第9話 中央共和国
陽乃と星空を見てから4日。
夜の一面砂の世界を歩き続けた私たちはいい加減景色が全く変わらないことに辟易しつつあったが、その展望は、緩やかだけれども多少長めだった上り坂のてっぺんにたどり着いたことで変わる。
しかもちょうど夜明け前で薄暗いながらも太陽が昇ろうとしていたタイミングだから開けた視界を一望することができた。
丘から見下ろす眼下の景色はこれまでの見渡す限りの砂とは打って変わっていた。
「わぁーっ、すごいすごいっ! ねっ、ねっ、明日葉っ、めっちゃ丸い緑のがいっぱい並んでいるけど、あれ知ってる? 地上絵?」
「……センターピボット農法? あれって前の世界じゃ20世紀の農法だったはず――」
「お。久々の明日葉の歴史語りくるかー?」
「あのね、陽乃。歴史……でもあるとは思うけども。陽乃も地理の授業で習っている内容のはずよ」
「250年前のことだから忘れた! あ、でもノーフォーク農法なら名前だけ分かるよっ!」
「陽乃のノーフォーク農法知識は、絶対地理の授業由来ではないわよね……」
センターピボット農法。
地球にあるもので言えば大体半径数百メートルほどはある、大きな円板状の農場を形成する農法だ。円形というあまり見られない形状となる理由は、円の中心から長いアームが伸びた機械をぐるぐる回しながら水や肥料を一緒に散布するという仕組みになっているためだ。雨や川などに頼らずとも農業が出来るので、例え砂漠のような乾燥地帯でもごり押しで食べ物を作ることが可能となる。
反面デメリットは、考えれば分かる通りすごく水を使うこと。勿論、前世世界でも色々と対策はやっていた。水を散布する位置を低くして蒸発量を減らすとか。
あと、設備投資にお金がかかるのも欠点かな。まともにこれで農業をやっていた地球の国が産油国とアメリカくらいということからも推して知るべきことである。
それに。
機械のアームを自走させて、そこに圧力で水を送るわけだから、生半可な技術水準では到達できない。確か、第二次世界大戦後にぽつぽつ出てきた代物だったはず……とそんな感じのことを陽乃にも共有すれば。
「まー、水も機械の問題も魔法でなら割と解決できるんじゃない?」
「それは……どうでしょうね。
逆に魔法があるから、丸い農場にするなんて発想は出てこない気もするけど」
「そこはあれっしょ? ウチらみたいな『記憶持ち』はいっぱい居るんだから、誰かが再現したんじゃない? ほら、マジカル江戸幕府のオタクくんみたいに?」
「ああ、鉄道を作ったひとのことね……」
あの動物園っぽい場所のパークライドとして運用されていた鉄道の制作者か。いわゆる『転生者知識』でセンターピボットを披露した人間が居ても……おかしくはないのかな。反面それが私たちと同じ世界の出身者であるとは限らないのも、『江浜本線』の江戸駅の例で明らかだが。
もっとも。陽乃に言われるまでも無く、そういう類の代物はこの世界に結構溢れている気がする。
というのも。陽乃がアイテムボックスにしているサコッシュポーチだって。これの由来はフランスの自転車レースでレーサーが使っていたものが発祥だったはずだし。
自転車を見た覚えが全く無いのにも関わらず、自転車レース由来のものが存在するだけでも、名前の偶然の一致で済ませて良いのかは微妙なところだ。
だから――
「……あのさ、明日葉。もしかして『センターピポット』を『中央共和国』が採用しているのってまさかじゃないけど
「陽乃、それ以上はダメよ」
いくら『中央共和国』が世界の中央だからという理由で砂漠に首都を作ったからとはいえ、そんな理由で採用しているとは私も思いたくないのである。
*
砂丘を下りれば農道っぽい道がそこには広がっていて、目的地である首都――オムファリウスに到着した。
……ただし、裏門だったが。
最初は門衛の人も訝しんだものの、方角通りに来たことを言えば――
「へえ! あんたたち『旧街道』を使って来たのかっ! こいつは驚いた!」
聞けば、地図上の最短経路に近いルートを取るのが『旧街道』で、より砂漠の地勢や気候的に安全なルートで最近整備され直したのが『新街道』とのこと。しかも、手続き中に暇そうな門衛から更に話を聞くに、どうやら旧街道ルートというのも、私たちが通ってきたところからは更に逸れている様子。……なにせ、あまり使われてはいないとはいえ、道として整備はされていたらしいから、完全に方角だよりで道なんて無いものだと思って進んできた私たちが取った経路は早々に旧街道からもずれていたのである。
とはいえ、そんな事実を門衛の人に伝えても面倒なだけだと思って、手続きが終わるまで陽乃が当たり障りのない話を広げ、適度に私に話を振るのを対応するだけだった。
そして、裏門から入ったオムファリウスの街――の前に、金髪ミディアムの髪を揺らしてジト目をしている陽乃の相手をしないといけない。
「明日葉ー? 旧街道なんて、聞いてないんだけどー?」
「……参考にした私の実家の書庫の旅行記は20年前に書かれていたものだったから。もしかすると新しい街道が出来る前のものだったのかもしれないわ」
「こういうときに限って長命種ムーブしないでよ、もー」
「でも、新街道だともっと人は多かったでしょうから、2人きりで星空の観測なんて出来なかったわよ」
「……それは、そう、だけど……って!
別に砂漠の中で天体観測は、この街から日帰りで行けばいいじゃん!」
「……それもそうね」
町の外に出ればすぐ砂の大地が広がるこの場所なら、成程確かに砂漠のど真ん中で天体観測というのはいつでも出来るのかもしれない。陽乃の言葉は説得力しか無かった。
――が。同時に、道中の偶然の産物で体験したことを陽乃も……勿論、私も決して軽視などしておらず、口では不満を言っているような陽乃も、私の手をずっと握っている辺り、実は不満なんてそんなに無い……と確信できるのであった。
*
「ねーねー、明日葉ー。
ゼロから街を作ったって割には、結構ちゃんと街って感じだよねー。あんまり砂漠の中って感じもしないし」
中央共和国のオムファリウスという首都は、しっかりと道が舗装されているし、建物も砂漠の街って雰囲気はあまり無く、道が完全に碁盤の目になっていて、区画で完璧に街の機能が割り振られているのが印象的である。ど真ん中に政庁舎と広場があるって作りで『中央』アピールが為されているが。
「そうね。宿……というか、もうほぼホテルみたいな感じだったけれども、もうちょっとオリエンタルな雰囲気かもしれない、と考えていた割には、結構普通の部屋だったし」
「あ、それウチも思った! もうちょっと砂漠の宮殿っぽいイメージだったのにー!」
「分かるけど分からない例えね、それ」
陽乃が想像しているのは、プトレマイオス朝エジプトとかの建築イメージだろうか。でも、実際にあるのはちょっと機能的な街である。もっともアイテムボックスとかいう『物流の神様』が居るから、謎のグローバルスタンダードが機能するのだろう。
「……でも、そうなると砂漠っぽいこともしたいけど無理そうかなー?」
「というか、陽乃の言う砂漠っぽいことって一体何を想定しているのかしら?」
「うーん……ピラミッド探検とか、ラクダに乗るとか?」
「完全にエジプトのイメージよね、それ――」
そんなことを話しながら、観光客向け区画をぶらぶらと歩いていると、ショーウインドウ――今更ながら普通にガラスもあるのよね、この世界――が目立つお店が同時に私たちの目に留まった。
「……貸衣装屋さん、だってさ明日葉」
「流石に観光地向けのお店なだけはあるわね。ホテルに持ち帰っての貸出可だって。
これとか、砂漠っぽい衣装じゃない?」
「踊り子衣装じゃんそれ! ……明日葉着たいの?」
地球世界での類似品は、一応古代エジプト発祥のベリーダンス、ないしはラクス・シャルキーに用いられていたドレス、と言えば良いだろうか。完全にへそ出し衣装の踊り子コスではあるので、むしろ相当サブカルチャー寄りな感じだが。
「いや、別に。でも陽乃が着ているのは見たいわね」
「――明日葉が着るなら、ウチも着るよ?」
「……」
「……」
うん。
その日の夜に届いた衣装をお互いに着たけれども。
旅先の想い出とムードのためくらいの気分で着せた私の方が申し訳なるくらい、陽乃は何故かそれっぽい踊りが出来て。
普通に驚きと感嘆のが勝ったのは、全くの余談である。
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