第42話 いつまでも都合のいい人形でいて
「リナちゃん、もうアリスのところに行かなくていいわよ。仕事が見つかったんですって」
アリスが引っ越した二日後、皐月がそんなことを言い出した。
驚きでリナの手が止まる。朝食をテーブルに並べる手伝いの最中だった。
昨日リナが様子を見に行ったときは、そんなこと一言も言っていなかった。
「何かの間違いじゃない? だって、引っ越してそんなに日が経っていないのよ」
「でも昨日の夜、アリスが電話をしてきたの。仕事先の店長さんっていう人も電話で挨拶してくれたから嘘じゃないわ。よかったわね、もうアリスに無駄なお金と時間を使わなくていいの」
リナは、仕事が決まったなんて嘘ではないかと考えた。
昨日一緒にいた、秀樹という少年が店長を騙った?
その考えをすぐに打ち消す。
アリスは無職。資金源を絶つような嘘をつくメリットがない。
それに、高校生くらいの少年が、アリスに生活費を提供できるわけもない。
(ブスで、引きこもりで、頭が悪くて、私の引き立て役でしかなかいアリスが仕事を見つけるなんて不可能よ。
だってブスな上にあの醜い腕の傷。あの卑屈な性格。
中卒だし、店に立たせたら絶対評判が落ちるし、体力がないから内勤でだって役に立たない。私なら絶対雇わないわ)
皐月はなんでも鵜呑みにしてしまう性格ゆえに、なんの疑いも持たずアリスの話を信じ込んでしまっている。
朝食のおかずが一品多いのがその証拠。
普段はおかずが二品だけど、皐月的にいいことがあったときはおかずが一品増える。
「これからはリナちゃんの好きなように時間を使えるわよ。そうだ、次のお休みは私とお買い物デートしましょうよ。リナちゃんの好きな服でも化粧品でも買ってあげる。最近駅前にできたっていうケーキがおいしいカフェにも行きたいわ」
「ありがとうお母さん。じゃあ私もお母さんになにかプレゼントするね」
「あらまあ私にプレゼント? やっぱりリナちゃんは優しいわね。アリスと大違い」
アリスを捨てて喜々としている同じ口で、リナを褒める皐月。この人の方が精神科に通うべきなんじゃないかとリナは考える。
(放り出した
リナは皐月に思うところがあってもおくびにも出さない。
アリスは思ったことを全て口にする。だから皐月に嫌われた。
そんな
けれど、ずっとついて回られるのはうっとうしくて仕方ない。
好きに時間を使えと言うなら、エステなりネイルサロンなり好きに行きたい。
アリスのように思うままたち振る舞えば、皐月はいとも簡単に手のひらを返してリナを捨てる。皐月の理想通りの娘じゃなくなった途端に。
朝食の間、有人も珍しく上機嫌だった。
変な医者だがアリスを追い出すよう言ったのだけは評価できると。皐月だけでなく有人まで初田のことを褒めることが、リナは気に食わなかった。
(そうよ、初田。あのクソ医者がアリスに入れ知恵したんじゃない? アリスを気に入っているようだったし、それに、この私を排除しようとした最低の男)
これまで出会った男はみんなリナの容姿を褒めてくれた。
初田は一度たりとも褒め言葉を口にしなかった。もう来ないでくださいと追い払った。
そんな男に会ったことがない。
もしかしたら仕事も初田が口利きした可能性がある。
アリスが回復してしまったら、仕事をできるようになったら、独り立ちしてしまったら、利用価値がなくなってしまう。
アリスには、ずっと引き立て役でいてもらわないといけない。
いつまでも、リナに都合のいい人形でいてもらう。
「ねえお父さん、お母さん。アリスのバイト先ってどこかしら。アリスじゃ務まらないようなきつい職場環境だったら可哀想でしょう。私、この目で見て確かめたいわ。教えてくれない?」
「リナは優しいなあ。アリスが自分で「仕事を見つけたからお金の迷惑はかけない」って言ったんだ。もう俺たちが責任を負わなくていいんだぞ」
今後はアリスを放置する気満々だったのが、有人の言葉からにじみ出ている。
「だってアリスは初めて働くのよ。なにか
「ああ、リナちゃんは本当に優しいわね。そういうところも大好きよ」
「いいのよ、お母さん。アリスの様子を見に行くから、次の休日は一緒に行けないわ。ごめんね」
それとなく休日の予定をすり替える。皐月は機嫌を損ねる様子もなく、アリスのバイト先を教えてくれた。
住所は、あの初田のクリニックの近く。
セレクトショップ・ワンダーウォーカー。
リナは手帳とスマホのカレンダーに予定を書き込んで笑う。
「お姉ちゃんとして、最後まで、ちゃーんとアリスの面倒を見てあげないとね」
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