ニーロ・リムーブフォース

ʚ傷心なうɞ

プロローグ 破壊工作

プロローグ 破壊工作


未だ、文明が誕生してから間もない頃。地球上には、2つの種族が存在していた。「人類」、そして「ニーロ」。ニーロは人型ではあるが、他の生物を直接捕食し生き延びており、人間とは文化のレベルに少々差があった。しかし、これら2つの種族は生活圏が異なっており、存在を噂程度で認知することはあれど争いに発展したことは無かった。あの時までは。

ある日。ニーロは人を食い殺した。理由は分からない。意図的なものか、はたまた本能か。

だが、事実は事実。

こうして、「獣人戦争」は勃発したのだ。

しかし、結果は、ニーロの勝利に終わった。敗れた人類は地表での居場所を失い絶滅……とはいかなかった。僅かながら人類は地下に逃げ延びたのだ。それから人類は小規模ながら目覚しい発展を遂げ、やがて1つの国として繁栄していくこととなった。その国の人口はおよそ70万人程ではあったものの、機械工業が発展し、足りない部分は機械が補うことで国として成り立っていた。

こうして小さいながら繁栄していた人類だった。が。当然、欲が出てくるのが人間という生き物だ。

徐々に、地上への進出を目指す人類が現れ始めた。その思いは瞬く間に伝播し、やがて国民全員の思いが一致する程になった。

そうして設立されたのは、「NRF」。ニーロリムーブフォースだった。国民の中から選りすぐりの精鋭を集め組織されたそれは、徐々に徐々に成果を上げ始めた。初めはわざわざ壁を掘って地上へと出歩いていたものの、今では地上に繋がるエレベーターまで完成した。しかし、それも所詮NRFの隊員用。いつか人類が地上で暮らせる日を夢見て、彼らは今日も地上へと赴くのだった__

__無限に続くような砂原の上。一台の装甲車が、何処かを目指して走っていた。

「あと何分だ?」

その車内にて。後部座席で外を眺めていた男、〈東蓮也あずまれんや〉が言った。髪は乱雑で、瞳は若干閉じかかっている。足は力なく放り出されていて、背中も少しばかり曲がっていた。この情報だけで判断するなら、ただの【ダメ人間】だった。

「多分3分とか?分かんない!」

男の問いにそう反応したのは、この車の運命__もとい、ハンドルを握る女、〈君山唯織きみやまいおり〉。ハンドルを両手で力いっぱい握り、目はガン開き。

___かもしれない運転…かもしれない運転…あれ、ハンドルの手って何時何分だっけ……9時15分?8時20分?

そんな独り言が聞こえてくる。多分、いや絶対。運転させちゃいけない人だった。

そんな彼女はセミロングの茶髪を持ち、ちゃんと見ればそこそこ……かなり可愛い顔立ちだった。だが、先の独り言といい姿勢と言い。初見の感想は「可愛い」より「大丈夫?」だ。今にでも事故りそう。

「ちょちょちょ!前前前っ!」

「うぇ?あ、あぁぁぁあああっ!」

心配が現実になりかけた。助手席からの指摘により、何とか眼前に迫る岩壁を回避出来た。助手席に座る人間が、文字通り助手として完璧に働いた瞬間だった。

「あせったー……ってか、今どきハンドルの手で迷うことある?」

呆れ気味にそう言ったのは、〈霧島緋里きりしまひかり〉。姿勢、表情共にこれまでの2人とは大違い。今のところ唯一のまともな人間だ。やや短めの黒髪の彼女は、唯織と少し毛色は違えど、確実にモテる顔面だった。

「いやいや、ハンドルの位置って大事でしょ。何だっけ、7時25分?」

「どんなシチュエーションで使うんだよその位置!普通に真ん中ぐらいに置いとけば良いの!」

「真ん中……」

ピーッ!

「びゃぁぁぁあ゙あ゙っ!」

「……馬鹿なの?」

まぁ確かに真ん中ではあった。絶対に一般人であれば選択肢として浮かばないが。

「真ん中は真ん中でしょうがぁ!騙したな!」

「何でこっちが怒られるんだよ!」

突如として始まる、美少女同士の漫才。その様子を、蓮也は冷めた目で眺めていた。

「……こりゃあと8分はかかるな……羽瑠、何か面白いこと無い?」

これから予見される暇に備え、備蓄を作っておこうと、蓮也は隣の男に声をかけた。

「ぅぁ……ぅん……んぁ……」

蓮也の右隣に座りし男、〈神谷羽瑠かみやはる〉。背もたれに身体を預け、頭は窓にもたれかかっていた。端的に言えば、寝ている。ガッツリ寝ている。それはそれは大層幸せそうな顔で。陽光は彼の金髪をより一層輝かせ、黒で統一された車内では、彼が一番目立っていた。

「はぁ……こっから何すっかな……」

「えぇっと…ここから東に……東って左側?」

「右だって……本当にもう……」

「ぅにゃあ……ぁぅ…ん……」

こんな個性に溢れた4人だったが、2つ、共通点があった。

1つ目、服装が普通では無いこと。

車内と同様、黒で統一された、フォーマルな服。しかしながら、腰の部分に注目すると、マガジンケースや、2本分のナイフケースが確認できる。言うなれば、戦地へと赴く人間の服装、いや、装備と言うべきか。

2つ目、銃火器を所有していること。

蓮也・緋里はアサルトライフル。

唯織は、横に置いてはいるが、サブマシンガン。

羽瑠はショットガン。

肩紐に任せ、身体の前側に垂らしている者。マガジン部を握り、何時でも引き金を引けるような臨戦態勢の者。

……抱き枕かのように抱きしめている者。

種類、持ち方は違えど、全員強力な武具を所有していた。

「おっ、見えてきた!」

そう言った彼女が視界に捉えたのは、チェスのポーンのような形状の何か。高さは4m程だろうか。唯織はそこから100m程離れた地点に車を止めると、安心からかふーっと一息ついた。

「やっとか……おい、羽瑠。準備しろ」

蓮也は羽瑠の肩をそう言って叩くと、ドアを開け外へ出た。

車内は空調のお陰で冷やされていたため、外に出ると改めてその暑さを実感させられる。太陽が身体をジリジリと照りつけ、いくらこの装備の通気性が良かろうと限界があった。

「しっかし、今日は結構ニーロいるね……」

そうため息をつく緋里の視界にあったのは、数十匹程の黒い何か。

彼女はそれらを、【ニーロ】と呼称した。

だが、外見にやや違和感があった。それらは、犬や猪のような四足歩行の獣を彷彿とさせる外見で、車内を超える程の黒だった。また、体表面は時折水溜まりのように波が立ち、足跡は少しばかり湿っていた。

「手短に終わらすぞ。あちぃんだよここ……!」

「だね。ちゃっちゃとやろう!」

その言葉を皮切りに、唯織はニーロの群れに駆け出した。数秒後、奴らもこちらに気づいたのだろう。一匹が唯織に食ってかかった。

だが、それに怖気付いた様子も無く、彼女は銃口をニーロの顔面に突きつけた。

「ははっ!無策な子はやりやすくて助かるよ」

車内での頼りなさからは一変、口の端を吊り上げて弾丸を撃ち込むその様は、歴戦の軍人が如く頼りがいのあるものに見えた。未だ銃口の煙が消えぬ内、既に次のターゲットに向けて走り出していた。

「んにゃぁ……あつぃ……」

そんな中、ショットガン片手にダラダラと歩く男が1人。周りの状況など見向きもせず、ひとまず目についたニーロに向かって歩く。当然、ニーロはすぐさま羽瑠に牙を剥いた。その距離50cm。

刹那。

羽瑠は既に引き金を引いていた。

眼前の黒獣は、まるで雨中の水溜まりのように体表面が跳ねている。

彼は、この一瞬でニーロをいなしてみせたのだ。

「次……次……!」

血走った瞳でそう独り言を呟く羽瑠。先程のゆるふわな雰囲気は消え失せていた。

一言で言うなら、戦闘狂の顔だった。

「凄いね……あの2人」

「……普段からあんぐらい頼もしけりゃいいんだけどな」

車内での光景を思い返しながら2人の背を眺め、緋里と蓮也はそう独り言を呟いた。複雑な事は考えず、ただ目の前にいるニーロを殺すことしか考えていない2人。その周りには、大量の獣型の死体が転がって……はいなかった。

代わりにあったのは、黒い水溜りのようなものだった。

それは綺麗な円形に広がっていて、中央には、赤い小石が1つあった。

何処までも紅い、宝石と見紛うほど美しい石。

しかし、その実、これは宝石なんてものでは無い。状況を鑑みれば分かるだろうが、そう。

これは、ニーロの死体である。

奴らは身体に一定の損傷を受けるとこの姿になり、生命の核__人間で言う心臓、こいつらで言うコア__を無様に晒すのだ。

「んじゃ、私たちはおとなしく後片付けといきますか」

「はぁ……あいつらも少しぐらいやってくれりゃいいのに……」

そう文句を言う彼らは、妙な行動に出た。黒い水溜まり、もとい、ニーロの死体に歩み寄り、その中央の紅石を踏み割ったのだ。ぴちゃぴちゃっと破片の水音が聞こえたかと思うと、気付けば、足元の水溜まりは石ごと霧となって空気中に消えていた。

「っし。あとは…5、6、7、、、多いんだよ…!」

「ははっ……だね〜……私はあっち側やっとくよ」

まるで休み時間の学生かの様に楽しげに談笑しつつ、彼らは尚も紅石の破壊を続ける。だが、需要と供給のバランスがあってなかった。

「もっと纏めて来てもいいんだよ!そっちの方が……やりやすいっ!」

「雑魚……もっと……強者を連れてこい……!」

この二言を発する間に、6匹死んだ。

「早いっつの!お前らもコア潰すぐらいやれよ!」

この一言を発する間に、4匹死んだ。

「だから……こんぐらい出来るだろ!なあ!」

この一言を発する間に、7匹死んだ。

尚、この一連の流れの間に破壊できたコア、2人合わせて5個。災害時の電力もびっくりなぐらい需要と供給のバランスが取れてなかった。供給過多と言ったところだ。ただ、彼らも決してコアを破壊したいという需要を持っている訳では無いのだが。

「くっそ……このままだと……」

蓮也は未来を案じた。

理由は、視界の中央にあった。

やや遠方に見える水溜まり。それには、ある違和感があった。他と比べ、妙に波打っている。

中央の石を起点に、一定の速度、高さの波が立っていた。

救助隊のヘリコプターが海上で静止した時の海面のような、そんな波の立ち方だった。何故そんな例えを用いたかと言えば、実際、中央の石が浮きつつあったからだ。

3cm、5cm、8cmと、徐々に徐々に上昇し、それに比例する様に波も高くなっていく。やがて人間の膝程の高さまで上昇すると、波はピタリと止まった。

瞬間、水面より異形の手が伸びた。

幾本もの手は、上昇しようとする紅石に反し、それを逃さんと水面に引きずり込む。気付けば紅石は小さな水音を立てて消失し、水面には、僅かな波が残るのみだった。そこより出しは、かの獣型のニーロ。まるで水を浴びた後の犬の様に、呑気に身を震わせている。

奴は、見事に復活をしてみせたのだ。

そして、奴が次に目をつけたのは、やはり最も近い人間だった。

「ちっ……羽瑠?右」

そこで待ったをかけたのは、蓮也だった。即座に右手人差し指を引き金に当て、左手で狙いをつける。

そのまま約1マガジン半撃ち込む。

全てがスムーズだった。

「おっと……さんきゅ〜……あ、そっちにたくさんいんじゃん!」

「はぁ……ったく……」

そのままため息と共に、手短に紅石を破壊する。

「あはは……お疲れ。取り敢えずこっちは終わったよ。もう残り少ないし、後は任せていいんじゃない?」

少々苦笑気味の緋里は、獲物を失い眼が血走っている2人を眺めつつ、そう提案した。

「ああ、だな。後はちゃんとやっとけよー?」

「うぇ〜……めんど〜……」

「俺たちが何個やったと思ってんだ!そんぐらい自分でやれ!」

やがて現実を受け入れたのか、唯織はようやくこちらに耳を傾けた。だが、尚も駄々を捏ねるので、少しばかり釘を刺しておいたが……

「しょうがない。羽瑠さんや、ちゃっちゃとやりましょ」

「うんぬぅ……あぃ……」

一応聞いてはくれた様だ。

「んじゃ、俺らは"あっち"の準備するか」

「だね」

2人はそう示しを合わせると、黒塗りの外装の装甲車へ戻り、後部のトランクを開ける。

そこには、弾薬箱やら予備の銃火器やら応急処置用キットやら。戦地にあって違和感のないものが大量に積まれていた。そんな山の中から、蓮也は何かを引き出した。

それは、一つの箱だった。いわゆるガンケースのような、そんなやつだった。しかし、一つ言うとすれば、ややサイズが小さめだった。ハンドガンがギリ入るかというぐらいのサイズ。それを、蓮也はゆっくりと開けた。

「……毎度思うが、こんなに丁寧な包装いるか?」

そう疑問を持つ蓮也の手にあったのは、円形のやや分厚めの何かだった。サイズとしては成人男性である蓮也の手のひらでしっかりと掴める程。少しばかり複雑な構造をしているように見え、中央部にボタンの様な凹みがあった。

言えるのはそのくらいだった。

「まあ、何かの拍子に"起動"しても困るしね。厳重過ぎて悪いことはないでしょ」

「そういうもんか?ま、いいか」

先の疑問をそう投げ捨てると、すっかりとがらんどうになった戦場へと戻る。

「あっづぃ…帰りたい……疲れたぁ……」

「うん……ぁ……ぬぅ………」

そこには、戦闘狂の雰囲気などさらさらない2人の姿があった。

「そんな疲れる作業でも無かったろうが……」

そんな2人を見て呆れる蓮也。しかし深くは構わず、目の前にそびえる、ポーンのような塔に向かって歩を進めていた。いざ眼前に迫ると分かるが、それは中々の迫力だった。自身の背丈の4、5倍はあろうかという巨塔。

「緋里?もうやるぞ〜?」

その正面に立った蓮也は、未だ車付近で立つ緋里に声をかけた。

「うん。ドローンも準備出来てるよ」

その手には横長のコントローラーらしき物が握られていた。コントローラーが存在すれば、当然操作対象も存在するわけで。

上空を見れば、小型ドローンが塔に目を向けていた。

「じゃあやるか。3……2……」

蓮也は、塔に装置を押し付けた。

「……1っ!」

中央部のボタンを押したと同時。

僅かな金属音が鳴った。

その瞬間、装置と同じ高さに亀裂が入った。その亀裂は徐々に拡大していき、やがて、ポキリと折れてしまった。まるで台風で折れた木のように変貌した塔。その切り株の部分は、ニーロのコアと似たような輝きがあった。だが、違う所が一つあった。

何やら緑色の液体が付着しているのだ。

見れば、砂原の上に落ちた装置にも、似たような液体が付いている。

「っし…異常なし」

ボタンを押すと同時にその場を離れていた蓮也は、ニーロと同様霧散する塔を眺め、そう呟いた。

「写真もバッチリ。でも、報告資料作るの面倒くさ~……」

「頑張れよ、リーダー」

「はぁ……どうせ暇なんだから手伝ってよ」

「やーなこった。ほら、さっさと帰るぞー?」

緋里の依頼をガン無視しつつ、疲れきったのか砂上に伸びている2人に声をかける蓮也。

それに反応し、2人ものそのそと車内へと戻るのだった。

「もう疲れたよ…なんで私が運転せにゃいかんのさ……」

文句を言いながらエンジンをかけ、渋々ハンドルを握る唯織。

「しょうがないだろ。NRFにゃ専属運転手雇う金なんてねーんだよ」

胸元に光る紀章を眺めつつ、蓮也はそう答える。

その紀章には、四つの鳥の模様があった。

小鳥、烏、とんび、鷹。

これは、そう。NRFの紀章だ。

四羽の鳥の中でも、小鳥が強調されたようなデザイン。

それは、装着者がNRFに存在する4つのクラスの内の1つ、

『リーテン・フォーゲル』

に所属することを示す。

見れば、この車内にいる全員の胸元にそれはあった。

「むぅ……人類の希望だとか言ってんだから、軍事費増強とか銘打って増税でもすりゃいいのに……」

やや闇を感じるような愚痴を吐きつつ、それでも現実を受け入れ唯織は車を走らせる。10分、15分。ずっと同じ景色が続いた後に、それは見えた。

「ほら、そろそろ着きますよーっと」

そう言った唯織の視界にあったのは、何かの建物の入口のような建造物。具体的に言えば、屋上の排気ダクトのような。正面からみれば直方体。側面からみれば、直方体の1つの角が削れて丸みを帯びた形だった。

そしてもう1つ。それはかなり大きかった。

正面にはシャッターのような物が確認でき、車が近づくにつれ、それは徐々に開いている。やがて完全に開ききったと同時、車は内部に侵入、停止した。

「ふぅ……疲れた……」

「今日も事故で死なずに済んで良かったぁ……」

「んだとお前!」

そんなこんなでいじり合いをしつつ、4人は、正面にまたしても現れた大きな扉に向かった。

左側にはタッチパネルのような物があり、唯織がそれに腕を押し付ける。すると、扉は中央から分かれる形で開いた。見れば、唯織、そして全員の腕に何やら腕時計の様なデバイスが装着されていた。

4人は、その扉の先へ入った。

中にあったのは、武器の収納箱や、装備を立てかける設備たちだった。戦闘前の準備室とでも言うべきものだった。

「ふぅ……重いんだよなぁこれ」

緋里がアサルトライフルを仕舞いながらそうぼやく。疲れた顔で装備を外し、シャツと長ズボンという実にラフな格好になった。そのシャツの胸元には、装備と同様、紀章が描かれており、下部には小さく名前が刺繍されていた。

「んんっ……疲れたぁ……」

唯織はそんな愚痴を零しつつ、内側にも設置されたタッチパネルに再び腕時計を押し当てる。やがて扉が閉じ切ると、その部屋は、下降を始めた。どうやらエレベーターだったようだ。

任務を無事終えた英雄達は、地中の基地へと帰還するのだった。

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