勝負の世界に先輩後輩なし3
肘の攻撃を嫌がったタケルが距離を取ると今度は射程の長い蹴りが飛んでくる。
しかもボクシング主軸のタケルが防御しにくい足へのキックをトモナリは主に使っていてタケルは非常に戦いにくそうにしていた。
「それに……俺は一人じゃない!」
「ほれ来たー!」
「なっ!」
トモナリがタケルと距離を詰めるのと同時にヒカリが飛び込んできでタケルの頭にしがみついた。
「ガブッ」
「いってぇー!?」
そしてガブリと頭に噛みついた。
「俺とヒカリは一体だからな」
噛みつかれた痛みで完全に油断したタケルのアゴにトモナリのパンチが炸裂した。
タケルの視界がクワンと歪んで足に力が入らなくなった。
手をつくこともできずにタケルがリングのど真ん中に倒れ、ヒカリはトモナリの頭に着地した。
同時にタケルがセットしていたタイマーが鳴った。
長いような攻防だったけれどまだ一ラウンド目、たった三分の出来事である。
「どうしますか?」
試合なら審判がいてカウントでも取るのだろうけれど今は観客もいない。
試合のカウントだとしてもタケルが立ち上がるのには間に合っていないけれど一応聞いてみる。
「ひ、卑怯だぞ……」
「何がですか?」
「そ、それがいきなり飛び込んでくるなんて聞いてない」
タケルはロープを掴んで立ち上がる。
「なんで卑怯なんですか?」
「なんだと?」
「俺のこと知ってるならこいつが俺のパートナーだってことも知っていますよね? こいつは俺と一体です。こいつの攻撃は俺の攻撃でもあるんです」
「しかし……」
「そもそも先輩はこの戦いになんのルールもつけませんでしたね。俺はそのことを卑怯だと非難はしません。だから俺も好きに戦わせてもらいました」
“一人じゃない”
この言葉をトリガーとしてヒカリも戦いに加わるようにトモナリは指示を出していた。
何のルールもつけなかったのはタケルが自分が優位な戦いをしていることを悟らせないようにするためだった。
それをトモナリは逆手に取った。
肘も蹴りも使うし、ヒカリも戦いに加えた。
見事ヒカリにしてやられたタケルはアゴに一発くらって倒れたのだ。
体力の能力値が高いのか全力で殴ったのに気絶しなかったのは流石だと思う。
「けれど……」
「タケル!」
「げっ……お嬢……」
「あんたの負けだよ」
二人と一匹だけの戦いで見ている人なんていない。
途中まではそうだったのだがある時から女の子が戦いを見ていることにトモナリは気づいていた。
腰まであるさらりとした長髪の女の子はトモナリよりも年上に見える。
冷たいような印象を与える切長の目はタケルに向けられていて、タケルは小さくなるようにうなだれている。
戦いのとは違う冷や汗をかいていて、トモナリよりも身長が高いはずなのに今はとても小さく見える。
お嬢というからには二人は知り合いなのだろうと思う。
「何を勝手なことしてるんだい?」
リングに上がってきた女の子はタケルに詰め寄る。
「それは……その……」
「私が興味持ったって話したからかい?」
「えと……それは……」
「ハキハキ言いな!」
「お嬢が……興味持ったって言ったから……試してやろうと」
トモナリには偉そうな態度だったタケルが借りてきた猫のよう。
「はっ! 誰がそんなこと頼んだ? また勝手なことして」
「いでででで!」
女の子はタケルの鼻を摘んでグリッとねじる。
「くぅー……」
「悪かったね。私は梟楓(フクロウカエデ)っていうんだ」
「梟……オウルグループの?」
「あら、知ってくれてるんだね」
世の中には覚醒者の集まりであるギルドというものが存在している。
その形態も様々である。
必要な時に集まるだけだったり一つのグループや事務所のように機能している集団だったり会社ぐらいまでしっかりしているところもある。
オウルグループは大規模な覚醒者ギルドであるのだけど同時に企業としても活動しているのだ。
オウルグループという名前も創業者一族の苗字がフクロウであるところから来ている。
比較的有名な覚醒者ギルド企業なので知っている人も多い。
アカデミーにその一族がいるなんて思いもしなかったのでトモナリも驚いた。
「どうやらこいつが暴走してあんたに突っかかってしまったようだ。私の責任もある。許してほしい」
「お、お嬢!?」
「悪いと思うならあんたも頭下げな!」
カエデはトモナリに深々と頭を下げた。
タケルはカエデに怒られて慌ててカエデと同じく頭を下げる。
「いやまあいいんですけどなんで梟さんが頭を下げることに?」
「……私があんたの噂を聞いてスカウトしたいって漏らしたんだ。それをこいつは聞いていて……試しに行ったんだろう」
「な、なるほど……」
オウルグループのご令嬢であるカエデがスカウトしたいということはオウルグループにスカウトするということになる。
タケルはトモナリがオウルグループ、あるいはカエデにふさわしい人なのかと試してやろうと勝負を申し出たのだ。
「だから私のせいだ。本来こんな勝手な勝負認められるものじゃない。罰するというなら私を……」
「そんな、俺が勝手にやったことです! お嬢は何も悪くありません! 罰を受けるなら俺に!」
カエデとタケルの関係性は知らないけれどただの友達ではなさそうだ。
責任を互いに引き受け合う二人の圧力にヒカリはこっそりと逃げ出してしまっている。
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