第2話 この世界にもヒロインはいまぁす!


 

 希望はないんですか!?


 

 否。

 


 希望は残っているよ。どんな時にもね。

 


 入学式典を終えた俺たちは、教師の引率に連れられて、大講堂を後にした。

 次に向かった先は、教会のような造りになっている大部屋だった。

 部屋の最奥には、片手に剣を、もう片手には天秤を携えた、女神像が置かれていた。


「これより、《組分けの儀》を行う――各自、名前を呼ばれたら、ユースティティア像の前へ歩みでて、祈りをささげよ」


 生徒たちが整列し終わると、引率役の教師がそう告げた。


 組分けの儀――

 読んで字の如く、これから魔法学院のクラス決めが行われる。

 この魔法学院――ああ、そろそろ名前を出しておこう。

 には、二つのクラスが存在する。

 

 マギナとウルザ。


 いずれも、大昔の天才魔法使いから名前を取っているらしい。

 学院に入学した生徒たちは、各々の資質や経歴をもとにして、女神ユースティティアの審判の元に、いずれかのクラスに振り分けられるというわけだ。

 

 

 名前を呼ばれた生徒が一人ずつ進み出て、女神像に祈りを捧げる。

 すると、女神像が手にした天秤が左右に振れるのだ。

 左なら、マギナ。

 右なら、ウルザ。

 そんな具合に、クラスが決定される。


 そうして、半分くらいの生徒が呼ばれたタイミングで、は呼ばれた。


「つづいて、アシュレイ・アストリッド――前へ」


 キタ――!

 名前を呼ばれた瞬間、俺は勢いよく面を上げた。


 視線の先、女神像に歩みよる、一人の生徒の姿が目に映る。

 緊張でぎこちない動きになってしまう生徒たちも多いなか、その足取りは洗練された騎士のように優雅かつ軽やかだった。

 

 アシュレイと呼ばれたその生徒は、ユースティティア像の前でひざまずき、両手を組んで祈りのポーズをとる。


 ややあって、天秤がゆっくりと左に傾いた。

 つまり、マギナに振り分けられたということだ。


 儀式を終えて、壇上から戻るアシュレイ。

 俺は目でその姿をじっと追い続ける。


 その洗練された振る舞いとは対照的に、外見はどこか女性的な儚さを感じられた。


 線が細く中性的。

 オフホワイトの金髪を、一房だけ三つ編みにして、胸元に垂らした髪型。

 男子用の制服を着ていなければ、女の子に見間違えそうだ。

 

 それもそのはず。

 何を隠そう、このアシュレイくん。


 実は男装している女の子なのだ。

 

 大事なことなのでもう一回いいますね?

 

 男装している、お・ん・な・の・こ!!!

 なのだ!


 はい、ここテストにでるから、しっかり覚えてくださいね?

 アシュレイくんは、原作の攻略対象キャラクター。更に言うと、2週目から解放される隠れキャラである。


 簡単に、アシュレイくんのバックストーリーを説明しておこう。

 とある辺境子爵家の一人娘として生まれた彼女は、後継ぎとして、性別を秘匿され、男として育てられた。

 後継としてのプレッシャーを受け続けた境遇から、領主として強くありたいというヒーロー願望が強い。

 だけど、その生来の気質は、繊細な女の子。

 ゆえに、自分の性別や性格に、強いコンプレックスをもつと同時に、主人公をはじめとした周囲の仲間に、本当の自分を隠していることに負い目をもっている。

 そして、ストーリーを通じて、ありのままの自分を肯定してくれた主人公に、強く惹かれていくのだ。

 

 おわかりだろうか?


 つまり、このアシュレイくんルートに入れば、自然界の摂理に反して、野郎同士を結びつけようとするBL世界特有の悪魔的力学に逆らう事なく、この世界で、私の幸せな結婚を迎えることができるわけ!


 だが腐ってもここはBL世界。

 けっして油断はできない。

 最後の最後、思わぬ罠がプレイヤーを待ち受ける。


 それがベストエンディングの存在だ。


 なんとこのアシュレイくん。

 ベストエンディングを迎えると――


「次――グレイ・ブラッドレイ、前へ」


 ……。

 ……あ、俺か。

 名前呼ばれたわ。

 

 前世の記憶を思い出してから、この世界の自分=グレイに対する人ごと感が強い。


 俺は物思いを中断して、登壇した。

 居住まいを正してから、ユースティティア像の前に立つ。


 女神ユースティティアは、この世界を造った創生神の一人。

 そして、運命と審判を司る女神だ。


 ということはつまり、こんなにも過酷な運命を俺に与えたのは、この女の仕業ともいえる。

 俺は無意識のうちに、ユースティティア像に向かってガンを飛ばしていた。


「こら! グレイ・ブラッドレイ! さっさと祈りを捧げんか!」


 横から先生の怒り声が飛んできて、俺はしぶしぶひざまずく。そして、そっと瞳を閉じた。



 しばらくすると、なんか意識が精神世界的な感じのところに移行した感覚があって、俺は一人、宇宙空間みたいな暗闇の世界に佇んでいた。

 

 そのうち、暗闇の中にボンヤリと光が浮かび始める。

 光はだんだんと人の形を成し始めて、一人の女性になった。

 

 長い金髪に月桂樹の冠をかぶり、白いローブを羽織っている、やたらと神々しいその姿。


「女神……ユースティティア」


 俺の口からは、無意識にその存在の名前がこぼれ落ちていた。


 

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