第35話
週が明けて月曜日の昼休み。俺は伊吹と一緒に屋上にいた。源と小雪から告白されて、俺の頭の中は混乱状態だった。小雪とはずっと仲良くやってきた。その小雪がまさか俺のことを好きだったとは夢にも思わなかった。欲も悪くも同じ部活の仲間だとしか見ていなかった。だが、改めてみると小雪は可愛い。趣味も合うし付き合ったら楽しそうだ。源はあの素直になれないところが可愛いと思う。付き合ったらデレまくる源が見られるのだろうか。
「わからん」
考えても考えても結論は出ない。だが、二人は返事を待ってくれている。できるだけ早く結論を出さないと。
「あのさ、実は晴彦に報告しておきたいことがあるんだけど」
「どうした?」
「湊に告白された」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。自分のことで頭がいっぱいだった俺は空耳でも聞いたのかと思った。
「なんだって?」
「だから、湊に告白された」
空耳じゃなかった。湊のやつ、伊吹に告ったのか。てか、湊の本命の相手って伊吹だったのか。
「良かったじゃないか。これでお前は勝ちヒロインだな」
「それが……」
伊吹は言いにくそうに俯く。俺はその様子に怪訝な表情を浮かべる。
「実は、湊の告白断ってて」
「なんで」
「うーん、なんか違うかなって思って」
どういうことだ。伊吹は湊のことが好きだったんじゃないのか。これまでやってきたことはなんだったのだ。
「だから晴彦に喜ばれるのもなんか嫌だなって」
「どういう意味だ」
「私さ、あんたのこと好きになっちゃったみたいなんだよね」
伊吹は頬を掻きながら静かに呟いた。
「晴彦が小雪ちゃんとデートするって聞いて、私、胸が痛んだ。自分でも信じられないけど、嫌だなって思ったの」
俺は反応に困る。源と小雪だけじゃなく、伊吹まで俺のことが好き? 信じられない。
「だからさ、私を勝ちヒロインにしてくれるなら、私と付き合ってよ」
真剣な表情で俺を見てくる伊吹。俺は頭がこんがらがって真顔になる。
「考えさせてくれ」
「今晴彦と疑似カップルやってるけど、本当のカップルになりたい」
伊吹が素直に自分の気持ちを告げることができるようになったのは喜ばしい。確かな成長だ。だが、今の俺にはそれを喜べる余裕はなかった。
「実はな伊吹」
俺はそう切り出すと伊吹以外にも二人から告白されていることを話した。
「なにそれ。あっぶなー。じゃあぎりぎりじゃん。私が滑りこんだの」
「まあそういうことになるな」
「でも、それなら晴彦は彼女持ちだね」
「いや、俺が付き合うって選択をするとは限らないだろ」
「何言ってるの。女の子が告白するなんてすごく勇気を振り絞ってるんだよ。誰かを選ばないと納得できないよ」
伊吹の言う通りだ。ここで誰も選ばないという選択だけはない。それは逃げだ。必ず三人から誰かを選ばなければならない。
「でもそっか、小雪ちゃん告白したんだ」
「なんで小雪だって」
「やっぱり小雪ちゃんなんだ」
「カマかけか」
俺は嵌められたと気づいたが手遅れだった。
「まあ見てればわかるよ。小雪ちゃんが晴彦のこと好きだって」
「そんなにわかりやすかったか」
「うん。小雪ちゃんが心開いてるの、晴彦だけだったし」
確かに俺は小雪の交友関係を把握していなかった。だからきっと俺の知らない小雪の交友関係があって、本命の男もそこにいると思い込んでいた。普通に考えればあの小雪に部活以外の人間関係があるとは思えない。俺がモテるはずがないという思い込みが、視野を狭めていた。
「じゃあちゃんと告白もしたし、この関係は解消だね」
伊吹はそう言うと立ち上がる。おしりを叩いて、埃を落とす。
「そうしてくれると助かるな」
「わかってるよ。私も戦うならフェアで戦いたいし。でも、晴彦って罪な男だよね。こんなに尽くしてもらったらさ、好きになっちゃうに決まってるじゃん」
「それは反省している」
俺はラブコメ作品で知っていたはずだった。恋愛相談に乗っているうちにそいつのことが好きになってしまうという事象があることを。どうして頭が回らなかったのか。伊吹、小雪、源の中で誰かが負けヒロインになることは確定してしまった。源はともかく、伊吹と小雪に関しては勝ちヒロインにすると言ったのに、責任を果たせないのは忍びない。俺が出しゃばりすぎたのだ。伊吹はあのまま湊のことが好きなら、俺が手出ししなくても報われたはずだった。それを俺が横からかっさらった形だ。
「私を勝ちヒロインにしてくれたら、これからも報酬は払い続けるよ」
報酬、すなわちお弁当のことだ。この昼休みの時間もとても楽しい時間だった。俺にとっては捨てがたい時間だ。
「ちゃんと真剣に考えてよね」
「わかってる」
俺はそう言うと立ち上がる。伊吹の後について屋上から出た。
教室に戻った俺は机に突っ伏すと頭を抱える。恋愛経験のない俺にとっては無理難題すぎる。三人の女子から告白された。いつから俺はこんなにモテるようになったんだ。俺は地味な存在のはずだった。目立たず、ひっそりと過ごすオタクのはずだった。
伊吹は俺の影響で野球とアニメにはまった。あいつが順応能力のあることは理解できた。付き合ってもなんだかんだ楽しくやっていけることだろう。
小雪は大切な仲間だ。趣味も凄く合うし、あいつが頑張ってると応援してやりたくなる。付き合ったらどうなるかあまり想像できない。
源は相いれない存在だ。俺とは違う陽キャ女子で、付き合ったら俺の知らない一面を見せてくれそうな気がする。
三者三様、みんなそれぞれ魅力となる部分を持っている。
「恋愛って難しいんだな」
誰かを選ぶということは誰かを切り捨てるということだ。選ばれなかったヒロインは、涙にくれることになる。俺は常々、ラブコメ作品の負けヒロインに同情してきた。俺なら負けヒロインを幸せにするという気持ちもあった。だが、今はたったひとりの勝ちヒロインを選ばなければならない。その重要な責任が重くのしかかっている。
誰かと付き合うということは、誰かを傷つける覚悟をすることだ。今まで恋愛なんてせずにのうのうと生きてきた俺にとっては、非常に難題だった。
そんなことを考えている間に午後の授業は終わってしまった。
放課後になり、俺は部室へ向かう。小雪とはあの告白以来初めて顔を合わせる。
引き戸を開け、中に入る。既に小雪がいて、俺の顔を見るとうっすらと頬を赤く染める。
「お、おす」
「おす」
互いにぎこちない挨拶を交わし席に着く。小雪もかなり意識しているようで、俺をちらちらと見てくる。恋愛を意識するだけで、いつもみたいに気軽に小雪に話せない。気まずい空気が流れる中、伊吹が顔を見せる。
「おはようー。あれ、二人ともどうしたの」
伊吹はぎこちない俺たちの様子に気付き、目を瞬かせる。
「あ、そうだ。小雪ちゃん。言っておきたいことがあるんだけど」
伊吹はそう前置きすると咳払いする。
「私、晴彦に告ったから」
「えっ……」
小雪が絶句する。俺は驚いて声を上げそうになった。まさか伊吹がそのことを話題に出すなんて思わなかった。
「ごめんね。小雪ちゃん。小雪ちゃんが晴彦のこと好きなのはわかってたんだけど、私も好きになっちゃった」
「そっか……」
小雪は少しだけ俯くと、すぐに顔を上げる。
「そ、それは別にいい。むしろ、私の好きな人がモテる人だってわかって、ちょっと嬉しい」
小雪が微笑む。それは小雪なりの強がりだろう。本音はライバルが増えて気が気じゃないはずだ。
「ライバルだね、私たち」
「う、うん。負けない」
女子たちが火花を散らす横で、俺は肩身の狭い思いをする。
「じゃあ活動を始めよう」
「わ、私は絵を描いてる」
小雪はそう言うと、席に座った。
「もしかして晴彦を描くの?」
「う、うん」
「じゃあ私も描こうっと。晴彦はモデルやってよ」
いきなりモデルを依頼され、俺は呆ける。小雪は同人誌を作る目標があるから絵の練習をするのはわかるが、伊吹はなんでだ。
「どっちが上手く描けるか勝負だね」
「ま、負けない」
伊吹、絵なんか描けるのか。俺はとにかくモデルをしなきゃいけないということで、文庫本を取り出した。
「ラノベ読んでるから、好きに描いてくれ」
「わ、わかった」
そんなわけで俺はラノベに視線を落とし、伊吹と小雪はその様子を描くことになった。
人に見られるというのはなかなかに緊張する。あまり本に集中できない。だが、モデルをしている以上、同じポーズをとり続ける必要がある。俺は文庫本に視線を落としたまま、ゆっくりと読み進めていく。伊吹と小雪が俺を見ながら黙々と絵を描いていく。
小一時間ほど過ぎた頃、二人は同時に声を上げた。
「「できた」」
ようやく肩の力が抜ける。俺はぐったりと机に突っ伏すと、頭を掻いた。
「じゃーん」
伊吹が自信満々に俺に見せてくる。綺麗にデッサンできている。俺の特徴をしっかり掴み、丁寧に仕上げている。伊吹が美術が得意というのは知らなかった。
「どうよ」
「上手いな」
素直に認める。俺が描いてもここまで忠実に再現はできないだろう。
「わ、私のも見て」
小雪がそう言って絵を見せてくる。小雪の絵は伊吹とは違い、漫画ちっくな絵だった。だが、俺の特徴をしっかりと捉えデフォルメしている。絵のジャンルが違うから甲乙つけがたい。あとは完全に俺の独断と偏見によるものだ。
「さあ、どっちの絵が好き」
伊吹が前のめりになって聞いてくる。これは答えなきゃ拗ねるやつだよな。俺は溜め息を吐きながら、小雪の絵を指さした。
「俺は小雪の絵が好きだ。漫画っぽいのがいいし、俺が漫画の登場人物になった感じがしていい」
「よ、よし」
小雪が小さくガッツポーズを作る。
「ただ、伊吹の絵も凄く上手いと思う。上手さでいったら伊吹かもな」
「そういう慰めはいらないよ」
伊吹は悔しそうに唇を噛む。こんな些細なことでも選ばれなかったという悔しさが残るのだろう。
あくまで俺の個人的意見だから、他の人が見たら伊吹の絵が選ばれるかもしれない。
だが、それでは意味がないのだろう。
「まあ小雪は同人誌作るのが目標だし、人の心を掴む絵を描くのが得意なんだよ」
「嘘嘘冗談。そんなに落ち込んでないから気にしないで」
伊吹は笑顔を作ると顔の前で手を振る。
やはり、この二人といるのは楽しい。何気ない日常だが、こんなにも楽しく映る。俺の中で一つの結論が出た。
俺はスマホを取り出すと、メッセージをしたためた。
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