第59話

「何?自慢話?」


山本が突っかかるが、灰銀はゆっくり顔を横に動かして否定した。


「私さ、人が怖いんだよね。元々、人が苦手だったんだけど、アイドルになってからそれが余計に顕著になってね━━━127回。瑪瑙君にはこれが何の数字か分かる?」


「さぁ……告白された回数じゃないの?」


いきなり俺に話を振られたので、一応それなりに考えて答えを出した。


「舐めんなよ。私の告白された回数は四桁を超えとるわ」


「えぇ…」


理不尽かよ。じゃあ一体なんだ?


「正解はアイドルになってからストーカーされた回数です」


「え?」


俺だけじゃない。宮内たちも同じような顔をしていた。


「週刊誌に追いかけられたり、俳優やテレビのお偉いさんに言い寄られたりした回数もカウントしていいならもっといくかな。女優さんや同業の人に嵌められそうになったこともある。もちろん、『枕』を要求されたこともあるよ」


唇に手を当てて、少しずつ色々なことを思い出しているようだ。灰銀はなんでもない風に言っているが内容はとんでもないものばかりだった。


「ネットの悪口はこんなもんじゃないぜ?『ヤリマン』だの『まくら』だの『パパ活』だの言われ放題。変だよね。私のことを何も知らないくせにさ。毎日、怖くてたまらなくて、アイドルなんてすぐに辞めたかった……」


アイドルを辞めたかった。


灰銀は金城と恋愛をするために、アイドルを辞めたと言っていたが、それだけじゃなかったようだ。


「嫌なことを頑張って、『スター☆トレイン』のセンターになってドームでライブもできて、卒業して、いざ、金城君に告白したら、フラれるし、マジで人生に絶望したよ。けどね━━━」


三人を静かに見た。


「もっと辛かったのは、みんなにフラれたことをいじられたことだよ。知り合いからの悪意は辛かった。私がフラれたのを知ってて、金城君をカラオケで祝えって言われたときは、死にたくなった。私の味方はいないんだって……恨んだよ。マジで……」


三人を見る灰銀に怒気と悲しみが混じっていた。


「ま、どっかの誰かさんが私の友達になってくれたから持ち直したけどね」


灰銀が俺に向かってウィンクをしてきた。そういうのは灰銀がやってはいけない。メインヒロインの役目だ。


「このままみんなと縁を切って、瑪瑙君たちとの新しい関係を楽しもうと思ってたんだ。こんな酷いことをする人達なんて大嫌いだし、近づくべきじゃないってね」


灰銀の言う通りだ。こういう奴らは性根が腐ってる。


「性格の悪い私達なんて無視して、左君と仲良してればいいじゃん……わざわざ言わなくたって分かってるよ」


「おいおい話をしっかり最後まで聞こうぜ、結奈。今の私はみんなを責めてないんだ。むしろ、私自身が悪いとすら思ってるよ」


「は?」


「だって、私はみんなに本音で一度も話したことがないもん。人を信用してない人間がどうして誰かに信用されるんだってさ」


そして、綺麗に背中を90度に曲げて頭を下げた。さっきのおふざけは一切感じない。


「本当にごめん!今まで騙してきて。これからはアイドルの『灰銀唯煌』じゃなくて、等身大の『灰銀唯煌』として接していくから、また友達になってくれないかな……?」


「灰銀さん……」


客観的に見て、今回の件で灰銀が謝ることは何もない。100%が三人を断罪して終わりだと言うだろう。警察に相談してもいいレベルの陰湿ないじめだ。


そんな三人を許して友人に戻ろうと言うのだ。お人好しにもほどがある。


「私こそ、ごめん……」


一番最初に応えたのは佐城だった。


「優子?」


「私、唯煌と同じクラスになれて嬉しかった……唯煌のファンだった……友達になりたかった。でも、唯煌は私たちのことをどうでもいいと思ってた……だから、酷い目に合ってほしくなった……」


佐城は灰銀の手を握った。


「何も知らなかった。知ろうとしなかった……唯煌がどれだけ大変な思いをしているのか……それなのに、一方的に決めつけて、酷いことをしてごめんなさい……」


佐城はそういうと灰銀の手を握って涙を流した。


「あたしもだよ……何も分かってなかった……ごめん」


「玲美……」


山本も灰銀の手を握った。


最後の一人、宮内は、


「私は認めない……!」


「結奈……」


「遊びに誘っても来なかったじゃん!唯煌の誕生日を祝おうとしたのに、断ったじゃん!金城君の恋愛だって手伝うって言ったのに、拒否してさ!全部全部、唯煌のためを思って考えたことを全部断ったじゃん!今更虫が良すぎるよ!」


灰銀への思いが溢れていた。そしてスカートを握って下を向いて涙を流した。


「結奈……」


「ズルい。私だけ悪者じゃん……」


「結奈のこともこれからはしっかり見てくから、今度こそ仲良くしてくれないかな……?」


「……うん、本当にごめん。私、最低だよ……」


灰銀は泣いている宮内を抱きしめた。そして、灰銀と目が合う。


(瑪瑙君、悪いんだけど、先に行っててくれよ。それと今日は部活にいけないと思う。桃花ちゃんにもエールを送っておいて)


「了解……」


視線だけだが、灰銀が何を言おうとしているのか伝わってきた。俺はもうここにいてはいけない邪魔者だ。荷物を持って静かに教室を跡にした。

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