宗教の勧誘だろうか?



「差し出がましいようだが、その剣を少し見せては頂けぬか?」



 うん、どっからどう見てもカッコ良い剣だからね。

 気持ちは分かるよおっさん。

 でもアガレスさんを見世物のように扱うことは出来ない。



「申し訳ありません……、大切な預りものでして……。あまり見せびらかしたくないもので……」



 とその場をそそくさと離れようとする俺。

 怪しい人はハッキリキッパリ即座に切り捨てるが吉だ。



「待たぬか!!」



 ローブのおっさんの口調が荒くなる。

 背後の剣士も剣を抜いてこちらに向けてきた。


 どうやら巷で噂の追い剥ぎというヤツだったようだ。

 これはマズイ。近所の世話好きなおっさんから剣術を無理矢理やらされたこともあるが、いつも数分で逃げ出す軟弱な俺に勝ち目はない。

 かといってアガレスさんを差し出す訳にもいかない。

 前門の追い剥ぎ、後門の悪魔というやつだ。

 駄目だ、明るい未来が見えてこない……



(俺を抜けフレム……じゃなかった。……力が……欲しいか……)



 なんかコソコソと、そしてオドロオドロしい声色で言い直して来たアガレスさん。

 いつもなら乗って上げるところだが今の俺に余裕はない。

 買い物袋を地面に置き、間を置かずアガレスさんを鞘から抜き放つ。

 俺は残念そうに文句を言うアガレスさんを無視して追い剥ぎ達を見据えた。



(頼んますよアガレスさん! これもうごめんなさい効きませんからね!)



 小声で念を押し、戦闘態勢に移った俺。

 それを見て険しい表情になったローブのおっさんが指令を出した。



「やはり……構わぬ! 腕を切り落としでも奪い取れ!」



 追い剥ぎさん恐ろしい……。やはり都会は恐い所だ。

 全て無事に解決したら俺は一生涯自分の町から出ない!

 そう固く決意した。

 そんな俺の一大決心を尻目に容赦なく切り掛かって来る追い剥ぎ二号。

 その斬撃に対し、合わせるようにアガレスさんを打ち付けた。



 キィン!



 一瞬の交差。金属音と共に二振りの剣が弾かれ、お互い距離を取る。

 すると追い剥ぎの刀身がピシピシと音を立て、粉々に崩れ落ちた。


 凄いぞアガレスさん! なんだかいけそうな気がする。

 もう一人の武器を破壊した後に、『もう悪さするなよ? 次は……ないぜ?』

 これだ! これで行こう! ちょっとワクワクして来たぞ。



「ぐっ……ぬ……こ、殺せ! 何としてもここで打ち取るのだ!」



 プルプルと震えるロっさん。益々豪気である。

 そんな脅しはハッキリ言って超恐いが、今に限っては何てことはない。



(アガレスの旦那! 頼みますぜぃ!)



 興奮のままアガレスさんにお願いするが返答がない……

 と~っても嫌な予感がする。

 人を焚き付けておいてまさかこんな重要な場面で……



(アガレスさぁ~ん?)


「ゴゴゴゴゴ……」



 再度呼び掛けるが返ってきたのは例の地鳴り。

 ちょっと待て……、寝たの? もしかして寝たの? マジで?

 嘘でしょどーすんのこの状況!

 早速涙目の俺の心境を知ってか知らずか、追い剥ぎさん達がにじり寄ってくる。



「は、話をしましゃう!」



 噛んだ……。もはや俺が死を覚悟したその時……

 アガレスさんの刀身から薄黒い噴煙が吹き出した。



「ゴゴゴゴゴゴゴゴ!」



 うるせぇなアガレスさん! なんだこれは!?

 アガレスさんひょっとして漏らしたの?

 などと考えていたが、相手も驚いて全員揃って尻もちをついていた。

 むしろ白目剥いて気絶してるようにも見える。


 チャンスだ……。俺は買い物袋を拾い上げ、全速力でその場を後にした。

 森に入ったところでアガレスさんの案内無しじゃ帰れないじゃん!

 どーすんべ! と慌てた俺は颯爽と駆け付けたチノレに食い付かれ拐われた。



 ーーーーーーーーーー



 身も心もボロボロで屋敷まで帰って来た俺。

 そんな俺をシトリーさんが優しく出迎えてくれた。



「あら、お帰りなさいませ~。ご飯にします? お風呂にします? そ・れ・と・も……」


「シトリーさんで!!」



 元気よく答えた。これだ。

 俺の求めていたものはこれだったんだ!

 ……ではなく。



「いやいや大変でしたよ! 聞いてください~」



 コントに乗った事で上機嫌なシトリーさんに一部始終を話す。

 シトリーさんはニコニコと嫌な顔一つせず、親身になって聞いてくれた。



「あらあら、それは大変でしたわね。怖かったでしょう? 今ザガンがお夕食を作りますから、もう少しお待ちくださいませね」



 シトリーさんが癒し過ぎる……

 疲れと恐怖が吹き飛ぶようだ。


 そこへザガンさんが食材を取りに現れた。

 エプロンと三角巾姿がシュールで恐い。

 とりあえず目的は達成したのだ。

 全て忘れてご飯にしよう。


 トントンと家庭的な包丁の音の鳴り響く中、食事の準備を手伝う俺。

 俺とザガンさんの席にはカレーが置かれ、俺とアガレスさんの中間の席にチノレがカレーを持って座った。

 シトリーさんの席にはトマトジュース。

 アガレスさんの席には土の入った鉢植えが置かれた。


 本当にトマトジュースだった事よりも……

 チノレがスプーンでカレーを食べている事よりも……

 鉢植えに刺さったアガレスさんが衝撃的だった。

 土の上に置かれたジャガイモやトマトがシュウシュウと音を立てて消えていく。

 ザガンさんもウマイウマイと食べているがカレーは口に入れた瞬間、塵になって消えている。

 本当に味するんだろうか?


 夕食の後、皿洗いを終えて皆リラックスタイムに入る。

 熱心に書いたり調べたり、錬金術の研究に余念のないザガンさん。

 牛乳の分量とか牛肉がどうとか書いているが気のせいだろう。

 明日もビーフシチューだな。楽しみだ。


 シトリーさんは座って本を読んでいる。

 何をしていても美しい。

 本の題名が『人妻と密時』と書かれているが、きっと何かの哲学書だろうな。

 俺も後で読ませてもらおう。後学の為だ。他意はない。


 アガレスさんは鉢植えに刺さったまま寝始めたので部屋の隅に移動させた。

 部屋の中央で地響きを奏でられても邪魔なのである。


 チノレはお風呂らしい。

 どう洗うのか? 抜け毛が大変ではないのか?

 そして風呂場どれだけデカイのか? などなど興味は尽きない。

 後で俺も入らせてもらおうと考えていると、突然アガレスさんが呟いた。



「侵入者だ……。人間が十名といったところか」



 ハッキリとした寝言である。

 こんな魔物の巣に入ってくる人間などいないだろう。

 居たとしたらとんでもない物好きか道に迷った愚か者である。


 しかし万が一事実で、間違って風呂に向かったチノレと遭遇しても困るので皆揃って確認に向かうことにした。

 ちなみにアガレスさんは俺の腰の鞘に入っている。



 ーーーーーーーーーー



 玄関付近で怪しい人達と出くわした。

 まさか本当に居るとはな……

 怪しい人達がぷるぷる震えているのは武者震いだろう。

 恐いのに入って来るわけがない。


 よく見ると港で出会ったローブのおっさんと鎧を来た剣士八名。

 後はおっさんより威厳のありそうな、少し豪華な装飾の白いローブを着た爺さんが追加されていた。



「見つけたぞ悪魔め! このような場所に居を構えていようとはな!」



 港で会ったおっさんがいきなり叫んでくる。

 他人の家に上がり込んでそんなセリフは中々吐けない。

 追い剥ぎと強盗は同じ職なのだろうか?

 どちらにしてもさっさと職安にでも行くべきである。


 というかあれ? もしかして俺が附けられてた?

 俺のせい? これは処刑かな? 責任追求されるやつ?



「そういえば結界が消えたままになっているな。張り忘れたか?」



 これはザガンさんの責任ですね。

 俺は鍵をかけたら三回は確認する。

 怠ってはならない事がある。

 人間の腐った性根を舐めた結果であって断じて俺のせいではなかった。



「フレムさん達が帰宅して安心してしまいましたの……。うっかりしてましたわ」



 シトリーさん優し過ぎるな。

 女神か何かなのだろうか?

 この展開は致し方あるまい。

 そもそも他人の住居に無断で立ち入るなどと許されるはずがないのだ。

 俺がボンヤリと責任転嫁をしていると偉そうな爺さんが前に出てきた。



「私はレイルハーティア教団、退魔神官ブライト! お前たち悪魔を滅するために参った! 覚悟召されよ悪魔共!」



 鉄球付きの棒を振り回し威嚇してくる爺さん。

 ちょっと……無理するな爺さん。


 おや? ちょっと待って欲しい……

 確かナンタラ教って世界中に信者の居る大規模宗教じゃなかったかな?

 本部こそこの国にないとはいえ、アーセルム王家とも親交が深い。

 そんなのといさかいを起こしたら王家を敵に回しかねないぞ。

 ん? そうすると鎧は衛兵か!?

 俺は港での騒動を思い出し、急速に青ざめた。



(どうしよう! 大変な事になってきた…。なんとか何事もなく帰ってもらう良い手はないでしょうか?)



 慌てた俺は小声で背後の悪魔達に丸投げした。

 か弱い俺には為す術がないのだ。



(なるほど……、ならば我らに任せよ。妙案がある)



 さすが頼れるザガンの兄貴……

 やはり俺は周囲に恵まれているようだ。


 突如ザガンさんのローブがまるで炎のように揺らめいた。

 周囲に薄黒い噴煙が溢れ出す。

 その煙に触れた兵士達の剣や鎧がみるみるうちに錆、腐り落ちていった。



「我は偉大なる魔神王、フレム様に仕えし魔神なり!」



 骨が何か訳の分からない事を言い始める。

 続いてアガレスさんが勝手に鞘から飛び出し、噴煙と共に地面から現れたフルメタルさんに捕まれ宙を一薙ぎ……

 おっさんと兵士がバタバタと意識を失ったように倒れて行く。



「我が主を前に不敬は許さぬぞ!」



 あんたそんな事出来たの?

 やめてアガレスさん。何この茶番。

 さっと解決に向けて動き出して下さい。

 皆倒れてしまったが、神官の爺さんだけは辛うじて四つん這いになり意識を保っているようだ。



「バカな! 何だこの瘴気は!? 信じられん……、信じられん魔力……」



 爺さんはこの状況に恐れをなしたようで、年甲斐もなく声を荒げている。

 そして追い討ちとばかりにシトリーさんが口を開いた。



「わたくしの御主人様を前に不遜な物言いですわね」



 シトリーさんから吹き出した瘴気が倒れた兵士を覆っていく。

 するとおっさんと兵士達全員が同時に立ち上がった。



「お、おぉ……。お前たち……、戦えるのか!」



 神官の爺さんが一筋の希望を込めて兵士達に語りかける。

 兵士達は虚ろな目で同時にかしずき、俺の方に頭を垂れた。


 それを見て完全に絶望したようで、爺さんはガタガタと震え出す。

 手にした武器が凄い音を立ててガチャガチャ鳴っている。


 そこに突如俺の後方から風が巻いた。

 超高速で俺の眼前に巨大な猫、チノレが現れたのだ。



「にゃあぁぁぅ~~!」



 風呂上りにブルブル身体を振って水気を切ったのだろう。

 全身の毛がボンボンに逆立ち、四つん這いで神官を睨み付けるチノレ。

 十中八九、狙いはガチャガチャ鳴ってる鉄球だ。


 ここでついに神官の恐怖は頂点に達し、その意識を手放した。

 この一連の流れに唖然とするしかない俺……



「何してくれてんのアンタらーーー!!」



 やったな、やりましたわ、これから楽しくなるなと大興奮の彼らに向かい俺は叫んだ。

 もう完全にタメ口である。



「これじゃ俺が魔神みたいじゃん! 晴れて人類の天敵だよ!!」



 床にへたり込み嘆く俺。もうお家に帰る希望がなくなった。

 これから一体どうすれば良いのか……



「はいは~い、お帰りはあちらですわよー。暗いのでお気を付けてお帰りくださいませ~」



 神官達は一列に並んでシトリーさんに誘導されていた。

 手も首も力なくダランと下り、とても恐い集団である。


 チノレは鉄球に夢中でガチャガチャと遊んでいた。

 アガレスさんは床に転がってすでに夢の中にいる。

 ザガンさんはこの展開にウキウキでお話しにならない。


 俺は深い溜め息をついた後、とりあえず思考を止めてビショビショであろう脱衣場の掃除をしてから寝る事にした。

 ああ、ついでにお風呂に入っておこう。

 この辛い現実が洗い流せるかもしれない……

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