第32話 出張の途中でなぜか帰省

「そ、そんなこと!」


 あっていいわけがない。

 フェリックスはミカエラの話を否定する。

 ドアの前で待っているアルフォンスとライサンダーがフェリックスの声に反応し、こちらに顔を向ける。


「あるんだよ」


 ミカエラの内緒話は続く。


「フェリックス君は無かっただろうけど、あたしはそういう嫌がらせ山ほどあったもん」

「っ!?」

「先生を利用して、優等生の評価を落としたい生徒なんて……、あの学園に山ほどいるんだから」


 ミカエラは当時、フェリックスに次ぐ優等生だった。


「フェリックス君は公爵貴族だから、手を出そうっていう人はいなかったけど……、あたしは後ろ盾のない平民だったし」


 ミカエラは平民でチェルンスター魔法学園に入学したんだ。

 クリスティーナみたいだなあ。


「散々やられたなあ……。でも、あたしは素行以上に魔法薬の成績が天才的だったからね!! 今の仕事に就けてるわけ」


 チェルンスター魔法学園の生徒は貴族や裕福な家庭の出の者が多い。

 公爵貴族であるフェリックスはともかく、平民のミカエラよりも下位の成績など、認めたくない生徒も多々いただろう。

 ”やられた側”の意見だ。

 ミカエラの話には信ぴょう性がある。

 そう、フェリックスは判断した。


「犯人を捜しているなら、そっちの線も考えてみて」


 内緒話を終えたミランダは、席を立ち、ライサンダーとアルフォンスに「ごめんなさーい」と平謝りしていた。

 フェリックスもミカエラに続く。



「う~ん、外だあ!」


 軍部を出たミカエラは背伸びをし、深呼吸をする。


「じゃ、あたしは仕事に戻るから! またね、フェリックス君!!」

「うん」

「お二人とも、お気をつけて」


 ミカエラはすぐに気持ちを切り替え、徒歩で魔法研究所へ帰ってしまった。

 ライサンダーもフリックスとアルフォンスに深々と礼をしたあと、軍部の建物の中へ入ってゆく。


「はあ……、時間があるんだったらミカエラさんを食事に誘いたかったんだがな」


 アルフォンスはミカエラを誘うチャンスを逃し、がっかりしていた。

 まさか、アルフォンスがミカエラに惚れたのか、とフェリックスは想像したが。


「この間、ミカエラさんが発表した魔法薬の進捗を訊きたかったのに」

「……」


 アルフォンスはミカエラと魔法薬の話をしたかったらしい。

 杞憂して損したとフェリックスは苦笑する。


「さて、出張が終わったな」

「そうですね」

「予定は――、どうなってるんだ?」


 出張の目的は果たした。

 チェルンスター魔法学園へ帰るのは間違いないが、一泊するのか、少し時間を潰して帰るのか。

 出張の予定はメイドのセラフィが全て管理していた。

 フェリックスとアルフォンスはセラフィに頼り切りだったので、この後の予定を何も知らない。


「お二方、お待ちしておりました」

「わっ、突然だね」

「そろそろ話が終わる頃かと思いまして」


 狙ったかのように、フェリックスたちの前にセラフィが姿を現す。


「その、これで僕たちの出張が終わったんだけど……、このままチェルンスター魔法学園へ帰るのかな?」

「いえ」


 フェリックスはセラフィに予定を訊く。

 セラフィは首を振った。


「主人の屋敷にて、一泊していただきます」

「……こいつの帰省か?」

「そうなります」

「これは”仕事”だぞ。私用を挟むなんて――」

「フェリックスさまが出張などで、ライチェルを訪れた際は屋敷に滞在させるよう主人から仰せつかっていますので」

「だが――」

「フェリックスさまは貴方の部下であると同時に、貴族でござます。私用ではございません」

「貴族の”仕事”なんだな」

「はい」


 アルフォンスはセラフィに向けて文句を言う。

 仕事と私用を混同するな。

 フェリックスが自身の両親に会うことは、アルフォンスの指摘通り帰省であり、私用になる。

 いつもはアルフォンスの文句もサラリと受け流すセラフィだが、今回は彼の主張を論破する。

 フェリックスはチェルンスター魔法学園と同時にマクシミリアン公爵貴族なのだと。

 今回は公爵貴族としての”仕事”なのだと。


「……わかった。突っかかって悪かったな」

「アルフォンスさまがご理解いただければ、私はそれで」


 セラフィの言い分を聞いたアルフォンスは素直に彼女に謝る。

 セラフィはニコリとアルフォンスに笑みを向けた。


「さあ、馬車も来ましたね」


 軍部の前にマクシミリアン公爵の家紋がついた馬車が留まる。


「別邸へはこちらで向かいます」


 馬車で向かうのはいつも通りだ。

 フェリックスとアルフォンスとセラフィは馬車に乗る。

 扉が閉まり、少しすると馬車が動き出した。



 少し経ち、馬車が止まった。

 屋敷に着いたようだ。


「さて、アルフォンスさま」


 セラフィがアルフォンスに声をかける。

 メイドが主人に近しい存在に声をかけるのは稀だ。


「別邸に入る前にお話しておかなければならないことがあります」

「……なんだ?」

「セラフィ、言葉を選んで話すんだよ」

「お気遣いありがとうございます。フェリックスさま」


 セラフィはフェリックスに微笑む。

 このタイミングで話すのだから、屋敷で滞在する際の注意点だろうなあとフェリックスは予測する。

 フェリックスが見守る中、セラフィはアルフォンスに話す。


「屋敷に着いたら、フェリックスさまは”マクシミリアン公爵子息”です」

「それがどうした」

「別邸に滞在している間はフェリックスさまの態度を改めてください。でなければ――」


 セラフィはアルフォンスに警告する。


「貴方の首と胴体が離れることになるでしょう」


 いつもアルフォンスはフェリックスのことを『貴様』と呼んでいる。

 メイドのセラフィの前ではそれでいいが、マクシミリアン公爵の前でやってしまうと、不敬罪にあたり、死刑になるかもしれない。

 屋敷に滞在する間は、フェリックスに対する態度を改めろとセラフィは言ったのだ。


 「……わかった」


 アルフォンスはセラフィの警告を受け入れる。

 平民と貴族の関係は、平民であるアルフォンスのほうがよく知っているはず。


「では、まいりましょう」


 セラフィが馬車の扉を開ける。

 先に降り、フェリックスたちのために踏み台を置いてくれた。


「先に降りてくれ」


 フェリックスはアルフォンスの表情を伺う。

 アルフォンスは腕を組み、フェリックスの足元をじっと見つめている。


(うわ、めっちゃ不機嫌じゃん! この先、大丈夫かなあ……)


 フェリックスはアルフォンスの仕草から、セラフィの警告を認めたものの、納得できず不機嫌になったのではないかと思った。

 心配しつつも、フェリックスは馬車を降りた。

 ドンッ。


「っ!?」


 馬車を降りた途端、フェリックスの身体に何かがぶつかった。

 胸部がつまり、顎をぶつけ、痛い。


(なんだ!? 痛かったんだけど、むにゅっとした柔らかい感触で、暖かい……)


 突然のことで、状況が呑み込めないフェリックスはぶつかってきた物体に手を伸ばし、触れてみる。

 骨ばった感触がしたと思えば、膨らみがある。

 つまんでみると肉感が柔らかく、ふわふわしていた。


「フェリックス! お前!!」

「父上、ただいま戻り――」

「イザベラさまの臀部を撫でまわすとは何事か!!」

「えっ」


 フェリックスの父親が血相を変えて、こちらへ駆けてきた。

 一番に挨拶をしなかったことに怒っているのかと、フェリックスは父親に声をかけるも、父親が怒っていたのはそれではなかった。


(イザベラ……、臀部……)


 父親に怒られ、フェリックスは自分が触れていた”物体”を理解する。


「申し訳ございません!!」


 フェリックスは触れていた手を離し、すぐに謝った。

 フェリックスの胸の中にいるのは、女王イザベラ。

 フェリックスが触れて、つまんだのはイザベラの臀部、つまり尻だったのだ。

 イザベラがフェリックスを抱擁する歓迎をしてくれたのに対し、フェリックスは彼女の殿部を撫でまわし、それをつまむなどという最低な行為をしてしまったのだ。

 父親が血相を変えてフェリックスに駆け寄り、怒るのは当然のことだ。


「申し訳ございません、愚息は貴方様のことだと気が付いてなかったようで、メイド……、そう! あちらにいるメイドの歓迎だと勘違いしたのです!!」


 フェリックスに代わって、父親が必死に弁明をする。

 セラフィの歓迎だと勘違いした行為だったと。


(それでも僕が変態なのには違いない……)


 セラフィだったら、頼めば触らせてくれそうな好感度だが、イザベラは叔母とはいえ、違うだろう。


(父さん、ごめん……。僕のせいで爵位、はく奪されちゃうかもしれない)


 イザベラは悪女で知られるキャラクター。

 尻を撫でまわすフェリックスの最低な行為がきっかけで、憤慨し、身分をはく奪されてしまうかもしれない。


「ほう、メイドにもそうしておるのか?」


 フェリックスの真下には、肩口や胸元が開き、太陽の光で輝く小さな石が沢山ついた真っ赤で派手なドレスを身に着けたイザベラが不敵な笑みを浮かべている。

 フェリックスはイザベラの色気にやられてしまいそう、と感じた。


「なら、わらわもそれに応えぬとな」

「応えるって――」


 フェリックスが聞き返す前に、イザベラに唇を強引に奪われる。

 ミランダのときとは違く、熱を帯びた情熱的なキス。

 フェリックスの唇に吸い付くようにイザベラのそれが密着する。

 息が苦しくなり、フェリックスの口が開いたところで、イザベラの長いキスが終わった。


「頬を真っ赤に染めおって。初めてでなかろうに」

(前のフェリックスはそうだろうけど、今の僕は違うんだ!!)


 フェリックスは心の中でイザベラに抗議する。

 初めてではないのは事実だが、今のフェリックスにとって異性とのキスは、ミランダとの一度きり。

 目の前にイザベラという色気むんむんな美女がいて、照れるなというのが無茶である。


「甥がわらわの事をうら若き乙女として見ている、それは叔母として嬉しい」

「さ、さようで!」

「じゃから、今回の無礼は特別に許そう」

「イザベラさまの寛大なお言葉、感謝いたします」


 よく分からない理由で、フェリックスの無礼は許された。

 父親はイザベラに深く頭を下げ、感謝の言葉を述べている。


(許されてよかった……)


 フェリックスもほっと安堵した直後――。


「足が疲れたのう。立って歩きたくないのう」

「は、はい! 運ばせていただきます」

「うむ。絶対に落とすなよ」


 イザベラがフェリックスに要求する。

 フェリックスはイザベラの背にそっと触れ、膝の裏に腕を回し、イザベラの身体を抱き上げた。

 イザベラはフェリックスの首に腕を回し、フェリックスの身体に絡みつく。


「ささ、イザベラさま、フェリックス、屋敷へ」


 父親が先導し、フェリックスはイザベラを抱えた状態で帰省をする。

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