ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月 あん

第1話 ローザ

 私は伯爵家の娘でローザ。


 同じ年の侯爵家の嫡男ダリル様と幼い頃から婚約している。

 ダリル様はいたずら好きで、驚かされるたび、私はよく泣いていた。


 でも、泣いている私を、きらきらした目で見るダリル様を嫌いにはなれなかった。 

 むしろ、おとなしい私とは違って、活発なダリル様がまぶしく思えた。


 いまだにダリル様は私を驚かそうとしてくるけれど、幼い頃とは違って、私も泣くことはなくなった。


 私が14歳の時、従姉妹のフランを預かることになった。

 というのも、フランのお父様である男爵様が病気になり、療養しないといけなくなったから。


 従姉妹でありながら、一度も会ったことがないフラン。


 フランのお母様はお母様の妹で私にとっては叔母様。

 叔母様は王都から遠い領地を治める男爵様に嫁いでいるのだけれど、結婚当時は大騒ぎだったらしい。

 なぜなら、叔母様には別の婚約者がいたから。


 学園で恋をした男爵様に家出同然で嫁いでいった叔母様。

 最近亡くなったおじい様は叔母様を許さず、叔母様も王都へは戻らなかった。

 お母様は、会えない叔母様のことをずっと心配していたみたい。


 だから、叔母様から連絡があり、フランのことを頼まれた時は、お母様は嬉しそうだった。


「ローザ。フランはあなたと同じ年なの。両親と離れて心細いでしょうから、仲良くしてあげてね」


 張り切るお母様に、私は力強くうなずいた。


 それから、すぐにやってきたフラン。


 くるくるとかわる表情がかわいらしいフラン。

 言動も子どもっぽくて、年より幼く見える。なんだか、守りたい気持ちになってしまう。


「まあ、リラの小さい頃にそっくり! フラン、自分の家だと思って、遠慮せずになんでも言ってね」

と、お母様が目を細めた。


 

 

 フランを預かって1か月、私は15歳になった。


「フランのお誕生日も近いから、ふたり一緒にお祝いしましょうね」


 お母様の発言で、私たちふたりを祝うお誕生日パーティーが開かれることになった。


 

 当日、ダリル様が大きな箱と小さな箱のふたつのプレゼントを持ってきてくれた。


「これはふたりへのプレゼントだよ。好きなほうを選んで」


 そう言って、私とフランの前にふたつの箱を差し出した。

 

 自然と私は小さい箱に手を伸ばした。

 すると、あわてたように私の手を遮ったフラン。


「私、小さい箱が欲しい!」


 必然的に、私は大きな箱をいただくことになった。

 ほんの一瞬、つまらなさそうな顔をしたダリル様。


 が、すぐに、笑みを浮かべて言った。


「じゃあ、まずは、ローザからあけてみて」


 箱の中には、大きなウサギのぬいぐるみが入っていた。

 かわいくて、思わず顔がゆるんだ。


「かわいい……。ありがとうございます」


 お礼を言う私の声は、フランのはしゃいだ声にかき消された。


「うわあ! なんて、かわいいうさぎちゃん! こんなにかわいいぬいぐるみ、私、見たことがないわ! ねえ、ローザ。ちょっとだけ、だっこさせて!」


 私が返事をする間もなく、フランは私の手からぬいぐるみを奪いとり、思いっきり抱きしめた。

 その様子を見て、まわりの人たちが微笑んでいる。

 幼く見えるフランは、うさぎのぬいぐるみが似合うから。


 でも、私へのプレゼントなのに……。

 そう思ったら、胸がちくっとした。


 そして、次はフランが箱をあける番になった。


 箱をあけた瞬間、きゃあ! と、叫んだフラン。

 床に落とされた箱から飛び出たのは、小さなカエル。


 一瞬、ぎょっとしたけれど、よく見るとおもちゃ。

 胸をなでおろした。


 が、フランは涙をぼろぼろこぼしながら、ダリル様に抱きついた。

 ダリル様はびっくりしたような顔をしたが、すぐに、大泣きするフランを興味深そうに見つめ始めた。

 小さい頃、ダリル様のいたずらに泣く私を見ていた時のように、目を輝かせながら。


 貴族の令嬢としては信じられない行動だけれど、ダリル様にすがりついて泣くフランは、幼い子どものよう。


 だからなのか、

「かわいそうに。余程怖かったのね」

「侯爵家のご子息は子どものようなことをするな」


 周りからは、フランに同情し、ダリル様にあきれる言葉が聞こえてきた。


 

 それから、ダリル様が屋敷に来るたび、フランも同席するようになった。

 

 フランがいると、私はダリル様と話ができない。ふたりで話そうとすると、フランがダリル様の注意を自分に向けるから。

 まるで、私たちが話すのを邪魔しているみたい……。


 私は、このことをお母様に言ってみた。


「フランは明るく振舞っているけれど、両親と離れて寂しいのよ。ダリル様とローザと一緒にいる時が楽しいって言っていたわ。少しでも気が紛れるよう、ダリル様が来られた時は、一緒にお話してあげてね」

と、お母様が言った。


 つまり、私が我慢をすればいいのね……。

 

 

 フランにねだられて、ダリル様は頻繁にうちに来るようになった。

 しかも、フランを驚かそうと突然やってくる。


 が、ふと変に思うことがあった。

 なんだか、フランがダリル様が来るのを察知しているかのように思えたから。


 普段は庭に興味もないのに、庭をうろうろしているフランが窓から見えた。

 不思議に思って見ていると、すぐにダリル様の乗った馬車がやってきた。

 そして、誰よりも先にダリル様を大喜びで出迎えるフラン。


 それは、一度や二度ではないのよね……。


 ダリル様の言動におおげさなほど驚いたり、喜んだり、泣きだしたりするフラン。

 ダリル様は、その様子を目を輝かせて見ていた。

 楽しそうなふたり……。


 私の心はじくじくと痛んだ。


 ダリル様とは長年婚約していたから、同士みたいに思っていたのに。

 子どもみたいなダリル様を、私が支えていこうと思っていたのに。

 それは自分だけの思いだったことが、なにより悲しかった。


 フランがうちに来て3か月が過ぎた頃、ダリル様と私の婚約は解消となった。

 ダリル様の願いだそう。


 そして、ダリル様はフランと婚約した。

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