第9話 まもなく開戦

 時は流れて話し合い当日。


 初夏のほのぼのとした陽気が漂う日曜日。

 閑静な住宅地の一角にだけは、その陽気は一切届いていなかった。

 理由は単純明快。


 家主夫婦とその長女・次女、おとなりさん夫婦とその長男を中心に、恐ろしいほどピリピリした雰囲気をまとっており。

 そんな彼らが、一つの部屋に集まっているからである。


 日曜の朝8時なぞ、普通に考えればのんびりした雰囲気が漂い、なんなら寝ている人も多いような、そんな曜日と時間。

 にもかかわらずこの厳かな雰囲気、明らかに何か異常が起こっていると思われてもおかしくない、そんな高山家である。




 現在の室内は、大きめのテーブルが一つと、椅子が8脚。

 俺とちとせ、反対側に千春と空席が並んで向かい合う。

 高山家の両親と俺の両親はテーブルの両脇に座ることで、あくまで中立を装う。


 目の前に座る千春の表情からは、何を考えているかまではわからない。

 さすがにこちらが知っていることに気づいたのかもしれないが、その表情からは果たしてそこまで思考しているのかは不明である。


 隣に座っているのはちとせ。

 以前見たような般若は降臨していない。

 というよりかは、般若を顕現させられないといった方が正しいか。

 こちらも何を考えているかはわからない。

 ただ、一つだけ言えるのは、心の底から怒りを感じているのだろうなということ。

 なにせ、にこにこと笑顔を浮かべているのに、その目は一切笑っていないのである。


 空席にくるはずの人間は、いまだに到着していない。

 伝えた時刻よりは前だが、すでに時刻は5分前。

 いつになったら来るんだ、と、少しずつイライラがたまり始めていた。




 一方こちらは両親たち。

 高山家、井野家(正信の家)ともに事情はすべて聞いていた。

 詳細こそ伏せるものの、非常に厄介ごとに巻き込まれていることだけは確実である。

 そしてその一連のことの発端が、邦彦というまだ来ていない男子にあることもまた、すでに承知していた。

 ゆえに、なにも表に出さないだけで、彼ら4人の邦彦に対する怒りはすでに湧き上がっていた。

 可愛い愛娘、あるいは息子が巻き込まれたこと、そしてそれが個人の身勝手な願望によること。

 17年もの間、たっぷりの愛情を育ててきた存在が傷つけられていることに対する怒りは相当なもの。

 本当だったらすでに表情や雰囲気に出ていてもおかしくないくらいの怒り。

 すべては大人の力で抑え込んでるだけである。

 ゆえに、今日というこの時がとても楽しみだった。

 さっさと終わらせて、4人でご飯でも食べに行こう、何なら旅行しようというのは、すでに昨日のメッセージのやり取りで結論として出ている。

 いまかいまかと、邦彦の登場を待つ4人であった。




 そして当事者たる千春。

 彼女にもまた、ある思惑が存在した。

 面倒くさいことを続けるのも今日までと思えば、まだ心を平穏に保っていられる。

 さっさと全部本心ぶちまけて、叩き潰して終わらせたいと、そう願っていた。


 



 彼ら彼女らの思惑が交錯する空間。

 果たしてどのサイドの思惑通りに進むのか、全く読めないこの状況。

 浮気した側か、された側か。

 

 と、そこへ。


 ピンポン、と玄関のインターホンが鳴る。


「空いてますよ」


 と、ちとせが冷ややかな返事をしたのち。

 玄関の扉が開閉する音がし、そこからしばらく経ったのちに。





「お邪魔します」




 最後の当事者、邦彦が現れる。

 ゆっくりと静かに歩き、唯一の空席に座る。


 座ってからすこし間を置いたのち。


「さ、始めよっか」

「そうするか」


 ちとせと正信の手によって。






 戦いの火蓋が、切って落とされるのであった。

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