THE STRENGTH
木々沼 爽暇
Prologue
八歳の誕生日を迎えると、私はお爺ちゃんに連れられてベアナックルボクシングの試合を見に行った。お父さんとお母さんは暴力でお金を稼ぐのは間違っている。と考えていたし、私もそう思っていた。でも、お爺ちゃんが1度は見ておくべきだとあまりに熱弁するものだから、仕方なくついて行くことにした。そこで、
私は戦士と出会ったんだ。
ベアナックルボクシングはその名の通り素手で殴り合う格闘技だ。ときには目潰し、肘打ち、金的など、普通の格闘技では禁止されるような技も飛び交う過激な内容となっている。そんな試合で一人の選手にものすごい声援が贈られた。名はバン・サリドン。どうやら彼はこの競技を象徴する凄い選手らしい。現在進行形で連勝記録を更新しているようだ。しかし、世間の風当たりは厳しい。理由は言わずもがなだろう。人が傷つけ合う姿を見て、一体何が楽しいんだ?
試合が始まった。序盤から挑戦者が激しいラッシュを仕掛ける。サリドンは対応に困っているように見えた。相手がスピード型、サリドンはパワー型? なのだろう。サリドンは度々カウンターを仕掛けているが、ことごとく躱かわされている。素人目でも分かるくらい相性が悪い。さぁ、どうする? チャンピオン。
試合は大詰めを迎えた。お互い何発かづつ攻撃を当てているものの決定打にはならない。いや、正確に言うとサリドンがボディーに重い一撃を食らっているのだが、辛そうな素振りを見せていない。今 2人は一旦距離を取り、お互い睨にらみ合うように様子をうかがっている。いつの間にか会場全体も静まり返っており、独特な緊張感に包まれていた。多分、次の一撃で勝負が決する。二人の呼吸が次第に整い、研とぎ澄すまされていく。
そして───── その瞬間が、訪れる。
挑戦者渾身の一撃がサリドンに炸裂さくれつした。勝負ありだ。あんな攻撃、顔面に食らったらひとたまりもない。いや、今すぐ適切な治療を受けなければ、命が危ない。きっと、会場にいた誰もがそう思ったはずだ。しかし…… 彼は、笑っていた。
一体何が、彼をそこまでさせるんだ? サリドンは自らのすべてを拳に集中させ、反撃に打って出る。さっきはなんとか踏ん張れたようだが、もう次はないだろう。挑戦者は予想外の出来事に一瞬面食らうも、すぐに追撃を放つ。やはりスピードの差は大きく、なんのガードもないボディーに挑戦者のパンチが深々と突き刺さった。だが、サリドンは止まらない。今度こそ致命傷のはずなのに。そして、彼のすべてがこめられた一撃が挑戦者に炸裂し、勝負が決した。今まで静まり返っていたことが、まるで噓のように割れんばかりの歓声となって響き渡る。きっと、私を含めみんながこの熱に浮かされているんだ。
別に、私は暴力を擁護ようごするつもりはないし、今でも嫌いだ。だけど、たった1つの勝利のためにお互い命を賭して戦う姿は、その命の輝きは……
美しかった。
それから2年後、
ベアナックルボクシングは法律のもと、 廃止された──────。
『さぁ、いよいよ今年の総決算、総合格闘技無差別級タイトル戦が始まります!! ウェイトも性別も問わないこの無法地帯で、チャンピオンが新たな記録を打ち立てるのか? それとも史上初の女王が誕生するのか? 目が離せません!! 』
分かってるんだ。あれが道徳的に間違っていることくらい。でも、今の格闘技と呼ばれるものは、はっきり言ってつまらない。だって、奴らは死なないことを前提にじゃれ合っている。 ただのお遊びだ。まぁ、エンタメとしてはそれが正しい。理由は死人なんて出たら後味が悪い、といったところか。それに、結局私もこの舞台に立ってしまった。きっと、あの日の光景をずっと追い続けるのだろう。
私は、戦士なのだから
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます