第31話
土曜日がやってきた。俺たちは野球の試合の為に東岸和田駅に集合する。今日の試合会場は少し距離があり、バスで行く必要がある。
「おー来た来た。今日はよろしくな」
湊が俺を見つけると、手をあげてこまねく。俺、伊吹、小雪、源、湊、それから残り四人は野球部からの助っ人だ。
「ポジションについて話しておくか」
俺たちはバスを待つ間、ポジション決めを行う。
「ピッチャーは湊、キャッチャーは俺。ファーストは玉木、セカンドは広瀬、サードは黒川、ショートは源口、レフト、小雪、センター源、ライト伊吹」
俺はポジションを発表すると手を叩く。
野球部の連中を内野に固める作戦だ。湊の球で外野まで飛ばされたらしかたがない。そうさせないように俺が配球する。
野球部の広瀬から質問が入る。
「キャッチャー椋木ってできるのか。湊の球速いぞ」
「お遊びだからな。湊も加減するだろ」
「何冗談言ってるんだ、お前」
湊が呆れたように言う。
「俺に手加減なんて器用な真似できると思ってるのか」
できないだろうな。湊はどこまでも猪突猛進な性格をしている。いつだって全力全快なのだ。俺は苦笑すると到着したバスに乗り来んだ。バスは山手に向かって走り出す。隣町の人間がどれほどのものかは知らないが、湊の球を打てるやつはそうはいないだろう。
「ねえねえ、なんで私外野なの?」
伊吹が質問してくる。
「外野は一番走らなければいけないポジションだが、女子に内野はきついって判断だ」
「どうして」
「内野はきつい打球が飛んでくることが多い。怪我させるわけにはいかないからな」
「ふーん。一応気遣ってくれたんだ」
「当たり前だろ」
「そっか」
伊吹は上機嫌になると、鼻歌を歌う。その鼻歌がアニソンで俺は思わず頬が緩む。
バスに揺られること三十分、目的地の白原で下車する。白原は峠の上で、家の数も少ない。坂をしばらく下ると、グラウンドが見えてくる。今日の目的地、白原グラウンドだ。既に相手チームは車で集合していた。遅れてグラウンドに入った俺たちは早速アップを始める。久しぶりの運動ということもあり、俺も念入りにアップを行う。
「小雪ちゃん、体固いね」
「いだだだだ……」
小雪の柔軟を手伝っていた伊吹が苦笑を漏らす。小雪の運動神経の悪さを考えれば、体が硬いのも納得だ。アップを終えた俺は防具をつけ、湊を誘う。湊も準備ができたようで、投球練習を始める。最初は軽い立ち投げから、徐々に体を慣らしていく。
「座っていいぞ」
湊に言われ、俺は頷き座る。湊が振りかぶり、勢いよくボールを投げてくる。小気味のいい音がミットから響き、相手チームが注目する。
「速い」
相手チームのメンバーが湊のボールにびびっている。湊はクオリティの高いピッチャーだ。調子が良ければ強豪校だって抑えて見せる。
「す、凄い」
小雪が俺たちの投球練習を見て目を丸くする。まあ湊のボールを見れば、全員同じ感想を抱くだろう。
投球練習を終えた俺がベンチに戻ると、小雪が話しかけてくる。
「む、椋木。凄いな」
「ああ、湊は凄いだろ。高一であれだけ速いボールを投げられるやつもそういない」
「そうじゃない。お前だお前」
「俺?」
「あんな速いボールを取れるなんて、凄い」
小雪が鼻を鳴らしながら言う。
「ああ、びっくりしたぜ。まさか湊の全力を取れるとは」
野球部の広瀬が割って入ってくる。
「当たり前だろ。中学までバッテリー組んでたんだから」
湊がそう言うと全員固まる。そして同時に俺を見た。
「む、椋木、野球やってたのか?」
小雪が恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「まあな。小学生からやってた」
「なんでやめたの?」
「運動づけの毎日に飽きたから」
俺は湊のボールを取れるがそれだけだ。特別バッティングが優れているわけでもなかったし、特別な才能があったわけじゃない。だからこれ以上野球を続けても得られるものがないと判断した。
「でも俺はもう一度お前とバッテリー組めるの嬉しいぜ」
湊が快活に笑う。源に知られた秘密というのはこれだ。俺が野球をしていたこと。知られるとどうして野球をやめたのだとかいろいろ聞かれると面倒くさいから黙っていた。知られて困るようなことでもないから源の脅しはまったくきかなかったが。
「晴彦、野球経験者なんだ」
伊吹も驚いたように言う。
「どうりで鍛え上げられた体だと思ったよ」
確かに普通の高校生よりは筋肉は発達している。野球をやっていた時の名残で、一応トレーニングは欠かさず続けているからな。
試合時間が迫り、俺たちは整列する。審判は相手チームが手配してくれている。互いに礼をして、最初のイニングの守備に俺たちは散らばっていく。
投球練習を数球続け、試合が始まる。サインを送り、湊が頷く。湊が振りかぶり、第一球を投じる。
見逃しストライク。一球目はインコースの直球。湊の球威でインコースを見せられたら、並みのバッターなら腰を引く。あとは外角にボールを要求するだけの簡単なお仕事だ。最初のバッターを空振り三振に打ち取った俺たちは、その勢いのまま三者凡退に抑える。
「進化してるな、お前」
ベンチに戻った俺は湊とコミュニケーションを取る。高校に入ってから湊のボールを受けるのは初めてだが、球威もキレも中学時代とは比にならないぐらい進化していた。
「加減はしないからな」
「わかってるよ」
うちのオーダーは一番から五番を野球部のメンバーで固めている。四番は湊だ。俺は六番に待機している。初回のうちの攻撃は先頭打者がフォアボールで出塁し、送りバントで得点圏にランナーを進めた。三番打者はショートゴロに終わり、四番の湊。
「湊って四番なんだ」
「一年生の中じゃダントツで打力があるらしいぞ」
「投げてもエースで打っても四番だなんて、漫画の主人公みたいだね」
伊吹が感心したように言う。そうだ。尚且つイケメンだからな。天はいったいいくつ湊に才能を与えれば気が済むのか。
湊がクリーンヒットを飛ばす。長打だ。やはり相手チームのレベルのピッチャーなら湊は打つだろう。セカンドベース上でガッツポーズをする湊。ベンチから伊吹が「調子乗んなー」と声を出す。そこは褒めておけよ。そういうところだぞ、伊吹がいまひとつヒロインになれないのは。
五番打者がフォアボールで歩き、俺の出番が回ってくる。
俺は打力に自信がある方じゃないが、この程度のピッチャーならなんとかなる。狙いを済まし、打球をはじき返す。綺麗なピッチャー返しでセンターに抜ける。二塁から湊が爆走し、一気にホームに帰ってくる。二点目を奪った俺たちはおおいに盛り上がった。
結局初回は二点のリードを奪い攻撃を終える。立ち上がりにしては上々だろう。
二回の守備。湊の快進撃は止まらない。相手バッターは全員踏み込むことをさせてもらえない。湊のボールの威力は凄まじく唸りをあげている。
「よっしゃ、三者三振!」
湊がマウンド上で吠えると、ベンチに気分よく戻ってくる。このイニングの攻撃は期待できないだろう。女子三人だから、自動アウトだ。
「今、自動アウトだって思ったでしょ」
伊吹が不満そうに唇を尖らせる。
「私だって練習してきたんだから」
そう言って伊吹が打席に向かう。確かに伊吹ならあの程度のピッチャーならヒットを打つかもしれない。そう思ってみていると、伊吹は初球を完璧にとらえた。だが、打球はサードの正面に飛び、ライナーで捕球された。
伊吹が悔しそうにバットを叩きつける。
「惜しかったな。次は打てるさ」
「次は打つし」
伊吹は唇を尖らせながら砂を蹴った。
小雪はバットを振ることができず、見逃し三振に終わる。
それから試合は順調に消化していく。湊は絶好調で打たれる気配がない。八回まで衰えを見せず、外野に一球も飛ばさせることなく抑えていく。そもそもほとんどバットに当てさせない。相手チームは草野球レベルだから、超高校級の湊のボールに対応できないのだ。
そうして迎えた最終回。この回を抑えればパーフェクトだ。あっさりと二人のバッターを抑え、最後のバッターが打席に向かう。
そうして投じられたボールを今日初めて踏み込んで打たれる。打球は上がり外野に飛ぶ。ライトだ。伊吹が必死でボールを追う。そして落下地点に入り手を挙げた。ボールは伊吹のミットに収まり、試合が終わる。
「伊吹取ったぞ」
湊が驚いたように言う。平凡な外野フライとはいえ、ノックもしたことがない女子高生が捕球するというのはなかなか難しい。だが、最後は伊吹のファインプレーで湊のパーフェクトが達成される。草野球なので参考記録だが。試合結果は三対ゼロ。俺たちの勝利だ。整列して礼をすると、俺たちはベンチに戻る。
「さすがは湊だぜ。絶好調だったな」
野球部の広瀬が湊の左肩を叩く。
「いや、やっぱり相棒が最高だったからだよ」
そう言って俺を見る。湊が何を言いたいのかはわかっている。
「野球部、戻って来いよ」
「断る」
「あら。即答ですか」
「俺にはいろいろやることがあるからな。野球はたまにこうやって遊ぶのが一番いい」
俺はもう野球に未練はない。今はアニメ研究部の部長としてやることがまだまだたくさんある。
ベンチに戻ってきた伊吹を労う。
「大活躍だったじゃないか伊吹」
「えっへん。どんなもんだ」
伊吹の今日の活躍は四打数一安打だ。ちゃんとヒットを打ったのである。ヒットを打った時の伊吹の喜びようは凄まじかった。塁上で飛び跳ね、全身で喜びを体現していた。
最後のナイスキャッチといい、伊吹は十分に活躍したといえる。
「えっと、みんあありがとう」
唐突に、源がみんなの前で頭を下げる。源としても断れなかった案件だ。それはしかたない。
「楽しかったぜ」
湊がそう言って笑顔を向ける。顔を上げた源は苦笑すると、もう一度頭を下げた。
「打ち上げ行こうぜ」
野球部の広瀬がそう提案し、全員が賛同する。
「なあ、む、椋木」
そんな中、小雪がこっそりと俺に声をかけてくる。
「や、約束のデートだけど」
「あー、いつ行く?」
「あ、明日とか空いてるか?」
「空いてるぞ」
「じゃ、じゃあ、明日で」
小声でそう言うと、小雪は逃げるように立ち去っていく。
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