第22話 悪役令嬢は対価を要求する

 翌日の放課後。


「フェリックス先生。お時間よろしいかしら」


「ミランダさん」


 ミランダが職員室を訪れ、フェリックスに声をかける。

 フェリックスはリドリーに目配せする。

 リドリーはフェリックスに親指を突き立て、「いいよ」と合図を送ってくれた。


「いいですよ。用件はなんですか?」

「えっと……」


 椅子に座っていたフェリックスは、身体をミランダへ向ける。

 ミランダはうつむき、もじもじとしていた。ここで話すのをためらっているみたいだ。

 周りの教師たちには聞かれたくないのかもしれない。


「二人きりになれる場所で……、お話したいです」

(か、可愛い……!)


 ミランダは頬を真っ赤に染め、恥じらった声でフェリックスを誘う。

 元々、ミランダの声が大好きでASMRボイスを買い漁っていたフェリックスにとって、このセリフはご褒美だった。


「聞かれたくない話でしたら、生徒指導室に行きましょうか」

「はいっ」


 心の声が漏れそうだったが、フェリックスはぐっと堪える。

 この間、リドリーに『教師と生徒の恋愛はご法度』と注意されたばかりではないか。

 フェリックスは心情を悟られぬよう、早口で用件を告げる。


「ゴホンッ」


 席を立ち、ミランダと共に職員室を出ようとしたところ、リドリーがわざとらしい咳払いをした。

 恐る恐るリドリーと顔を合わせると、彼女は険しい表情でフェリックスを睨み、すぐに微笑んだ。


(これは……、気を付けて行ってらっしゃい、ということかな)


 フェリックスはリドリーの表情で悟る。

 浮かれていた気持ちが一気に引き締まった。



 生徒指導室。

 ミランダがソファにすわった。

 長話になるかもしれないので、フェリックスはテーブルに紅茶と砂糖を用意し、ミランダの向かいのソファに座った。


(……全然、話してくれない)


 フェリックスは腕を組み、ミランダが話しかけてくるまで待った。

 淹れたての紅茶の湯気が消えても、ミランダは一言も話さなかった。


「僕に話したいこととは……、一体――」


 ただ時間が過ぎてゆくだけだと判断したフェリックスは、自分からミランダに話しかけることにした。

 ミランダの身体がビクッと反応する。


(緊張してるみたい)

「紅茶を飲んで気分が落ち着いたら、僕に教えてくれませんか?」


 ミランダの表情がいつもより硬い。

 フェリックスはミランダが緊張しているのだと思い、リラックスさせるため紅茶をすすめた。


「そ、そうさせていただきますわ」


 ミランダは砂糖瓶に手を伸ばし、スプーン二杯の砂糖を紅茶に入れた。

 スプーンでくるくると紅茶と砂糖をかき混ぜ、馴染ませる。

 カップの持ち手に指をかけた途端。


 カタカタカタカタ。


 ミランダの手の震えで、カップとソーサが小刻みにぶつかり合う。

 見ていて不安になるフェリックスだったが、ミランダはカップを口に運び、甘い紅茶を飲む。

 その仕草は、公爵令嬢にふさわしく優雅に感じた。


「黙っていては伝わりませんものね……」


 カップを置き、ミランダが呟く。


「お話というのは……、クリスティーナさんの決闘のことです」


 ようやくミランダが話題を切り出した。

 クリスティーナはフェリックスの助言の通りに、決闘に参加してくれるようミランダにお願いしたのだろう。


「わたくし……、クリスティーナの返事を保留にしてまして」


 ミランダがゲームの性格そのままであったら、クリスティーナの頼みはすぐに断っていただろう。保留にしてくれるだけ、ありがたい。

 チラチラとフェリックスの反応を伺っている。


「考えて下さるだけでもありがたいです」

「始めはフェリックス先生のお願いだからと、クリスティーナの魔法の指導をしていました」


 その言いようだと、今は違うみたいだ。

 ぽつぽつとミランダはフェリックスに打ち明ける。


「でも、あの子は“透明“と判別されたのかと疑うほどの実力で、このまま学校にいたらものすごい魔法が生まれるのではないかと期待してしまいますの」


 それはそうだ。

 クリスティーナは数少ない光魔法の使い手で、後に聖女となる人物なのだから。

 チェルンスター魔法学園を退学してしまったら、クリスティーナは真の実力を知らずに“透明“のまま、貧しい暮らしを強いられるだろう。


「クリスティーナさんの実力は未知数なんです。もしかすると、彼女は――、“透明“という常識を破ってしまうかもしれません」

「フェリックス先生はクリスティーナのこと、そう思われているのですね」

「そうですが……」


 ミランダの眉が吊り上がる。

 緊張していたと思えば、突然、不機嫌になった。

 どの発言にムッとしたのだろうかと、フェリックスは考えてしまう。


「あの……、フェリックス先生にとってクリスティーナはどのような存在ですか?」


 ミランダが尋ねる。

 どのような存在――。


「クリスティーナさんは、僕にとって大切な存在です」

「た、大切!?」


 フェリックスの答えにミランダが取り乱す。

 なにか勘違いされている。

 大切……、という言葉に反応しているから、恋愛感情があるとミランダに思われたかもしれない。

 言葉足らずだった。


「せ、生徒の一人として、ですよ!!」


 フェリックスは慌てて言葉を付け足す。

 取り乱していたミランダが、フェリックスの発言を聞き、ほっと安堵のため息をついている。


「そ、それならクリスティーナさんのお願い、お受けしようと思います」

「っ!」


 ミランダの答えに歓喜したフェリックスは、思わずソファから立ち上がり、ミランダの両手を包み込むように掴んだ。


「ありがとう! ミランダさん!!」

「っ!?」


 ミランダは目を丸くし、驚いた表情を浮かべていた。頬は赤く染まっている。


「そ、それでですね……」


 ミランダはフェリックスの顔をじっと見つめ、こういった。


「決闘に勝ったら、私のお願いをなんでも一つだけ、叶えて下さる?」と。



 決闘当日。

 決闘場に六名が集まった。

 クリスティーナの退学を願う、マイン、ドナトル、ルイゾンの三人組。

 それを阻止する、クリスティーナ、ミランダ、そしてヴィクトル。


「委員長はクリスティーナの味方するんだ」


 マインはヴィクトルに挑発する。


「何度も断ったのですが……、しつこく誘われまして」


 ヴィクトルは疲労の顔で、マインの問いに答える。

 どのくらいクリスティーナがしつこかったのか、それはヴィクトルの表情で察しがつく。


「さっさと始めてくださる? こんな決闘、わたくしたちの圧勝でしょ!!」


 高笑いをしながら、ミランダは相手の三名を挑発する。その瞳は冷徹で、格下であることを確信しているかのようだった。


「ミランダ先輩連れてくるとか……、下僕契約でもしたわけ?」

「そんなことしてないよ!!」


 マインの言葉をクリスティーナが否定する。

 通常のミランダだけを見ていたら、『下僕になります』くらい懇願しないと、協力してくれないと思うだろう。


「ミランダ先輩は学校に先輩の下僕、たくさんいるもん!! そんなお願いしても、なにも変わらないよ!!」

「……クリスティーナ?」


 クリスティーナの発言に、ミランダがたじろぐ。


「わたくしはクリスティーナさんにもっと魔法を教えたいから、協力していますの! 勝手なこと、言わないでくださる!?」


 仕方なく、ミランダは本心をこの場にいる皆に告げる。


「はい! お話はそこまでにして!」


 パンッとリドリーが手を叩く。

 いがみ合っていた二組の会話が止まる。


「さあ――、防御魔石に魔力を込めて下さい」


 リドリーが六人に防御魔法を渡す。

 クリスティーナはほんのり白く、ミランダは水色に、他の生徒はそれぞれの得意属性の色に光った。


「では、これから三対三の決闘を始めます!!」


 クリスティーナの在学がかかった決闘が始まる。

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