悪役貴族の俺がざまぁされないとこの国は崩壊するのに、病み気味な原作のヒロイン達が全力で阻止してくる

春いろは

第1話 さぁ、早く俺を断罪してくれ!

 10年以上前、ある日ふと自分がこの世界の人間ではない事に気が付いた。

 まだ10歳の子供だった俺に前世の記憶が蘇り、自分が転生者であることを自覚した。


 【精霊のレコンキスタ】と呼ばれるゲーム。

 俺はその世界に転生していたのだ。


 気づいたとき、俺はとても喜んだ。

 だってそうだろ?

 元の世界ではうだつの上がらないサラリーマンだった俺が、今や異世界転生者だ。

 物語の主人公みたいな幸せな未来が待っているに違いないと、そう確信していた。


 ……だけどその後すぐに自分が“誰”であるかを思い出し、絶望した。


 【フィル・クーリッヒ】。

 

 それが俺のこの世界での名前。

 フィル・クーリッヒは、所謂“悪役貴族”だ。

 伯爵であるフィルは領民から税金を限界まで搾り取り、その金で酒と宝石、そして女を買い漁る典型的な悪役だ。

 

 とにかく悪逆非道な男で、プレイヤーからも蛇蝎の如く嫌われている。

 特に嫌われている一番の要素として、原作主人公であるライナス・ベッカーの幼馴染であるレーナ・サヴォイを金と権力で無理矢理自分の嫁にした事があげられる。


 いきなり訪れたNTR要素にプレイヤー達は阿鼻叫喚、クレームの嵐でシナリオライターが心を病んだらしい。

 

 そしてそのNTRがきっかけで、主人公がレーナを取り戻すためにフィルを断罪し国外追放する。

 そしてフィルの領地だった伯爵領をレーナが継ぎ、レーナと結婚した主人公がその領地の一の騎士となり兵を率いてその後に起こる数々のイベントをこなし、襲い来る帝国から国を救う。

 

 そう、そうなんだ!

 俺が断罪されて主人公であるライナスに領地を譲らなければこの国は主人公に救われず、滅亡してしまう。

 つまり、俺の断罪は絶対に必要な事なんだ。

 だから俺は、そのことに気づいて絶望したんだ。


「フィル、もうすぐ王都に到着するわ」

「うん、わかってるよ」

「大丈夫? 緊張してない?」

「まあ、ちょっとだけ」

「しっかりしなさい、あなたの今後の人生がかかってるのよ!」

「そうだね」


 馬車の中で隣に座るレーナがジッと俺を見つめる。

 俺は今ライナスが提訴した裁判で戦うため、王都の裁判所に向かっている。

 いや、戦うってのは正確じゃないな。

 

 “断罪されるため“に向かっている、が正しい。

 

 転生に気が付いてから、どうすれば断罪されずに、それでいて世界を救えるか必死に考えた。

 でも、ある日気がづいた。

 そんな面倒な事しなくても、俺への処分はあくまでも国外追放。

 死ぬわけじゃない。

 だったら外の世界でギルドに入りハンターになったり、傭兵になったりすればいいじゃないか、と。

 そうすればこの国は勝手に助かるし、俺は異世界で元気に生活が出来る。


 幸いフィルは原作でそれなりに強かった。

 もっとも、原作では訓練をしていないから限界はあったけど……。

 

 だけど、それなら鍛えればいいんだ。

 そうすればもっと強くなって、自分の身一つで生き抜くこと位はできるだろう。

 その思いで子供のころから身体を鍛え、成人してからは戦場に参加して鍛え続けた。

 今ではかなりの実力であると自負している。

 少なくてともハンターになれば余裕で大金を稼げるだろう。


 それと並行して原作通りレーナを無理矢理嫁にして主人公の怒りを買った。

 案の定主人公のライナスは怒り狂って俺をこの地に呼び出したってわけだ。


 うん、完璧だ。

 国を救うのは主人公様に頼んで、俺は悠々自適に異世界ライフを満喫させてもらうとしよう。


 いやぁ、楽しみだな~。

 正直貴族の生活は娯楽が少なすぎて飽きてたんだ。

 性格の悪い貴族仲間と遊んでも楽しくない。

 女を買うことも考えたけど、性病の管理とかどう考えてもちゃんとしてないこの世界で商売女なんて怖くて買えない。

 だからと言って宝石とかの高級品は買ってもどうせ追放されるの確定だから意味が無い。

 

 そうなると本当に楽しみなんて殆どなかった。

 気まぐれに孤児院を建てて偽善者を気取ってみたら以外に楽しかったからハマっていたけど、娯楽なんて本当にそれくらいの物だ。


 その点ハンターは違う!

 モンスターとの命のやり取りはひりつくし、終わった後の仲間との酒盛りは絶対楽しいに決まってる。

 きっと何もかもが新鮮で楽しいものに違いない。


 俺の計画は完璧で、穴なんて無い。

 うん、間違いなく完璧だ。


「ほら、手を握ってて上げる」

「え、いやいいよ……」

「いいから! 私はあなたの妻よ? だったらこういう時支えてあげるのが当然でしょ?」

「あ、ありがとう……」


 レーナが俺の手を握り、肩に頭を載せてくる。

 原作ではもっと嫌悪感たっぷりの対応だった気がするけど……。


 まあ、気のせいだろう。

 今日俺は断罪されて、レーナは晴れて幼馴染のライナスと結婚できる。

 そして世界は平和になる。

 完璧だ。


「フィル…着いた、よ?」


 馬車が止まり、馬車を操っていた御者が扉を開ける。

 褐色の肌で無表情な彼女が、俺たちの姿を見て一瞬だけ目を細める。

 

「あら、ごめんなさいねリゼ」

「……問題、ない」


 レーナが何を謝っているのかよくわからんが、とりあえずようやく裁判所に到着したらしい。

 リゼは辺りを警戒するように見渡している。

 この子は俺の護衛で、元孤児だ。

 そして、【精霊のレコンキスタ】のメインヒロインの一人でもある。

 原作でも凄まじい強キャラで、この世界でも当然強かったから護衛になってもらっていた。

この子なら例え俺がいなくなって職を失ったとしても問題なく生活していけるだろう。


 馬車から降りて目の前の建物を見る。

 中世ヨーロッパ風の街並みに建つ、威厳のある石造りの建物。

 この国の法の中心地だけあってやけに威圧感がある造りだ。

 

 ぐっと唾を飲み込み、気合を入れる。


「よし、それじゃあ行こうか」


 そして俺は、自分を断罪するための大舞台に足を踏み入れた。



 ―

 ――

 ―――

 ――――


 裁判所の中に入ると、すぐに控室のような場所に通される。

 石造りの質素な部屋だ。


「そちらで少々お待ちください」

「わかりました」


 衛兵らしき男が一礼して下がっていく。

 腐ってもまだ伯爵だからな、対応も丁寧だ。


「いよいよね」

「まあ、どんな判決が出ても二人の立場が悪くならないようにしてきてるから安心してくれていいよ」

「そういう問題じゃっ……。はぁ、もういいわ」


 レーナが一瞬怒りかけるが、すぐに鎮火する。

 ここで喧嘩になるのは得策じゃないしありがたいね。


「いざとなったら、わたしが守る、ね?」

「ありがとう、でも大丈夫だよ。どんな結果が出ても受け入れるつもりだから」


 判決が出てリゼが暴れて逃げ出すようじゃ困るからな。

 ここで釘を刺しておかないといかん。


「むぅ……」

「リゼ、今は」

「わかってる……よ……」


 何やら二人が目配せをしてる。

 なんだろう?

 いや、まあいいか。


「失礼いたします!」

 

 兜を被り顔を隠した衛兵が緊張した様子で入って来る。

 どうやら今度は女性のようだ。


「時間……?」

「はい、万事手筈通りにすんでおります。皆様方はどうぞ会場へお越しください!」


 リゼの問いに衛兵が答える。

 手筈通りって言い方が気になるけど、まあとりあえず準備が終わったんだろう。

 向かうとするか。


「よし、じゃあ行こうか」


 そう言って、俺たちは会場へと向かった。


 ―

 ――

 ―――

 ――――


 会場に入ると、辺りを囲うように座る人々が一斉にこちらを向く。

 円形の会場に向かい合うように配置された席が、この裁判で争う二組が立つ、云わば戦場だ。


 目の前には憎悪の視線を向ける男が数人の仲間を引き連れて立っている。

 ライナス・ベッカー。

 この裁判の、そして何よりもこの世界の主役だ。

 今回の裁判では検事のような役割も務めている。


 この国の裁判は少し特殊で、検事や弁護士はいない。

 告発者が証拠を集め、法廷で問い詰め、本人が自分を弁護する。

 なんというか、不思議な制度だ。


 ちなみに、既にライナスは原作通りこの国でいくつもの問題を解決し、今や英雄と呼ばれるほどの活躍を見せている。

 そんな男が起こした裁判と言うだけあって、世間の注目度も高い。

 

 まあまあ、そんなに睨むなよ。

 負けてやるからさ。


「レーナ! 怪我はないか? 嫌な事とか、苦しい事とか、辛いことはないか?!」

「何もないわ」

「そ、そうか……」


 ライナスがほっとしたような、でも少し残念そうな顔をする。

 きっと必死に助けを求めると思ってたんだろう。

 ていうか俺も思ってた。

 原作だとそうだったし。


「早くこんな裁判終わらせましょう?」

「そ、それもそうだな! 裁判長、被告は来たぞ! 早く裁判を開始してくれ!」


 ライナスが急かすように声を上げる。

 おかしいな、原作ではこんなに焦るような感じじゃなかったけど……。

 

「両者、準備はよろしいですか?」


 会場の中央に座る裁判長が俺たち二人に問いかける。

 その問いに全員がうなづき、裁判が幕を開けた。


「ではまずはライナス殿、今回の告発内容についてお願いいたします。」


 裁判長が指名すると、それはそれは長い紙の巻物をもったライナスが立ち上がる。

 え、なに?

 あれ全部俺の訴状??

 そこまで悪い事したかな……。


「いくつも罪があって挙げるのも難しいほどですが、まずは一つ目。この者は伯爵と言う立場を利用し、数多の少女をその毒牙にかけているのです!!」


 ライナスが大きな声で観衆を煽るように叫ぶ。

 そしてその言葉に、この会場を囲むようにいる傍聴者がざわざわと声を出す。


 おー、傍から見るとまさに主人公って感じでかっこいいな。

 まあ俺当事者なんだけど。

 

「彼は孤児院を経営しています。それは確かに大変すばらしい行いです。ですが、それは自分の欲望を満たすためのカモフラージュだったのです!」


 欲望を満たすためって……。

 いや確かに、他人の、しかも不幸な子供に心から感謝されるのは心底気持ち良かったけど。

 その快感のためにやってたのは事実だけども……。


「欲望と言うのは、具体的には?」

「性欲です」


 その一言に、会場から悲鳴が上がる。

 中世風の異世界であってもロリコンは罪らしい。

 イエスロリータノータッチの原則は異世界でも共通なんだなー。


「このフィルと言う男は、夜な夜な好みの孤児を孤児院から屋敷に呼び寄せているのが確認されています。周囲の情報では、“ご褒美”と呼び孤児院の一大イベントにもなっているとか」


 ……あれかー。

 うん、確かにそういうイベントはありますね……。

 何を言われようとどうでもいいけど……。

 まぁ、多少は抗っておくか。


「証拠はあるのか」

「証言者を用意しています、それも飛び切り信用できる人を、ね」


 そう言って、ライナスがこちらを向く。

 いや、正確には俺じゃなく俺の隣に立つ人をじっと見つめている。

 ……そう、リゼを見ている。

 

「リゼさん、こちらへ」

「……はい」


 まじか……。

 リゼは俺になついてくれていると思ってたんだけどな……。

 国外追放を覚悟していたとはいっても、これはちょっと心に来るな。

 

「ここでは真実しか語れません。その証言台には“真言の呪い“がかけられているのをお忘れなく」


 証言台に立つリゼがうなづく。

 

「残念でしたねフィルさん、護衛にまで裏切られるとは」

「……いいから、裁判を続けてくれ」


 正直動揺している。

 俺とリゼは苦楽を共にした仲間だと思っていたから、こんな……。

 恨まれてたのか……。

 

「大丈夫よ」

「レーナ……」


 隣に立つレーナが小声で励ましてくれる。

 くそ、受け入れるしかない。

 どのみち今日でお別れだったんだ……。


「それではまずは第一の質問から。あなたは“ご褒美“の現場を目撃しましたか?」

「……はい」

 

 最初の質問に、リゼが躊躇なくうなづく。


「それは、あなたも受けたことがありますか?」

「……何度も」


 生々しい証言に会場の熱量がどんどん上がる。

 

「ご褒美の現場を見たあなたはどんなお気持ちでしたか?」

「……悔しくて、辛かった」


 リゼの発言の後、ライナスが辺りを見渡し会場の熱量を見る。

 自信が確信に変わるような、そんな顔でこちらを見る。


「聞きましたかみなさん!? あの男は最低の屑だ! 今すぐにでも極刑に、即ち国外追放を実行すべきです! ですよね、裁判長?」

「う、うむ……」


 予想通り、ライナスが国外追放を求刑する。

この国の貴族に対する最大級の罪は国外追放だ。

 貴族特権と呼ばれるものの一つで、俺にとっては大変ありがたい制度だ。

 国に感謝だな。


「最後に質問です、あなたはフィルを恨んでいますか?」


 質問をしながら、勝負ありと言った感じで得意気な顔をするライナス。

 側近の護衛が証言台で恨んでる、なんていえばどれだけの事をしてきたか観衆に嫌と言うほど伝わるだろう。

 規律と名誉を重んじるこの国が、そんな“悪役貴族“を断罪しないわけがない。

 俺は、次のリゼの一言で断罪されることになるだろう。


 リゼが、少しだけ躊躇するように深く呼吸をして目を見開く。

 覚悟が出来たんだろう。

 まっすぐと、俺を見つめている。

 

 ごめんな、リゼ。

 恨まれてるとは思ってなかったよ。


「いいえ、愛して……ます」

「……はい?」


 その一言で、会場の空気は一気に入れ替わった。

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