第30話 幸せと不幸せは紙一重
アルフォンスの意外な一面が見れた休日が明け、フェリックスはいつもより早くチェルンスター魔法学園へ出勤する。
(今日は――)
荷物を職員室へ置いたフェリックスは、三年A組の教室へ向かう。
今日はミランダの謹慎が解かれる日。
教室にいるミランダの様子を見たいと思っていたのだ。
「あ、フェリックス先生だ!」
教室には先客がいた。
クリスティーナだ。
まだ他の生徒は登校しておらず、教室内には二人だけ。
「おはようございます。ミランダさん、クリスティーナさん」
「お、おはようございます」
ミランダに視線を逸らされる。
その様子をニヤついた表情でクリスティーナが見ていた。
「ミランダ先輩! 朝からフェリックス先生に会えてよかったですね!」
「っ」
クリスティーナの一言でミランダの顔が真っ赤になる。
「ミランダ先輩、放課後、私にいーっぱい魔法、教えてくださいね!」
「……わたくしがいなかった分、しごきますわよ」
クリスティーナにからかわれたミランダは、低い声で彼女を脅す。
だが、クリスティーナはミランダの態度を気にもせず、教室を出て行った。
フェリックスと二人きりになるように気遣ってくれたのかもしれない。
「フェリックス先生」
「なんでしょう?」
「お借りしていたハンカチ、お返しいたします」
ミランダにフェリックスのハンカチを差し出される。
以前、大泣きしたミランダの涙や鼻水をぬぐうために貸したものだ。
ハンカチを受け取ると、皺ひとつなく、ピシッと折り目のついたハンカチが戻ってきた。
(ん? いい香りがする)
ハンカチから甘い香りがする。
ミランダの頭を撫でたとき、密着されたとき、抱きしめられたときに嗅いだことがある。
「その……、香りがお嫌いでなかったら、こちらを受け取っていただけませんか?」
フェリックスはミランダから小さな包み紙を受け取った。
可愛らしい包装紙とリボン。
黄色と青で統一されており、フェリックスの髪と瞳の色を彷彿とさせる。
「香水……」
包みを開けると、中には香水瓶が入っていた。
「わたくしが愛用している香りが入っています」
「っ!?」
ミランダが使っている香水と聞き、フェリックスの鼓動が跳ね上がった。
気になっている女の子が使っているものと同じ香水をプレゼントされる。
それはつまり、離れていても自分を感じて欲しいということ。
「ありがとうございます。大切に使います」
フェリックスはミランダからのプレゼントを受け取った。
生徒からプレゼントをとがめる教師はいないだろう。
(社宅の枕にシュッとふりかけてみよう)
フェリックスはミランダから貰った香水の使い道をぼんやりと妄想する。
「本当はお揃いのネックレスかブレスレットをプレゼントしたかったのですが……」
「え? ミランダさん、なにか言いましたか?」
「い、いえ! なんでもありませんわ」
「そうですか」
ミランダがぼそぼそと何か呟いていたが、声が小さくてよく聞こえなかった。
フェリックスは聞き返すも、ミランダは慌てた様子で「なんでもない」と答える。
「ミランダさんが元気そうでよかったです。では、僕は授業の準備がありますので」
「あっ、はい……」
そろそろミランダのクラスメイトたちが教室にやってくる。
二人きりで話していたところを見られ、噂が立ってはミランダに迷惑だ。
フェリックスはミランダに別れの言葉を告げ、教室を出ようとする。
ミランダが何か言いたげな顔で、フェリックスを見つめている。
「わたくしも、フェリックス先生とお会いして、お話も出来て……、幸せです」
(か、可愛すぎる!! どんどん僕に向けられるミランダのデレが強くなってて、もう最高!)
別れ際、フェリックスは恥じらった表情を浮かべているミランダにそう言われ、職員室に戻るまで、一人悶えていた。
☆
「おはようございます。フェリックス君」
「リドリー先輩、おはようございます!」
ミランダにドキドキしつつ、職員室へ戻ってきたフェリックス。
プレゼントされた香水をバックに入れ、早く社宅で使いたいとウキウキしていた。
「とても嬉しいことがあったんですね」
「えっ!?」
「挨拶する顔がいつにも増してキラキラしていたので」
何も話していないのに、リドリーにはお見通し。
どうやら、嬉しさが表情に出ていたようだ。
「キラキラしたフェリックス君はですね……、イケメン度がすごくて、眩しいです」
「そ、そうですか」
「フェリックス君の挨拶は女性教師の間で、『目の保養になる』と人気なんですから!」
「へ、へえ……」
どの世界でも、女性はイケメンを見て癒されているようだ。
「ほう、二人は仲がよいのう」
「「校長!?」」
フェリックスとリドリーの会話に校長が割り込む。
校長が二人の会話に加わってくるのはとても珍しい。
「リドリー、フェリックス君を借りてもよいか?」
「もちろんです!」
用があったのはフェリックスだった。
リドリーは即答し、フェリックスたちから離れた。
朝のホームルームは一人で行くことになるだろう。
「フェリックス君、明日から出張へ行ってもらう」
「えっ、出張!?」
校長はフェリックスに出張を命じた。
命じられたフェリックスは、耳を疑う。
「うむ。五葉のクローバーの調査に難航しておってのう」
「どうして五葉のクローバーの調査に僕が加わるのでしょうか?」
校長は自身のモサモサした髭を触りながら、困った表情を浮かべていた。
五葉のクローバーは校長、教頭などチェルンスター魔法学園で上の立場にいる教師たちが極秘に調査していた。
まだ、経過はフェリックスたちに報告されておらず、調査の進捗が全くわかっていない。
その状態で、フェリックスが出張を命じられる理由はなんなのだろうか。
「その……、ミランダが持っていたのが、魔法研究所で生成されたものだと分かり、向こうの回答が来たんじゃが、誰かが直接話にいかんと埒が明かぬ内容でのう」
「僕が行って、どうにかなるのでしょうか」
「その担当者が、お主の同窓生のミカエラなのじゃ」
「ああ、なるほど」
校長の話を聞き、フェリックスは理解した。
フェリックスが同窓生のミカエラのもとを赴き、直接話をしたら、欲しい情報を得られるのではないかというのが校長の企みだ。
五葉のクローバーをミランダのバックに仕込んだ犯人を知りたいフェリックスにとっては、調査に加われるのは好機である。
「わかりました。支度をいたします」
「宿と馬車はこちらで手配しておる。荷造りが必要じゃろうから、今日は仕事を休んで、支度をするのじゃ」
「はい!」
休みを貰えるのは嬉しい。
チェルンスター魔法学園からミカエラが勤めている魔法研究所まで、一週間の長旅になる。
明日で出立するのであれば、町で買い足さなくてはいけないものもあるだろう。
(出張かあ……! 社会人になった感があっていいなあ)
約二週間、学校を空け、外で仕事をする。
前世、父親がやっていたことを今度は自分が体験できるのだと、フェリックスは浮かれていた。
「うむ、アルフォンスと二人で頼むぞ!」
浮かれていた気持ちも、校長の一言で一気に崩れる。
☆
翌日、フェリックスとアルフォンスはそれぞれ大荷物を抱え、校門の外で馬車を待っていた。
(はあ……、デートの次は出張か。なんで僕はアルフォンスと一緒に行動することが多いんだ)
出来ればリドリーと出張したかった。
フェリックスは心の中で、同行者がアルフォンスということに落胆していた。
「お、あれか?」
約束の時間になると、二人の前に馬車が留まる。
「おい……、ただの出張だってのに、豪華じゃないか?」
アルフォンスが馬車の外装を見て、首をかしげる。
フェリックスはアルフォンスの話を聞き、ここで自分たちが乗る馬車を見る。
(この馬車……、どっかで見覚えが――)
「お待たせいたしました」
「せ、セラフィ!?」
「ごきげんよう、フェリックスさま。お迎えに参りました」
馬車の扉が開いた。
中にいたのは、マクシミリアン公爵家のメイド、セラフィだった。
フェリックスはセラフィの突然の登場に驚く。
セラフィは平然としており、フェリックスたちに深々と頭を下げた。
「え!? こ、これ帰省じゃなくて、チェルンスター魔法学園の出張なんだけど……?」
「はい。フェリックスさまのおっしゃる通り、お二人の出張に同行するために私が参りました」
「な、なんで!?」
「フェリックスさまはチェルンスター魔法学園の教師ですが、マクシミリアン公爵家の跡継ぎでもありますので……、遠出なさるときは同行するようにと主人に命じられているのです」
「父さんの命令ってこと?」
「さようでございます」
フェリックスはセラフィの説明であらかた事情を理解する。
実家の豪華な馬車にメイド付きの出張は、フェリックスが公爵貴族だから。
「じゃあ、宿泊とかの手配は――」
「全て、主人が手配いたしました」
そうなると、コルン城へ向かったときに寄った、高級宿を利用することになるのか。
有意義な出張になりそうだと、フェリックスの口元が緩む。
「ちょっと、話に割り込むぞ」
「アルフォンスさま、ですね?」
「ああ。一つ聞いていいか?」
「……どうぞ」
「俺の部屋はどうなっている?」
フェリックスとセラフィの会話にアルフォンスが割り込む。
アルフォンスは自分の部屋の手配はどうなっているのか、セラフィに訊く。
セラフィはニコリと微笑み、答えた。
「フェリックスさまの同行者ですので、同等に扱えと命令を受けております」
「おおっ!」
セラフィの答えで、アルフォンスの目が輝く。
平民のアルフォンスにとって、公爵貴族フェリックスの生活は夢のまた夢。
それが短い間、体験できるのだと考えると喜びもするだろう。
「では、フェリックスさま、アルフォンスさま、馬車へお乗りくださいませ」
セラフィの先導の元、フェリックスとアルフォンスの出張が始まった。
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