あいのことば

 のんびりとした午後のひととき。そのお供はやっぱりコーヒーだ。自慢じゃないけど、わたしの家にはコーヒーミルがある。なので出角家に出てくるコーヒーはだいたい自分でドリップしたやつ。

 挽かれた豆をフィルターに入れて、まずは少しだけお湯を入れて蒸らす。この工程は大事なのだ。そうしたら円を描くようにそーっとお湯を注いでいけば、下に置いたコーヒーサーバーへポトポトと黒い液体が落ちていく。この雫を眺めるときが、いちばん『休日』してるなぁっていう気持ちになれる。

 さて、お湯は一度で全部注ぎきらないのもポイントだ。2回目の注ぎを終えて再び待つ――と、その時。インターホンが鳴った。


「マジか……」


 ただいまお母さんは外出中。つまり家にはわたしひとり。これはとてもマズい状況だ。だってまだコーヒーの抽出が終わってない!

 お客さんか、コーヒーか……もう1回インターホン。抽出は変わらずゆっくりゆっくりと進んでいく。このゆっくりさがドリップコーヒーの醍醐味だいごみなんだけどもね! どうしよう、この場から〈ブレインネット〉で遠隔応対できればいいのに。しかし我が家はそんなハイテク高級マンションじゃなかった。ぐぬぬ……仕方ない、爆速でインターホン受けて3回目のお湯注ぎしてから玄関行こう!

 2回目のお湯がまだ3回目注ぎラインまで下がっていないのを確認して、わたしはポットを持ったままインターホンへ駆けた。


「――はぁい!」

『にゃっほーっ、ゆかぴ♪』

「しのぶちゃん!? なんでここに――でも良かったぁしのぶちゃんか! ごめんちょっと待ってね!」

『にゃ、にゃっ?』


 あぁ、これなら安心して最後まで抽出ができる。わたしは急いでキッチンへ戻って、そーっと3回目のお湯を回し入れた。丁寧に丁寧に、最後の1滴までちゃんと見届けた。


◆◆◆


「ごめんしのぶちゃん、ちょっと、いやけっこう放ったらかしにしちゃって……」

「にゃははー……よかった忘れられてなかった」

「それで、なんで東京に?」

「んー、ちょっとした用事かな。でもそれはもう終わったし、せっかくだからゆかぴとデートしようかなって♡」

「デート? まぁいいけど、コーヒー淹れちゃったなー……じゃあ、おうちデートってことにする?」

「にゃはっ! 上がっていいの?」

「いいよ。しのぶちゃんの分も淹れるね」


 そういうわけで、再びのコーヒー抽出タイム。もちろんミルで豆挽くところからです。せっかくのお客人は再び放置されることになった。ごめんね。

 でもその分、待った甲斐があるような渾身の1杯を作ったからね! ってリビングに戻ったけど、しのぶちゃんの姿が見当たらなかった。


「お待たせー……って、あれ?」


 白いレースカーテンがゆらゆら揺れている。もしかしてベランダに? そう思って窓の外を覗いたら、しのぶちゃん……の隣に大きなドローンがいた。配送ドローンとは全然違う、見たことない形だ。


「えっと……しのぶ、ちゃーん……?」

「あっゆかぴ。ごめんね、ちょっとお話してたの」

「お話?」

『ナイショ話だよーん☆ ハローハローゆかりちゃん』

「あー……もしかして、しのぶちゃん家のロボット?」

『あたり! どの個体かまでは当てなくていいよ、意味のないことだし』

「?」


 家事ロボットのはずなのに……でもあの『山登り』の時にわたしたちの運搬ロボットを乗っ取られちゃったし、この中にいるAIとやらは好きに身体を入れ替えられるのかな。


「AI……なんだよね、本当に?」

『AIだよ。キミが想像してるAIとは違うだろうけど』

「違う?」

「にゃは、彼らはすこーし特別なAIなの」

「特別ねー……」


 考えてみれば、そもそもAIってものがなんなのかすら、わたしはよく分かっていないかも。わたしがあまりその辺に興味ないからってのもあるかもしれないけど、情報の教科書にもAIの話はあんまり出てこない。


 知ってることといえば、コンピューターが人間より賢くなる時代はまだまだ先ってこと。教科書にはそう載っていて、なかなか革新的な技術が生まれないにいるんだとかなんとか。でも……。


『なんか気になるって顔してるじゃんね。ボクの顔なんか付いてる?』

「顔どこよ。なーんていうか……その子、普通にわたしたちと会話してるなって」

「にゃは、お話が上手いAIなの。それでゆかぴ、コーヒーを――」

『まーねー。でもこれくらいは普通でしょ? その辺の店員ロボットもこんなんだって』

「えっと、コーヒー――」

「そうかな……でもなんか違う感じがして。店員ロボットはこんなに面白くないよ」

『褒めてる? これボクのこと褒めてる?』

「褒めた。どうなってるのか不思議」

『でしょでしょー。でも残念だけど不思議は不思議のままにしといてね。謎パワーってことで』

「謎パワーって……」

「ふたりともーっ! アタシはコーヒー飲みたいんだけどーっ!」

『「あ、ごめん」』


 お客人、3度目の放置。本当にごめん。


 ようやくわたしとしのぶはリビングに戻り、デーブルを囲んでコーヒータイム。幸いにしてまだ湯気は上っていた。


「にゃっは〜〜♡ ゆかぴコーヒー淹れるの上手っ☆」

「ふふっ、ありがと」

『いいなー! やっぱり味覚センサーの実装を検討するべきかな? でもレイチェルにバレたら怒られるナー』

「飲みたいの、コーヒー……?」


 わたしはコーヒーをすすりながら、ベランダに未だ停泊しているドローンを見た。


 AIに関する話は、狐森先生の授業でもあまり出てこない。いつも面白いよもやま話を挟み込んでくる先生も、AIだけは教科書と同じ話しかしてくれない。


 なんなんだろう、AIって。そう思いながらわたしは再びコーヒーをすすった。

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