雄大と僕 三
家に帰った後、僕はすぐに自室の机に向かった。
形にしたい言葉が多過ぎて、早く書き出さないとどんどんこぼれ落ちて忘れてしまいそうだった。
頭の中で書きたいテーマや物語は既に出来上がっているので、タイピングをする手が止まる気配はまったく無い。
きりが良いところまで書き終えて、パソコンの画面から視線を外した。
疲労感を感じながら窓を見てみると外はもう暗くなりかけていた。
朝に家に戻って来てから、ほぼ休憩無しで一日中書き続けていた事になる。
これ程集中をして書けた経験は今までに無く、初めての経験だった。
流石に疲労を感じるが不思議とまだまだ続きを書く事が出来そうだった。
しかし、夜を迎える前にやっておかなければならない事がある。
そう思って、スマートフォンを手に取ると、雄大からメッセージが入っていた。
どうやら集中し過ぎて気が付かなかった様だ。
申し訳ないと思いつつ、僕は雄大に電話を掛けた。
「もしもし? 智也、この時間までどうしていたんだ? まさかずっと撮影現場に居たのか?」
電話が繋がると雄大から矢継ぎ早に質問が飛んできた。
僕はそんな雄大の声になんとなく安心感を覚え、笑みを浮かべた。
「撮影現場にはそんなに居なかったよ。ずっと家に居た」
「家? じゃあ、なんで連絡してこなかったんだ? いや、ちょっと待て、智也、なんだか随分と声が疲れていないか?」
「昨日、雄大には書かないって言ってたのに恥ずかしいけど、実は今日は家に帰ってからずっと小説を書いていたんだ」
僕はそう言うと、雄大からの反応を待ったがいつまで経っても言葉は返ってくる気配が無さそうだった。
「雄大?」
「えっ? あ、ああ、すまない。まさかの展開過ぎて何も言えない程驚いていた」
僕の言葉に雄大は慌てた様な反応をすると、電話越しでもはっきりと分かるくらい大きく息を吸ったり吐いたりする音が聞こえて来た。
「話は聞いてはいたんだけど悪いな。それで、話の流れが良く分からないんだが、智也は撮影現場には行ったんだよな?」
雄大の質問に、「さっきも言ったけど、行ったよ」と答えると、「そうだよなぁ」と、気の抜けた言葉が返ってきた。
「それで、家に帰ってきてから小説を書き始めたんだよな?」
「そうだね」
「智也がまた小説を書き始めてくれたのはとても嬉しい事なんだけど、なんでこんなに急にもう一回小説を書こうと思ったんだ?」
「坂上さんの演技にパワーを貰ったんだ。坂上さんが演技をしている所を見て、僕も坂上さんみたいに自分を表現したいって思ったんだ。そうしたら、自然と言葉が溢れ出してきて、今までずっと書き続けてきたんだ」
「そっか。とにかくまた書いてくれて良かった。それで、どれくらい書いたんだ?」
「今、丁度二万字にいったところ」
「一日で二万字って今までそんなに書いた事無かったんじゃないか?」
「そうなんだよ。だから、自分でも驚いてる。それで、まだ途中なんだけど、確認の意味も込めて雄大に読んで欲しいんだ」
「それは良いけど、最初に読むのが俺で良いのか?」
雄大の戸惑いながらの問いに僕は不思議に思って首を傾げた。
「どうして? 今まで書いてきた小説をいつも一番初めに読んでくれたのは雄大だったじゃん」
「それはそうなんだけど、今回は、智也が再び小説を書くきっかけになった坂上さんに読んで欲しいんじゃないか、と勝手に思ったんだよ」
確かに雄大の言う通り、その気持ちも僕の中にあった。
しかし、それ以上に今まで長い間、僕が再び小説を書くのを待っていてくれた親友に読んで貰いたいと思ったのだ。
しかし、それを正直に雄大に伝えるのは流石に恥ずかしい。
そう思った僕は、「坂上さんにはしっかりと完成した物を読ませたいから、雄大には添削をして欲しいんだ」と言って誤魔化すと、「俺は編集者かよ」と言って、すぐに突っ込みが飛んできた。
それがなんだか面白くて笑っていると、「まぁ、智也が生き生きし出して良かったよ」と、しみじみと呟いた。
「そんなに生き生きしてなかった?」
「夏休みだってほぼゲームしかしてなかったじゃないか」
「それは雄大だって同じじゃん」
「俺は智也に合わせていただけだから」
「なんだよ、それ。物は言いようじゃないか」
僕が不満そうに言うと、「そうとも言うな」と言って、笑い声を上げた。
「なんだよ、それ。とにかく書いた物を送るから読んでくれるか?」
「分かった、読んでおくよ」
雄大の言葉を聞いて僕はパソコンを操作すると小説のデータを添付してメールを送った。
「明日も坂上さんとデートをするのか」
「一応、その予定」
雄大のその言葉でそう言えば坂上が後で連絡をすると言っていた事を思い出した僕は、後でメッセージが来ていないかを確認しなければ、と思った。
「そうか、良いねぇ、青春しているな」
「なんだよ、突然」
「いや、だって、振りとはいえ連日デートなんて青春を満喫しているだろう?」
雄大のその言葉に恥ずかしくなった僕は、「ただの振りからそんな事無いよ。それよりも小説を読んでおいてくれよ」と言葉を返すと、雄大が苦笑いをしながら、「分かってるよ。後で感想を送っておく」と言って、通話は終わったのだった。
電話を終えると、僕はスマートフォンを操作してメッセージが来ていないかを確認した。
見ると、坂上からメッセージが来ていた。
『明日のデートはお昼ご飯を食べよう!』
あれは朝食だったが食事なら一昨日にしたはずだ。
そう思いながらも僕は、坂上と何処で食べようかと頭を巡らせると、『分かった。良いお店があるから案内をするよ』と、集合場所と一緒にメッセージを送った。
すると、すぐに何かキャラクターが了解と言っているスタンプが送られてきた。
僕はそれを見て笑みを浮かべると、小説の続きを書く為に再びパソコンに向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます