ユア・オンリー・ロンリー

「お風呂沸いたよー」


 夕食後、うさぎちゃんとわたしの部屋でくつろいでいたらお母さんにそう声をかけられた。


「はーい」

「お風呂の順番、どうしますか?」

「んー……一緒に入る?」

「なっ、なななな!? ゆかりさん何を言ってるんですか!?」

「だって、しのぶちゃん家でも入ったじゃん」

「その時とは事情が色々違うじゃないですか! だいいち、しのぶさんの家のお風呂はとても広かったからみんなで入れたわけで……!」

「えー、うちのお風呂もギリ行けるよね? お母さん」

「イケんじゃない? 残り湯とか気にしなくていいよ」

「ゆかりさんママまでっ……! なら、なら良いんですね? どうなっても知りませんよ! ギューってくっついちゃいますよ!」


 そういうわけで。


 いつもは1人で足を伸ばしている湯舟の中で、わたしはうさぎちゃんを前に置いてお風呂に浸かった。古の言葉でいうところのあすなろ抱きみたいな体勢だ。わたしの足の間に収まったうさぎちゃんの身体は小さく体育座りしていて、白黒のサイボーグ脚が膝だけお湯の上に出て島を作っている。


「思ってたより狭かったかも。大丈夫だようさぎちゃん、もっと広く使っちゃって」

「……」

「うさぎちゃん?」


 お部屋でのテンションはどこへやら、うさぎちゃんは脱衣所に入ってからずっとうつむいて静かだ。どうしたのかなーって顔を覗き込もうとしたら、不意にうさぎちゃんはコテンとわたしの肩まで頭を動かした。


「……出角家は極悪一家です。ゆかりさんも、ゆかりさんママも、ワルい人たちですよ」

「えっ、なに、どういうこと?」

「ただのひとりごとです。こういうこと、他の人にはしちゃダメですよ」

「うん? 一緒にお風呂入るのが? そりゃしないよ、リア活部のみんなだけ」

「……こういうときだけ鈍いの、ズルいんですから」

「?」


 会話はそこで終わって、代わりにメカニカルな脚がザパンと大きくお湯から上がった。必然的にうさぎちゃんの身体がわたしに寄りかかってくる。わたしはそのまま静かにうさぎちゃんの体重を感じた。お湯の浮力のせいか、天使みたいな軽さだった。


◆◆◆


 お風呂を上がると、お母さんがアイスを用意してくれていた。丸くて小さなバニラアイス。このサイズがちょうどいいんだよね。

 そんなスイーツタイムを終えて、ちょっとベランダでたそがれてみたらもう寝る時間だ。わたしの家は平日も休日も就寝時間が変わらないタイプで、日付が変わる前にはだいたい電気が消える。


 ところで、わたしの部屋にはベッドが1つしかない。いちおう、いつもイナ高へするのに使っている椅子は長時間の仮想空間ログインに耐えられるよう、リクライニングとか色々機能が付いてるけど、そこで寝るのは辛い。

 となるとまぁ、こういう結論になるのだけど。うさぎちゃんが素直に受け入れてくれたのは、たぶん以前にKopfloser Ritterで前例があったからだろう。


「――失礼します」

「狭かったら言ってね」

「いえ。そちらこそ、無理にスペース作らなくてもいいですよ」


 手元のリモコンで電気を消すと、部屋はしんと静まり返った。閉めた窓の外からはときどき車の音が低く聞こえてくるけど、気にならないほどに小さい。わたしたちは2人とも仰向けで、そのまま何も話さない時間がしばらく続いた。


「……ゆかりさん」


 そんな声が聞こえてきたのは、うさぎちゃんが横向きに姿勢を変えて少し経った後だった。どうしたの、とわたしは顔を横に向ける。枕だけはうさぎちゃんが自前のものを持ってきていて、わたしたちの顔の間にはいくらか距離があった。


「今日……ありがとうございました」

「どうしたの急に。まだまだ早いよ。明日の朝もあるんだから」

「そうですけど……今、お礼を言いたくて」


 うさぎちゃんの声はゆっくりと間が空いていた。それはきっと、眠気のせいじゃない。表情は暗闇でぼんやりとしていてよく分からないけど、わたしと目を合わせていることだけはハッキリと分かった。


「…………実はわたし、小さい頃は施設にいたんです」

「……」


 初めて聞いた話だった。声には出さなかったけど、驚きで心臓がドクンとした。わたしはそのまま続きを待った。


「義理の親はいるのですが。……今はその人たちとも離れて、一人で東京にいるんです」

「そっか……そう、だったんだ」

「気にしないでください。家にはいろんなロボットたちもいますし、何より今は、ゆかりさんたちがいますから」

「でも……じゃあ今日は、複雑な気持ちにさせちゃった?」

「ゆかりさんのおうちにお泊まりするのは、わたしが希望したことです。……ただ、少しだけうらやましい気持ちはありました。あんなに仲のいいお母さんと、いつも一緒だなんて」


 わたしは無意識に、うさぎちゃんの手に自分の手を重ねていた。ポワポワしていて温かい。


 ――誰かにとっての当たり前は、別の誰かにとっては特別なことなのかもしれない。


 お昼にしのぶちゃんに対して思ったことが、反響するみたいにまた頭へ浮かんだ。みんなを知れば知るほどに、みんなが抱えているものも知っていく。

 でも同時に、その続きの言葉も思い出す。


「……それならさ、またうちに遊びに来なよ。何十回でも、何百回でも、好きなだけ」

「何百回って……本気で言ってるんですか?」

「全然いいよ。リア活部ってさ、もう友達を飛び越えて家族みたいなもんじゃない? わたしは、そう思ってるけど」

「……」


 コツン、とわたしの胸元に勢いよくうさぎちゃんの頭が飛び込んできた。パジャマの裾を掴む手は、ギュッと強く。わたしも姿勢を横にして、上から包むように腕をうさぎちゃんの身体へ乗せた。


 誰かにとっての当たり前は、別の誰かにとっては特別なことなのかもしれない。

 ――なら、わたしは4人でお互いの『特別』を分かち合いたい。

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