レベル1でも強いんです3
通報されるかもしれないことが頭になかったのかと思うのだけど、顔色の変化を見るにそんなことも考えていなかったようである。
「俺に負けた上に暴行事件を起こそうとしたなんてアイアンハートギルドが知ったらどう思うかな?」
トモナリはいつでも折れるようにカズキの薬指を握ったまま言葉を続ける。
「そ、それは……」
ようやくカズキも自分の立場を理解したようだ。
高校卒業後はギルドに入ることが決まっていたカズキは勉強も何もしていない。
暴行事件を起こして内定取り消しになった覚醒者を雇ってくれるギルドなどなく、ここで問題が表沙汰になると困るのはカズキの方であったのだ。
「なんであんな馬鹿に良いようにされてるのか知らないけどお前の将来は今俺が握ってるんだよ。分かったか?」
「わ、分かりました……」
本当にコイツ年下なのかと思いながらカズキは青い顔で頷いた。
「トモナリ!」
「うわっ! なんだコイツ!」
ヒカリの声がして後ろを振り返るとトモナリの後ろに立ったカイトにヒカリが飛びかかっていた。
「いてっ、この!」
「ふぎゃっ!」
トモナリがカズキに脅しをかけている間にカイトはトモナリに襲い掛かろうとしていた。
それを見ていたヒカリはリュックから飛び出してカイトを攻撃した。
しかし力及ばず顔に爪を突き立てるヒカリをカイトは地面に叩きつけた。
「この野郎!」
一気に頭に怒りが上ったトモナリがカイトの顔面を殴る。
殴り飛ばされたカイトはごろごろと転がって廃校の壁にぶつかって止まる。
「ヒカリ、大丈夫か?」
「うう〜ん、痛いのだ……トモナリ〜痛いところ撫でてほしいのだ〜」
「……ふっ、大丈夫そうだな」
「な、なんだそれ……」
カズキが驚愕したような顔でヒカリのことを見ている。
どう見たって犬や猫ではない翼の生えた生き物が目の前にいる。
「こいつか? こいつは俺のパートナーだよ。だけど……モンスターだ」
トモナリがヒカリの顔に耳を寄せて何かをささやく。
するとヒカリはニヤリと笑った。
「こいつの餌がなんだか分かるか?」
「わ、分かるわけないだろ」
ゆっくりと近づいてくるトモナリにカズキは恐怖を感じた。
「肉だよ」
トモナリは金属化の解けた右手を踏みつけて動けないようにすると左手を掴む。
そしてヒカリの前に左手を持ってくるとヒカリはカパッと口を開ける。
「ま、待て待て待て! 何をするつもりだ!」
「なんだと思う?」
「頼む! やめてくれ!」
ヒカリは肉が好き。
ただし人間を食べたことはない。
というか回帰前でもヒカリが人間を食べたような記憶すらない。
普通に肉が好きで、レアめに焼いたステーキがお好みである。
何も人の肉とは言っていないのにカズキは完全に勘違いをして恐怖に飲まれた目をしていた。
差し出された左手を食べられると思っているのだ。
「でもこいつのこと見ちゃったしな……」
「おお、俺は何も言わない! 誰にも言わないし、いや、何も見てない!」
トモナリが右手から足をどけ左手を放すとカズキは土下座してトモナリに懇願し始めた。
「じゃあ協力してもらおうか。あいつのこと起こして」
トモナリはカイトのことを指差した。
カズキがカイトのことを起こしに行く間にトモナリは馬鹿な連中のところに行く。
ムカつくので一発ずつビンタをかまして今回のことを口止めして帰した。
トモナリが強いことは分かっただろうしカイトがいなければ何もできないような奴らなのであまり心配はしていない。
「ふふん、いい気味だ!」
トモナリに悪いことしようとするからこうなるのだとヒカリの鼻息は荒い。
「えっと……こいつどうしますか?」
「な、なんでですか兄貴……」
「うるせぇ! お前が巻き込んだせいだろうが!」
カズキに無理やり立たされているカイトの頬は大きく腫れ上がっていた。
トモナリが殴ったのは顔面の中心であるのでトモナリにやられたから頬が腫れているのではない。
カズキが起こすためにカイトの頬を激しく叩いたために腫れているのである。
カイトは態度が一変したカズキに大きなショックを受けている。
「そ、それなんだよ……?」
「うぅぅぅ……」
カイトはトモナリがヒカリを抱えていることに気づいた。
ヒカリにもカイトが元凶なことは分かっている。
わずかに歯を見せて唸るように睨みつけているヒカリはカイトの目から見て恐怖の対象だった。
トモナリから見たらただ可愛いだけなのだが。
「ほ、他のみんなは……」
「もういない」
「も、もういない……まさか殺したのか! その化け物に食わせたんだろ!」
なんでそうなるんだとトモナリは呆れ顔を浮かべる。
多少意地悪な言い回しをしたけれどカイトはトモナリの言葉を曲解してとんでもない勘違いをした。
恐怖の対象であるヒカリといなくなった仲間、トモナリの言葉を不思議な繋げ方をしてトモナリがヒカリに仲間を食べさせたのだと思ったのである。
一般人のモンスターに対するイメージなど人を襲う危険なものだというものだから仕方ないのかもしれない。
「……お前はそうだったな」
「なに?」
「勝手に俺のこと敵対視して、勝手にいじめて、全部好きなように振る舞った」
ただ勘違いしてくれているのなら正してやることもないとトモナリは思った。
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