スリーピングビューティー “剣術に全てを捧げたこの俺のスキルが魔法使いだと??”

鰺屋華袋

第1話 プロローグ

 西暦2055年10月11日 


 その日、世界有数の総合IT企業「神授の果実フルーツオブライフ」社CEO、グリッソム・G・グリーンはある記者会見を行なった。


 その日の記者会見は端的に言えば『一つのゲームタイトルを発表した』に過ぎない……


 しかし……そのニュースはゲームを愛好するヘビーユーザーのみに留まらず、普段全くゲームに興味を示す事のない人々まで……“狂騒と波乱”の渦に叩き込む結果となる。


――――――――――



 映像記録 No.11


GゴッドOオブDデスティニー 発表記者会見


 ― ⏯ ―


『グリーンCEO……? つまりそれは、このゲームにおけるエンドコンテンツ“運命の神G.O.D”を倒したプレイヤーの要求に対して……貴方が叶える事の出来るの要求に応える……という事ですか?』


『私の話を聞いてたのかね? もしそうなら……その質問は、アメリカ最古の歴史を持つテレビ局NBCの記者としては、少々なのではないかね?』


『グッ……しかし』


『まあまあ……では、うちのCEOの説明では分かりにくかった人の為にもう一度簡単に説明しましょう。このアプリの特徴は付属の機器によってVRMMO──つまり完全にゲーム世界に没入してプレイ出来る点ですが──まぁは単にIT技術が革新したに過ぎず、このゲームの本質ではありません。このゲームの本当の狙いは……現実世界に存在する、制作されたという事です』


『なるほど、それが先程紹介された……コールドスリープで眠っているというCEOの令嬢の事……ですね?』


『正確には極低体温状態保持における低位活動状態ローアクティベート睡眠スリープ……です。詳細は明かせませんが、彼女は現時点でほぼ全ての体組織活動を鈍化させる事により、


「確かに……現在治療法の確立されていない患者に対してコールドスリープを施した例は稀にだが存在していますが……なぜコールドスリープではなく低位活動状態保持(ローアクティベートスリープ)なのですか?」」


「それは……。今、彼女は世界のあらゆる医療機関、研究機関において根治不可能と判定された病に侵されています。このゲームのは……それ自体は[VRMMORPG(没入型大規模多人数同時参加ゲーム)]であると同時に、彼女の病を治療する方法を見つけ出す為に“世界中の人々の力を持ち寄る事”を主眼に開発された[分散型グリッド演算コンピューティング装置アプリ]である事なのです!』


『その説明は先程伺いましたが……何故ゲームのクリアが彼女の命を救う事になるのでしょうか? そこが今ひとつ我々には理解し難いのですが……』


『……我々は、彼女の病状を現時点で可能なあらゆる機器を用いて徹底的に解析し、その情報を我が社の誇る次世代型AIシミュレータ“パナケイアシステム癒しの女神”によってリアルタイムシュミレートしています。簡単に言うと……このゲームにおけるエンドコンテンツの撃破とは、事に他なりません。具体的には彼女の身体の状態を擬似的に“ゲームの世界”としてシュミレートし、病状を改善する事を阻む事象を、ゲーム世界におけるエネミー怪物クエスト冒険に変換する事で……[その莫大な“集合知”を治療のリソースに変換する]事を可能としたのです!』


『そんな事が……ちょっと待って下さい?? つまり、御社はCEOの資産をにして……彼女たった一人の為に“世界中の人々の能力”をすると?』


『だからなんだと言うのかね……』


――――――――――


「よおれん! お前またグリーンの記者会見動画見てんのかよ……何度見たって明日にならねぇとGゴッドOオブDデスティニーはプレイ出来ねぇぞ」


 突然……俺が見ていたスマホの画面に焼きそばパンを持った手が割り込み、イヤホンの音量をかき消す声が屋上に響き渡る。


「うるせぇよ陽翔はると……そんな事は分かってんだよ。俺はプレイヤーになる前に少しでも有力な情報を集めようとだな……」


「分かった分かった。ほら……優しい親友がお前の為に昼飯を仕入れて来てやったぞ」


 俺は昼飯より動画を見ていたかったんだが……まあいい、どうせここからはグリーンに記者達がくだらない倫理観を押し付けて批判を展開するだけだ。


「それにしても……凄えなよな。グリーンはもしG.O.Dがクリア出来たら自分に出来る事ならなんでもしてくれるって言ってんだろ? お前……あの人の総資産が幾らか知ってるか?」


 昼休みの校舎の屋上で……おれはパンを齧りながらFフルーツOオブLライフ社の株価を思い浮かべた。


「ああ……確か今は日本円で195兆円くらいだったか? 流石12年連続で世界長者番付で一位なだけはあるな」


 確か、あの12年前の記者会見以来……神授の果実フルーツオブライフ社の株価は上がり続けている筈だ。あの会見を見る前にほんの僅かでもFOLの株を買った奴等なんて今頃は悠々自適なリタイア生活をしている事だろう。


「まあ……俺の目的は金じゃねぇけどな」


「………すまねぇ……凛ちゃんの具合……どうなんだ?」


「ああ……気にすんな。今の所は落ち着いてるし、今すぐって訳じゃねえよ」

 

 俺は自宅で安静にしている妹の顔を思い浮かべた。多分……幼馴染である陽翔も……


「しかし……お前は凄えよ。いくら凛ちゃんが難病だからって……G・O・Dをクリアして凛ちゃんの難病をFOL社になんてよ」


「ああ……その為に子供の頃から爺ちゃんに剣術と組み討ち術を叩き込んで貰ったんだ。今日帰ればG・O・Dのヘッドギアも届いている筈だし、0:00を過ぎれば俺は晴れて18歳だからアプリへの登録も解禁される。見てろよ陽翔……俺は必ず運命の神G.O.Dを倒す」


「おう頑張れよ! まぁ俺も再来月には追っかけるから……お前がグズグズしてたら凛ちゃんを助けるのは俺になるかもしんねぇけどな。もしそうなったら……凛ちゃん俺の事……(;´Д`)ハァハァ」


「てめぇ……変な想像すんじゃねぇよ!!」


――――――――――


 屋上で陽翔と共に昼飯を食ってから……午後の授業を受けてホームルームが終わった瞬間、俺は教室を飛び出し、自宅に向かって愛用のクロスバイク自転車を全速力で飛ばした。


「ただいま……じいちゃん、俺宛てに荷物届いてねえ?」


 急ブレーキで土埃を上げながら……築100年は経っている古民家ボロ家の庭に自転車を停める


「おう……そう言えばなんか届いとったな、受け取ってからキッチンのテーブルに置いといたぞ。しかし……お前ももう18だろう? もう少し落ち着いて行動できんのか?」


 呆れ顔で俺を迎えてくれたのは、藤堂流古武術一九代目当主、藤堂弥八郎俺の祖父だ。作務衣姿にジョウロを持ってる所を見ると趣味の家庭菜園と盆栽の世話をしていたらしい。


「ありがとう爺ちゃん。凛の様子は?」


「今日は気分が良いようじゃ。お前が帰って来たら勉強の続きを教えてほしいと言っておったぞ」


「分かった!」


 俺は呆れ顔の爺ちゃんを庭に残してキッチンに駆け込むと……テーブルのG・O・D専用VRヘッドギアが収められたダンボールを引っ掴んで、凛の部屋に急いだ。


「凛! 今帰ったぞ。開けていいか?」


 凛の部屋のドアを数回叩いて俺はドアを開け……


「馬鹿お兄ぃ!! 返事の前にドアを開けるな!!」


 開いたドアの隙間に向かって……目覚まし時計が結構な勢いで飛んで来た!


「おっと……すまん。着換え中だったか?」


 俺は目覚まし時計を受け止め、部屋の中から慌てて視線を外したが……


「もう……着換えなんかしてないけど……返事の前に開けるのは普通にマナー違反だから!」


「……悪かったよ。それにしてもはやり過ぎだぞ?」


 俺はベッドの上でカーディガンを羽織った妹に目覚まし時計を返しながら謝罪した。ああ、確かにいつもより顔色は良いみたいだな。


「お兄ぃにはどうせ当たんないじゃん……それより……その手に持ってるのって」


「そうだ!! とうとうG・O・Dのヘッドセットが届いたんだ! 見てろよ凛……絶対に俺がクリアしてやるからな!」


「はいはい……頑張ってね。それより勉強の続き教えて欲しいんだけど?」


――――――――――


 どうにも冷めた妹に通信講座では分からなかったという数学の問題を教えた後……俺達は爺ちゃんと共に夕食を済ませ、それぞれの部屋に引っ込んだ。それからの俺は、ここ数年、G・O・Dについて研究した事を纏めたデータを改めて見返しながら0:00になるのをじっと待ち……


「さあ……いよいよだぞ」


 部屋に掛けられた時計の秒針が真上を指した瞬間、俺はスタンバイしていたヘッドギアを被り……ギアの稼働スイッチを押した。

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スリーピングビューティー “剣術に全てを捧げたこの俺のスキルが魔法使いだと??” 鰺屋華袋 @ajiya

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