Part5

「……ねぇ、澪の所には行かなくていいの?」

 もうすっかり見慣れてしまった廊下の中を走っていた最中、立花はそう問いかけた。

「朱鷺から『行かなくていい』って言われたんだ。理由は分かんねーけど……とにかく、蓮也達も危ない状況なのは変わりない」

「危ない……? 何があったの?」

 危ない状況、なんて言葉を耳にし、立花は再び疑問を投げかける。

「特異体と遭遇したんだと。つっても、あの仮面野郎自身が特異体だったらしいが……」

「あいつが……!? ってか、特異体!?」

 突然に驚愕的な事実を告げられ、走りながらに驚きの表情を浮かべる。

「いつ攻撃が始まるかも分かんねぇ。……行くぞ」

「うん……!」

 やがてエレベーターのあった場所にたどり着いた2人は、そう覚悟を決めて飛び込んだ。


 その後すぐに、ランとの戦闘が始まった。


 臥竜はエレベーターに置かれた明花を守るために引いたため、現状前線で活動できるのは蓮也、立花、煉馬の3人だった。

 それだけで、未知の特異体を相手しなければならなかった。

「ははっ! 流石はNRF様だ! 僕の攻撃をここまで避けられるとは!」

 しかし、3人はなんとか生き延びていた。無限に溢れ出す触手を寸前で躱し、ランへと刃を向け弾丸を送る。だがそれが命中することは無く、ランは器用に身体を動かして躱していた。

 背中の触手を壁や床に伸ばして支柱とし、通常の人間ではなし得ないほど機敏に動けていたのだった。

『3人、聞いてくれるか』

 そんなランの対処に四苦八苦していた時、無線機を通じて前線の3人へ朱鷺は言葉をかけた。

『今から一度、総攻撃を仕掛ける。3人で攻撃のタイミングを揃えるんだ』

 総攻撃。今出せる火力の全てを集結させ、ランを制圧しようという作戦だった。

「プランは?」

 目の前に迫る触手をナイフで切り裂きつつ、煉馬が問いかける。

『蓮也と煉馬が前に出て、ランが伸ばしてる触手を全部切り落とす。その後に再生するより早く……立花がランを撃つ』

 朱鷺はそう言った。確かに、最も高い火力を持つ立花は今現在、数多の触手を回避することに意識をとられ本領を発揮出来ずにいる。

 そのため、2人で『触手の無い瞬間』を作り出し、そこで立花を活躍させようということだった。

「分かった。タイミングは指示に合わせる」

 蓮也はその作戦を承諾し、耳元に意識を向けてその時を待つ。

 煉馬と蓮也、両者が地に足をつけて体勢を整えた瞬間。

『今だ』

 開始の合図が聞こえた。

 2人は一様に駆け出し、それぞれの刃を確かに握る。蓮也は左から、煉馬は右から切りかかった。

 相も変わらず無限に伸びる触手を、両者は刃で切り落とし続ける。煉馬は6本のナイフを乱雑に投げ、引き戻し、手首の隠し刃もフル稼働させ、視界に入る限りの触手を切り裂いていった。

 蓮也の刀は確かに、煉馬と比べれば速度は劣る。しかしながらその長い刀身を活かせば、一度に何本と切り伏せることは可能だった。

 2人はそれぞれ、既に消耗しきったとも思える体力を振り絞って刃を振るう。

 やがて、一瞬だけ。視界からは触手が消えた。

 地面に落ちた触手が液体と化し、ランの身体へと戻っていく。

 その瞬間。

 立花の両腰に備えられた十の口が回転した。

 背中の弾倉から弾丸が巻き取られ、激しい音と光を放ちながら放たれていく。高密度に撃ち出されたそれらは、空を切り、光を反射し、確かにランの身体へと迫っていく。

 いずれ、先頭の弾丸が数ミリまでたどり着いた時。

『はっ……?』

 ランは、溶けるように液体と化した。

 弾丸はその上を抜け、エレベーター正面の奥の壁へ激突する。梯子と弾丸が衝突した金属音が、部屋全体に響き渡った。

 ランの身体は、通常のニーロが作り出す水溜まりのような風貌へと変化を遂げていた。しかしその中央にコアは確認できず、代わりにランの仮面があるのみだった。

 その水溜まりはニーロが蘇るのと同じように振動しはじめ、やがて――先程と同じ姿のランが現れた。

「いやー、危ない危ない。まさか触手を全部落とす作戦にでるとはね」

 ランは当然のように立ち上がり、背中からは再び触手を覗かせる。

「でも、それは失敗した。体力も、弾丸も使い果たした全身全霊の一撃を、外した。2度も同じことを繰り返すなんて夢のまた夢」

 ランの言葉は、全て真実だった。

 蓮也も煉馬も膝をつき、立花の弾丸ももう間もなく底を尽きようとしていた。

「ざけんな……! こんなとこで……明花を救えないまま死んでたまるかッ!!」

 蓮也はそんな現状が嫌になって、苛立ちのままに駆け出した。

 しかしその脚に力を込めることさえ困難になっており、放ったのはフラフラと力ない一撃だった。

「そうは言ったって、無理なもんは無理なんだよ。諦めというものを覚えたらどうだい?」

 ランはそんな蓮也の首に触手を絡ませ、上へと持ち上げる。粘性のある触手は強固に絡みつき、気道を封じていった。

 蓮也は怒り任せに藻掻くが、もうそれを剥がすだけの力は残っていないのだった。

 徐々に視界がボヤけ始め、正常な思考さえ出来なくなっていく。

「まあ、安心しな。君の仲間も妹も、すぐに同じ場所へ送ってやるさ」

 クソが。

 ようやく、明花を抱くことが出来たのに。

 彼女を、苦しみから救い出せると思ったのに。

 どうしてこんな奴に殺されなきゃならない?

 ふざけんな。

 俺は、こいつに殺されるために産まれたんじゃ――!

 やがて、瞼は完全に閉じた。後は、拍動が止むのも時間の問題だった。

 

 瞬間、蓮也の身体は唐突に地面へ落下した。


 蓮也を支えていた触手が、切られたのだ。

「み……お……?」

 倒れたままの蓮也の視界に映ったのは、その人だった。

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