(青信号) => とおりゃんせ;
「はーい、次は物理実験室移動ですよー」
休み時間に、とおりちゃんが教室のみんなへそう声をかける。教室は絶妙に騒がしくならないくらいの密度で、ゾロゾロとクラスメイトが扉に集まった。
「あ、行かないとか」
「そうですね。続きは後にしましょう」
わたしとうさぎちゃんも席を立ち、列のいちばん後ろに加わる。いつもは真ん中らへんでさっさと行ってしまうんだけど、今日はうさぎちゃんと前の授業で分からなかったところを相談していたらワンテンポ遅くなった。
ので、とおりちゃんが教室の電気を消すところに立ち合うこととなった。せっかくだし、ということで彼女を待ってみる。
「ん、どーしました?」
「あぁいや。せっかくだし、一緒に行こ」
「ども」
そんな軽い会話で、わたしたち3人も廊下を進んだ。物理実験室は教室が入っている棟のお隣、特別教室棟の1階にある。だらんと間隔の開いた列は『棟を渡ってから1階に下りる派』と『1階に下りてから棟を渡る派』に分裂していく。わたしたち――を先導するとおりちゃんが選んだのは前者だった。
「学級委員って、大変?」
「えー? どーしました急にー」
「いやさ、学級委員ってけっこうやること多いよなーって」
学級委員の仕事は多岐に渡る。黒板のリセットとか、今みたいな教室の照明とかのちょっとしたことから、ロングホームルームでの司会とかまで色々。「困ったときの学級委員」ってクラスじゃよく呼ばれてるけど、実際クラス内でとおりちゃんは何でも屋って感じだ。
「そーですかねー。別に、手が空いてるからやってるだけですよー」
「ですが、お昼休みもよくお仕事している気がします。とおりさんがもし学校をお休みしたらA組は回らなくなりそうですね」
「ね。A組のママだ」
「なはは、やめてくださいよー」
「でもちゃんと休んでる?」
「心配に及ばずですよー。休むところでは休んでますから」
「お休みの日は、何かされてるんですか?」
「んー、スケートボードですかね。家の近くにスケートパークがあるんですよ」
「へぇ意外。けっこうアクティブな趣味だ」
「スケート……! 楽しそうですね。わたし、やったことなくて」
「まースケートボードって、基本パークの中以外は走行禁止ですからねー。おまけにパークも毎回使用料かかるし。お金のかかる趣味ですよ」
でも楽しいですけどねー、ととおりちゃんが笑う。そんな雑談をしながら渡り廊下を進んでいると、反対側からソフィア先生が歩いてきていた。真面目に『廊下は走らない』を守っているけれど、心なしかせかせか早歩気味に見える。
それに気付いたとおりちゃんは、わたしたちに「ちょっとごめんなさいねー」と断ってささっとソフィア先生のもとへ。
「先生どうしましたー?」
「雪愛さん。実は用意していた実験器具の調整が必要になり」
「なるほどですー。狐森先生のところ行くんですかねー?」
「はい。授業開始を少々遅らせます。修正したものをストレージに配置しますので、そちらをダウンロードするよう周知お願いします」
「承知ですー」
直後にピロン、と頭の中で通知が鳴った。とおりちゃんが〈ImagineTalk〉のクラスチャットにさっきの話を上げた音だった。
「仕事が早いですね」
「流石は学級委員」
「いやーそれほどでもないですよ」
「でもさ、クラスでいちばん人のこと見てるのはとおりちゃんだと思うよ。何でも気付くじゃん」
「その気配り上手さが、学級委員に選ばれたんですね。きっと」
「そうですかね? わたし的にはどちらかっていうと……学級委員になったから、周りを見るようになったって感じですけどねー」
「あれ、立候補で委員なったんじゃないっけ」
「最初は推薦ですよー。それ受けて、じゃあやりますからの信任投票」
「あー、そうだった」
だいたいの学校もそうかもしれないけど、うちのクラスの委員決めは投票制だった。で、これまただいたいそうかもしれないけど、学級委員ってのは中々立候補するような人がいなかったわけだ。それで一度推薦を挟んだら、とおりちゃんが圧倒的な支持を得た。
だんだん思い出してきたぞ。確か、そもそもこの推薦を提案したのがとおりちゃんだったような。圧倒的支持の理由は「そうクラスを仕切れるならもうあなたが学級委員じゃん」ってみんなが思ったからだ。
「んー、鶏が先か卵が先かっていうか……」
「はい。みんなから推薦されたとはいえ『やります』って言えるのは、すごいと思います」
「今日はやたらと褒めてきますねー? 別に、わたしが辞退しても絶対誰も手が上がらないじゃないですか」
「そう考えて動けるのが、とおりちゃんらしいよ」
わたしがそう言うと、とおりちゃんは一瞬だけ目をパチクリさせたあと、ふっと力を抜いたように笑った。
「なはは。じゃあ、性分ってやつですかねー」
ちょうどそのタイミングで、わたしたちは物理実験室の前にたどり着いた。先に来ていたクラスメイトたちは特に混乱もなく、それぞれ準備を始めていた。
「じゃ、入りましょっか」
とおりちゃんはそう言うと自然な動きでわたしたちを先に通し、最後にもう一度、廊下の向こうを確認してから最終入室者となって扉を閉めた。
つつがなく、わたしたちの学校生活は動き続ける。その『何事もなさ』の裏には、わたしたちをよく見ている静かなリーダーがいる。
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