第13話 農業の街アグルヒル

「うわぁぁ、ここが異世界かぁぁ〜!」


「創真よ、時間がもったいない。行くぞっ」


 タケじいに急かされて、感動に浸る間もなく丘を下ると、すぐに城壁都市の城門にたどり着いた。


 城門の前には数人の列ができており、入口には二人の衛兵が立っている。衛兵と入場者のやり取りを聞きながら、言葉が理解できる事を確認する。これは異世界転移の言語互換スキルのおかげだろうか?

 しばらく待つと順番が回ってきたので、本当に言葉が通じるかを試してみる。


「こんにちは、ここは何ていう街ですか?」


「おう、ここはアグルヒル、農業の街だ。変わった格好してるな兄ちゃん。旅芸人かい?」


 よし、どうやら言葉が通じる様だ。それにしても、日本語で普通に話しているだけなのに全く違和感がない。


 異世界転移パネェ〜!


 オレは調子に乗って会話を続ける。


「いえ、冒険者になりたくて遠い所からやってきました」


「どこから来たんだい?」


「日本です」


「ニホン? 聞いた事ないな~。おい相棒、ニホンって知ってるか?」


「どこかの村じゃねぇのか?」


 さすがに日本は知らないよな、だってここは異世界だし……。


「あんた、身分証を持ってるかい?」


「持ってません」


「いいかぁ、身分証があれば色々聞かれなくて済むぞ。身分証はお城の役務所で発行してもらえるんだが、冒険者のギルドカードも身分証の代わりになる。街に入ったら作ってもらいな。行っていいぞ!」


 オレは優しくて適当な衛兵に感謝して城門をくぐる。すると、そこは子供の頃に読んだ絵本の様な、どこか懐かしさが漂う中世ヨーロッパ風の町並みが広がっていた。


 城門からは、広くて真っ直ぐな道が中央のお城に向かって伸びており、その両脇には色々なお店が立ち並らんでいる。

 街はとっても賑わっており、道行く人の服装も昔見た映画のワンシーンの様でファンタジー感満載だ。


 オレは観光気分を味わいながら各店舗を見て回る。

 八百屋と果物屋、それと肉屋が多い。他にはアクセサリー屋、薬屋、道具屋、定食屋と様々なお店がひしめき合っている。


 あるパン屋には長い行列ができており、小麦の香ばしい匂いを漂よわせている。どうやら今はこの世界のお昼時のようだ。

 ついさっき食べたばかりなのに、なんだかお腹が空いてきたオレは、列に並ぼうとしてタケじいに止めらる。


「お主、お金もっとらんじゃろ!」


 あぁそうだ、今のオレは無一文。早く冒険者ギルドへ行ってお金を稼がねばならない。


 気を引き締めて少し歩くと、今度は大道芸人がパフォーマンスをしていた。

 ちょっとだけ見学しようと立ち止まり、またタケじいに怒られる。


「お主、観光気分丸出しじゃな!」


「ごめんなさい。ところで冒険者ギルドはどこにあるんだ?」


「それは……むむぅ……分からん」


「はぁ? タケじいは前に来た事あるんだろぉ〜」


「フンッ! この世界には街がいくつもあるんじゃ。いちいち覚えとらんわい! それに一八〇〇年も経っとるから町並みも変わって……おらん?」


「どうかしたの?」


「おかしいのぉ〜、ワシがこの世界に来た時は文明レベルがワシ達よりも上じゃった。それから一八〇〇年を経て、ワシ達の世界は発展したじゃろ? それなのに、この世界は昔来た時とあまり変わっとらんのじゃ!」


「だけど、転移出来たよな?」


「そうじゃ、現状から考えると時間が止まっとった事になるのぉ〜、もしくはゆっくり流れとるかじゃ」


「だけど、この世界の時間の流れは地球の五倍速く流れてるんだったよな?」


「そうじゃ、ワシの時はそうじゃった……」


 いつになく取り乱しているタケじいに、深く考えもせず軽い気持ちで答える。


「まぁ、今更考えてもしょうがないさ。俺達は目的を果たそうじゃないか!」


「そ、そうじゃな。今は浦島太郎の話をせんほうがよいかのぉ……」


「タケじい、なんか言ったか?」


「いや、なんでもない。カッカッカッ!」


 しばらく行くと武器屋が見えた。


「タケじい、武器屋だ。見てみよう」


 タケじいの許可が出たので勇んで武器屋に入る。すると、大小様々な武器が所狭しと陳列されていた。


 入口近くのテーブルには、何の変哲もない普通っぽい数種類の剣が十把一絡げに並べられ、奥のテーブルには派手な装飾の高そうな剣が一つ一つ丁寧に飾られている。

 おそらく、手前が安物で奥が高級品なのだろう。但し、共通点がひとつ。どの剣の柄にも魔石が埋め込まれていた。


 オレは、手始めに安物の剣を手に取って素振りをしてみる。剣道で使う竹刀より少し短めの両刃の剣。ずっしりと重いが振れない程ではない。


 実をいうと、オレは小学三年生の時から剣道を習い始め、中学時代は剣道部に入っていた。

 小学生の時に病気で死んだ父が、大和家の長男は剣道を嗜む事が家訓だとか言って、隣町の剣道場(たしかぁ日野道場だったかなぁ〜?)に連れていかれたのを覚えている。

 高校に入ってからは、少しでも家計を助ける為にバイト三昧で部活どころではなかったが、久しぶりに剣を振ってみると、意外と体が覚えているようでスムーズに振る事が出来た。


 オレは安物の剣をテーブルに戻そうとして、立札の値段に気付く。


『鋼の剣 バーゲンセール どれでも銀貨五枚』


 おいおい、短剣もあるのに一律価格かよっ! しかし、銀貨五枚とは日本円にすると、いくらになるのだろうか?

 オレはタケじいに聞いてみる。


「タケじい、銀貨ってどれ位の価値なんだ?」


「うむ、良い質問じゃ。まず、この世界の貨幣は四つあってな、一番下が銅貨で一枚の価値は日本円にすると百円じゃ。そして銅貨が一〇〇枚で銀貨一枚。つまり、銀貨一枚が日本円での一万円じゃ。銀貨が一〇枚で金貨一枚。日本円で十万円。金貨一〇枚でプラチナ金貨一枚。日本円で百万円となる訳じゃ」


「なるほどねぇ、銅貨だけ一〇〇枚単位で他は一〇枚単位って事だね?」


「そうじゃ、創真はワシの子孫だけあって賢いのぉ〜」


 じじい、バカにしてるだろ。これぐらい誰だって分かるよっ!とは言わず、オレは苦笑いをする。


「時に創真よ、今回の任務はお主が手にしとる銀貨五枚の剣を日本に持ち帰る事じゃ!」


 あぁそうだ。これからオレは、この剣を買う為に銀貨五枚(日本円では五万円)を稼がなければならないのだ。


 オレは決意を新たに、タケじいを見てうなずいた。



【第13話 農業の街アグルヒル 完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る