第11話
「あなたの態度次第、と言ったらどうする?」
璃子の母親は慎重そうな顔でそう問いかける。父親は危険に巻き込まれた小動物のように背中を丸めて震えていた。この場を支配しているのは完全に母親だった。
「なんでも答えますから、先生を傷つけないで!」
「じゃあ、教えて。誰が璃子をいじめていたの!?」
数秒の沈黙の後、かすれるような声で花凛が答えた。
「誰、とかじゃないんです。璃子のお母さんにこんなことを言うのはよくないけど、前々から、みんなうっすら璃子のこと嫌いでした」
「…………続けて」
「あるとき、璃子がイヴサンローランの財布を買ったんです。誕生日プレゼントにもらったって。購買とか、ちょっとした買い物のときにいつもそれを見せびらかしてて。私、友達に言ったんです。ああいうのって逆に品がないよねって。そうしたら、次の日からみんなが璃子を無視し始めました。私は、無視しろなんて命令していません! そんなこと絶対、一言も言ってない! みんなが勝手に、嫌いだった璃子を無視し始めた」
「璃子はいじめられていたのね……」
「無視するくらいがいじめですか? いや、いじめられてる側がそう思ったらいじめだって、学校で習いましたけど。でもだったら璃子はどうなんですか。いつも自慢話ばっかりで、自分のことしか頭にない。無視するターゲットが別の人だったら、璃子だってきっとそうした。誰も璃子に死ねなんて言ってないし、死んでほしいなんて思ってなかった」
璃子の母親は静かに涙を流し、父親はうなだれていた。
「璃子は自殺したのよ、あなたたちのせいで……!」
胸が詰まって声にならないのだろう、小声で母親がそう言って花凛をなじる。
「可哀想だと思います。本当に。でも誰が悪いとかじゃないとも思います。だって、立場が違えば璃子だってそうしたんだから」
「うちの娘を侮辱しないで!!」
璃子の母親がかな切り声でそう叫ぶ。それから、はーっ、はーっと荒い呼吸をし、やや落ち着いてから、手元のパソコンに視線を落とす。
風華も気になり画面を覗くと、花凜の映像が映っていた。画面下には『LIVE』の文字、正気の沙汰とは思えないが彼らは自ら女子高生を拉致監禁し、生配信をしていたのだ。
「たったの三十人だ」
ぼそりと父親が呟く。
「いいのよ。アーカイブが拡散されれば、大勢の人が見る。コピーだって、たくさん出回るわ」
その会話でようやく風華は夫妻の真の目的を悟った。
彼らは風華からいじめの言質をとるだけではなく、この動画を拡散させ、彼女に社会的制裁を受けさせるつもりなのだ。実名と顔、そしていじめをしていたという加害性。その三つが揃えば、このネット社会で生きていくのは困難だ。たちまち花凜のフェイスブックやインスタグラムのアカウントは発見され、晒し者にされることだろう。
だがそれは諸刃の剣でもあるはずだ。こんなライブ映像を流せば、すぐに警察は夫妻を見つけることだろう。夫妻がこの隠れ蓑のマンション契約時にどんな非合法な手段を講じたにせよ、出入りする姿は人やカメラに見られているはずである。
そしてやはり数十分とたたず、玄関のチャイムがなり、ドアが叩かれた。
「藤沢さん? 警察です」
人質がいる手前、警察官たちが無理に部屋の中へ押し入ったりする様子はない。だが、外はもうとうの昔に警察に包囲されていることだろう。
夫は妻を見つめ、妻も夫を見つめた。
「行きましょう」
妙にさっぱりとした物言いをして母親が立ち上があり、玄関へと二人が向かう。夫妻は大人しくドアを開け、そのまま逮捕された。
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