第九章 交わる刃、少女の葛藤。
Part1
地底下2階にてランとの戦闘が起こる、十数分前。
「いいねぇ……ここなら、好き勝手やれそうだッ!!」
地底下1階のエレベーター正面、鉄扉の向こうの部屋にて、煉馬と風雅が刃を交えていた。
煉馬は腰からナイフを抜き、両手に握って肉薄する。
「お前はいつもそうだ。馬鹿みたいな顔して、馬鹿みたいに正直に突っ込んでくる。地上でやり合った時と何にも変わらない」
しかし風雅はそれを一本のナイフで弾き、身を器用に翻して対応していた。まるで弄ぶように、余裕のある動きであった。
「べちゃくちゃ喋ってて大丈夫か? そのやっすい刃一枚じゃあ――すぐに死んじまうぞ!」
風雅は、地上にてステン・フルーガと戦闘したことがあった。リベリアーズの地上基地破壊任務の際に遭遇し、その時にも彼はナイフ一本で戦闘していた。
しかしそれは、ナイフというよりは短刀という言葉が適切に思える大きさで、煉馬のものよりも二回りほど大きかった。
して、彼はそれだけを用いて戦闘していた。
弾丸も容易く避け、少しでも気を抜けば刃が頬を掠めてしまうようだった、と煉馬は記憶していた。だが、こちらも攻撃を当てるのは十分に可能だった。
勝てる見込みはあるのだ。
しかし当時は途中でⅡ型ニーロの邪魔が入り、逃げられてしまった。
だが、今回はそれもありえない。
煉馬には圧倒的な自信があった。命じられたのは幹部の足止めだが、もうこのまま殺し切ってやろうかと思っていた。
「お前は今、1人なんだ。地上じゃあ4対1だが、1対1なら――俺に分がある」
風雅はそう言うと、ナイフ片手に反撃に転じた。
逆手に握った刃を煉馬に向け、殺意を纏って接近する。
「それはこっちも同じだ。ここにはニーロもいない。純粋な1on1は……こっちも得意なんでねッ!!」
2人はその後も、金属音を周囲に響かせながら戦闘を続けた。
「キンキンキンキンうるさくて頭痛くなっちゃうよ……そう思わん? 風雅さんや」
5分程手脚を動かし続けていたのにも関わらず、煉馬は未だ余力を残しているような口調で言った。しかしその額には若干の汗も確認でき、確かに体力は削られていることが伺えた。
「だからさ、そろそろ終わらせようぜ?」
煉馬はそう言うと、両手のナイフを振りかぶった。
そのまま、前方へと空を切り裂いて投げた。
煉馬のナイフがやや小さく設計されているのには、こういった理由もあった。遠距離の相手にも対応できるよう、投擲武器としての活用が可能になっていたのだった。
2本飛ばした後にすぐにもう2本を抜きとり、俊敏な動きで躱す風雅へ更なる追撃を行う。
「ああ゙ッもう……ちょこまかと!! 大人しくしとけ!」
だが、それが風雅の肌を引き裂くことは無かった。
煉馬は苛立ちと共に言い、最後の2本を放つ。それも易々と回避されてしまった。
煉馬の手元のナイフは、全て無くなった。今はただ、無機質なコンクリートの上に散乱するのみだった。
「やっぱりお前は馬鹿だ。一時の感情の昂りに任せて、後先考えずに暴れ回る」
そんな煉馬を見て、風雅は吐き捨てるように言う。
「いつもなら、仲間が助けてくれたかもな。だが、今日ばかりは……自分でそのツケを払ってもらう」
ナイフを握りしめた風雅が、煉馬の無防備な胸へと駆け抜けた。コンクリートに衝突した足音が響き渡り、その距離は瞬きも出来ぬ程に早く縮まる。
刃先が、確かに煉馬の身体を捉えた。
空を割いて、右腕から与えられたエネルギーのままに――
――上へと舞った。
風雅の身体自体が、宙に舞っていたのだ。後方へ宙返りする形で、煉馬から距離を取っていた。
「……めんどくさ」
風雅の視界には、"煉馬のもとへと戻っていくナイフ"が映っていた。
ただ、それは決して、煉馬の願いが招いた超常現象なんぞではない。
煉馬のナイフの先端には、細いワイヤーがついていた。煉馬は装備のボタンを押すことで、投げたナイフを腰へと戻すことが出来るのだった。
そして、そのナイフの刃先は煉馬の身体側を向いている。つまり、ナイフと煉馬の間に人間が居れば、背後から斬撃を加えることも可能だということだ。
それを避けるために、風雅は宙へ跳んだというわけだ。
「さあ、再チャレンジといこうか」
煉馬は口の端に挑発的な笑みを浮かべつつ、再びナイフを両手に持って向ける。
「……俺、同じこと繰り返すの嫌いなんだよ」
風雅はそう言って、腰のポケットから一本の筒を取り出した。先端から針が伸び、シリンジには透明な液体の入った、注射器だった。
「だから――もっと刺激的にいこう」
風雅は、首元にそれを突き刺した。
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