第57話
「灰銀に遠く及ばないブス共が俺の近くで息をするんじゃねぇよ」
は~スッキリした。
この会話中ずっと言いたかったから、我慢した甲斐があった。
「は!?左の癖に調子乗ってんじゃねぇぞ!?」
山本が俺の胸倉を掴んできた。見た目通り短気だ。普段の俺ならこれで圧倒されていただろうが、今の俺は永久凍土のように冷静だ。俺は少し強く山本の腕を掴んだ。
「痛っ」
そして、力が緩んだので、俺は足を払って、山本を机の上に押し倒した。
ごめん、佐藤君。机汚しちゃった。
「て、てめぇ!」
「うるせぇよ、ブス」
「むぐ」
俺はうるさい山本の口を抑えつけた。もごもごと抜け出そうとしているが、俺を振り払えるほどの力はないようだ。
顔を上げて、宮内と佐城を見ると、こっちを見ながら呆けていたが、すぐに抗議の視線を送ってきた。
「お、女の子に暴力を振るうなんて最低!」
「だから?」
「だ、だからって……」
睨むと大人しくなった。これで少しは会話ができるだろう。
「灰銀さんが春樹を好きだっていう話はどこから来てるんだよ」
「え、そ、それは」
「まぁ、推測は立つよ。俺と春樹と灰銀さんでつるむことが多くなったから、勝手に邪推しただけだろ?」
宮内と佐城は黙り込んだ。
なんだよ。本当にその程度のことで騒いでたのか。
もう少しこう、二人で遊んでたとか、そういうものがあるのかと思っていたので、拍子抜けした。
「灰銀さんは金城のことがまだ好きなんだよ。だから春樹のことを好きになるなんてありえないんだ。春樹とつるんでるのだって、【唯煌フィルター】を突破した春樹の性格が良すぎるからだ。お前らと違ってな」
それにしても灰銀はよくこんな性格が悪い奴らとつるんでいたものだ。俺なら一日どころか一時間だって耐えられない。
「じゃ、じゃあなんで左と一緒にいる事が増えたの……?」
「は?」
「え?あ、その……」
佐城の質問の意図が本当に分からなくて思わず、強めに返してしまった。
なんで、俺と灰銀が一緒にいるのかに興味があるんだよ……まぁこいつら相手に隠す必要はないか。
「そんなの決まってるだろうが。金城を寝取るためだよ」
「「は?」」
「さっきも言ったが、灰銀さんは金城のことがまだ好きなんだよ。たった一度、フラれたくらいじゃ諦めきれないから、俺を利用してるんだ。金城のデートの尾行に、大嫌いな冬歩のいる【精神高揚部】への付き添い、そんで謎のNTR小話を延々と聞かされて……俺って人が良すぎるだろ……」
灰銀と一緒に居ると、本当に疲れる。琥珀と友だちになってもらったこと以外、無報酬でこれをやってるんだから、誰か俺を褒めてほしい。
「い、意味わかんない。何の見返りももらわずに、唯煌が別の男と付き合うのを応援するなんて、本当に意味わかんない……」
宮内は本当に意味が分からないらしい。佐城もだ。自分でさえ馬鹿なことをしてるなぁ、という自覚はある。
ただ━━━
「そもそもお前らは灰銀唯煌のことを何にも分かってない。あの女はただの馬鹿だぞ?」
「え……?」
え?じゃねぇよ……
あんだけ一緒にいて、なぜ灰銀を完璧だと思ってるんだ、この女たち。節穴しかいないな。このクラス。
「今の状況を見ろよ。何で夢宮さんを本気で応援してるんだよ!マジで馬鹿だと思わない!?」
「え?ま、まぁそうだけど」
「夢宮さんの弱みを握るとか敵を知ってNTRの可能性を上げるとかそういうのはいい。それは後の灰銀さんのためになるからいくらでもやればいいさ。だけどさ、なぜ夢宮さんのスペック上げを本気で手伝ってるんだ。馬鹿に馬鹿をかけて、大馬鹿だよ」
夢宮のレベル上げをしたら、それだけNTRの可能性が減るってことだ。それなのに、灰銀は毎日、隣で走って倒れそうになってる夢宮を応援し続けている。
手なんていつでも抜けばいい。わざわざ夢宮の隣で一緒に応援するなんて本気で馬鹿だ。
むしろ、心なんて折れてくれた方が灰銀的に良いはずだ。でも、頑張ってるっていう理由だけで、恋敵を助けてしまう。
「超がつくほどお人好しで大馬鹿なのが灰銀唯煌だ」
そんな人間だからこそ応援してあげたい。NTRがうまくいかなかったとしても、せめて灰銀がいつか何かを成し遂げた時に良い思い出として振り返れるようにして欲しい。そのために必要なら友人として俺が助ける。
「だから、灰銀さんに害を及ぼそうとするお前らは許さない」
「ご、ごめんね?もう二度としないから」
「知るかよ」
俺には数少ないマイルールが存在する。
それは友人になった人間を何があっても大切にするというものだ。
俺は友人が少ない。面白くもなければ、イケメンでもない。趣味はゲームと冬歩の小説を読むことのほぼ無キャ。自分から誰かに絡みに行こうとするのも怖いし苦手だ。
そんな俺と一緒にいてくれるやつがいる。友人と呼んでくれるもの好きがいる。
そいつらを害するならどんな奴でも許さない。
女子に暴力反対?知るかっての。友達をイジメられかけたんだ。せめて、二度と灰銀をそんな気が起きないようにトラウマくらいは与えておこう。
そういえば、うちのクラスメイトの女子たちは俺を『左』に持ってきて遊んでた。
こいつらもそうだ。
それならお望み通り『左』を演じてやろうかね。
まずは抑えつけている山本だ……と思ったが、恐怖で涙が溢れ、顔がぐしゃぐしゃになっていた。
これだけビビってるならもういいか……
俺は抑えつけている手を離した。すると、山本は恐怖から解放されて少し安堵を抱いていた。
「へぇ、良い顔するじゃん」
「ッ、な、なんだし」
「別に。ただ、ブスっていったのは訂正するよ。今の山本は可愛い顔をしてると思うぞ」
「ッ」
とりあえずここまで、恐怖を与えれば二度と灰銀に何かしようとする気持ちは起きないだろう。俺は山本から離れて、後ろで固まっている宮内と佐城をロックオンした。同じことをしてやれば、灰銀に対して、悪いことを考えなくなるだろう。
「ご、ごめん!本当にもうしないから」
「あ……」
こいつらの声を耳にいれるのすら不快だ。すぐに黙らせよう。
「落ち着けよ、瑪瑙君」
聞き慣れた声が俺の耳に届いた。
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