死にゆく世界の先で

霧氷 こあ

思い出

 それは突然、上空から降ってきた。


 巨大な建築物は『トーキョー』にあるビルみたいに大きくて、表面は全面ガラス張りみたいにピカピカしていた。ニュースでは、この巨大建造物が、観測できた限り地球に合計四十七個も降ってきたらしい。様々な憶測が飛び交っていて単位が個でいいのかどうかは定かではないけれど、僕はそう数えていた。


 やがてその建築物には『モノリス』という名前が付けられた。人々はモノリスに対して恐怖し、あるいは崇拝した。


 僕はどちらかというと、怖いという感情を抱いている。だって、モノリスから鐘の音が聞こえたら自我を失って、あとはただ死ぬだけらしい。それを解放という人もいれば、呪いだという人もいた。


 隣にいる万智まちちゃんもきっと僕と同じことを思っている。口に出してこそ言わないが、学校の帰り道から見える山の上にそびえたつモノリスを見ようともしないから。


 いつも通り、帰りに寄り道して万智ちゃんと二人で公園に行った。空は茜色で、その色がモノリスにも映っていた。


「昨日、パパの親戚の人が鐘の音を聞いたんだって」


 万智ちゃんがブランコに乗りながら唐突に言った。


 毎月数万人の人間が、鐘の音を聞くのだという。対象者は年齢も、性別もばらばらで対処法はいまのところ確立していなかった。


「もし、鐘の音が聞こえちゃったら、万智ちゃんどうする?」


「どうもできないよ。だって、死んじゃうんだから」


 無意味な質問をしてしまったと思った。でも、誰だっていつかは死んでいく。何百年も生きる人もいれば、ちょっとした不幸で先立つ人も。


「僕は、死ぬのって痛そうで嫌だな」


「私は、どっちでもいい」


 思ってもみない発言だった。モノリスを怖がっているのは、死を間近に感じるからだと思っていたのに。


「怖くないの?」


「だって、何のために生きてるのか分からないから。生きてても、死んでても、何も変わらない気がする」


「僕も、なんで生きてるのか分からないよ。勉強だってつまんないし、なんのためかよく分かってない。でも、今こうして万智ちゃんと話してる時間が僕は好きなんだ。難しいことは考えずに、こういう好きを沢山味わうために生きてるんじゃないかなって」


 万智ちゃんがブランコを漕ぐのを止めて、こっちを覗き込んだ。


太一たいちくん、もしかして私のこと好きなの?」


「そうかも」


「……そうなんだ」


 そんなこと、とっくに知っているくせに。僕はブランコを漕ぎながら、履いていた靴を遠くまで飛ばしてみた。


「でも、ごめんね。太一くん。私ね、人を好きになるって気持ちがまだよく分からないの」


「僕が好きだったら、万智ちゃんも僕を好きじゃないといけないなんてことはないよ。僕はトマト好きだけど万智ちゃんはトマト嫌いでしょ?」


「トマトと恋人って同じに考えていいの?」


「そんなの、自由だよ」


 ブランコから飛び降りて、片足でぴょんぴょん跳ねながら飛ばした靴を履きなおす。振り返ると、モノリスを背にした万智ちゃんが僕を見ていた。顔が少し赤いような気がしたけど、それは夕焼けのせいかもしれない。


「もしも、鐘の音を聞くことなく大人になれたら、またここで遊ぼうよ。その時に好きになる気持ちが分かっていたら、一度ぐらいキスしてあげる」


 僕は別に万智ちゃんと一緒に居られるならそれだけで十分だった。


「うん、いいよ」


「約束だからね」


 


 

 

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