第7話 旅の御供
リンゴのお遣いは終わったものの、エルフの里『エラナエン』にしばらく滞在することにした私たち。如何にエルフも長命種族で暇つぶしの娯楽が豊富とはいえ、里と呼べる規模の集落では、見るべきものもそう多いわけではなかった。
「陽乃。後、見ていないもので目ぼしいものは『世界樹』くらいしか無いわよね?」
「いやいや、明日葉ーだからさそれは無理だって!
エルフからしたら御神木……どころかガチの『神様』扱いなんだから――」
それからの陽乃の話をまとめると。
エルフと人間のハーフをハーフエルフと区分するように、エルフという『種族』は純血性が担保される。ただ、そうなると時代を経るごとに血統の多様性が損なわれていく恐れがある。
それをエルフがどう解消しているのかと言う部分で出てくるのが『世界樹』なわけで。
即ち『世界樹』自身がエルフの『御子』を定期的に授けることで、その『御子』は新たなエルフの氏族の『始祖』として扱われる――といった寸法である。
……木がどうしてエルフの子を成すのか、という疑問に対してはノーコメントで。
私たちボーリアルコニファーも
だから、エルフ視点だとボーリアルコニファーはエルフ扱いなのか。『木から生まれた』という広い意味で。
「そういうことなら、確かに『世界樹』は諦めないと駄目そうね。
なら……陽乃。他に何か良さそうなことはあるかしら?」
「うーん……とは言っても、ねえ。明日葉が考えて思い浮かばないなら、ウチも分かんないよー……って、それじゃん」
「何か思いついたかしら、陽乃」
「まー、こういうときこそアレっしょ!
別行動してやってること内緒にして後でお披露目っ!」
「ああ、陽乃そういうサプライズ的なの昔から好きだものね」
「もち!」
その様子を見て、ふと前世の中学生の頃に陽乃がバレンタインでサプライズを用意していたことを思い出す。自分がサプライズされるのもするのも、陽乃は割と好きなんだよね。
……もっとも。そのバレンタインのときに、本命の陽乃からチョコを貰えないと勘違いして、当日はほぼずっと陽乃に慰めてもらってた記憶しかない黒歴史も一緒なのだけど。
それから、陽乃はサプライズがあるときは今のようにある程度仄めかすというか、明示するようになっているから、毎回毎回あの時のことを思い出す。
それはともかく。
後からお披露目できるものを習得する感じの流れになって、陽乃とはしばらく別行動を取ることになった。……とはいえ、朝と夜は同じツリーハウスで時間を過ごすけどね。
*
陽乃抜きで、個人的に習得しておきたいもの……という条件に移行したとき、私の中にはこの『旅』に使うかもしれない実利的な考えが1つ浮かんでいた。
それは――『天文学』である。もっと平素に言えば天体観測というか。
『フィオレンゼア』で、陽乃に万有引力ならぬ『万有魔力の仮説』を披露した。あくまで根拠の無い推測だけれども、物理学の知識だけではどうにもならないことはあるかもしれない。
また、南半球の話だったり、あるいは陽乃から聞いた磁場に関わる問題から方角もあまり信用ができない。ということで、ここは古典的な『星を見る』力に頼ろうという算段だ。
更に付け加えれば最終目的地の『世界の果て』のことまで視野に入れれば、自然現象から方角を導く技術は決して腐らないとは思う。何故なら『世界の果て』に集落がある可能性のが低いし。
そういう技術を学ぶのにエルフの里というのは存外悪くない選択だとも思う。単純に長命種であるから技術の蓄積・継承は口伝ベースでも楽だろうし、後は陽乃と一緒に『お茶占い』に行ったように『占い』はそこそこ暇つぶし用途で栄えている感じがあるからだ。占いと天体観測は占星術で多分ある程度は繋がるはず。
そういった目論見の下で。これまた前に陽乃と行ったこのエルフの里の集会所にて、占星やら天文に詳しいエルフが居るか聞いてみれば。案外あっさり指南役の立候補者が出てきた辺り『エルフも大概暇を持て余しているのだろうな……』と失礼ながら思ってしまった。
――そして半年が経過した。
*
流石は長命種族のエルフの中で立候補までしてきた師ということもあって、技術は歴としたものだった。魔法併用の天体観測技術と、星図に関して頭にもノートにも詰め込むことができた。
……惜しむらくは、師はエラナエンから一度も出たことが無いことで星図はこの里限定のものだが、それを補完できるレベルまで技術を磨くところまではいった。
それを陽乃に話せば――
「え、明日葉って星空分かるようになったの! すごいじゃん、絶対星空一緒に見ようねっ!」
「え、あ、うん。それは勿論構わないわ。
……それで、陽乃は何を覚えてきたの?」
「あ、ウチ? ふっふっふっ、どうしよっかなー秘密にしても良いんだけどー……。
でもでも、明日葉にはすぐにバレる気もするね!」
「流石にノーヒントだと分からないわね」
「それもそっか。でもホントすぐ分かるから言っちゃうね!
実はサバイバル技術とか学んでた!」
あー、それは確かに出発すればすぐ分かることだ。
「……でも、陽乃って魚捌けたり、火熾ししたりは元からやれたわよね?」
「まーね! でも、動物の解体とか、動物の痕跡を追う……とかは出来なかったから……」
「私の
「ふふん」
そして、その後にバラされたが、この半年の間にちょくちょく陽乃が解体したお肉も食卓に並んでいたらしい。……全然、気付かなかった。もう業者並みじゃん。
日本に居た頃から、陽乃は料理も得意だったが、何と言うかそういう範疇にないレベルにまで至ってきている。この世界だと、あって困るものではない技能だろう。
……商会長でもある陽乃が、この旅以降で使う機会があるのかは知らないが。
そんな陽乃の頭を撫でて褒めていると、私も撫で返される。お互い気が済むまでそれを続けてた後に、陽乃がこう紡いだ。
「……あ、そう言えば。
長く滞在することになった理由のあのリンゴのエルフちゃんだけどさ。フィオレンゼアでおばあちゃんと会ったって手紙が来てたよ?」
「え。いつの間にそれを知ったの陽乃。
というか、道理で里で会わないわけね。まさかもう出発していたとは……」
「まー、大切な相手だったんじゃない? あと手紙はウチの商会からのものに紛れてた!」
「なるほどね」
まあ人間の時の感覚からすれば半年はほぼ定住と言っても差し支えないよね。だから、陽乃宛ての手紙とかはこの里に届いていた。都会派エルフがこの世界には多いから、こういう隔絶した場所でも郵便はちゃんと来るのは面白い。とはいえ配達に来るというよりも、買い出しとかで人里に降りるエルフがまとめて貰ってる感じだったけども。
手紙を見たら、あのエルフはおばあちゃんと普通に会えて感謝の言葉が綴られていた。まあ、良かったんじゃないかな。
それで、これからは5年おきにエルフの方から街へ行くことにしたみたい。5年か……また微妙な期間だが、別に当人たちで決めたなら良いだろう。
そして、恐らく当人らで取り決めたことがもう1つ手紙には書かれていた。
「あのおばあちゃんの家のリンゴの木の下に、思い出の品を埋めた……って、なんだかタイムカプセルみたいだねっ!」
「長命種族視点だとそうだけど、これもう殆ど遺品整理みたいなものよね」
「もー、明日葉の視点はいつもそういう方向なんだから。
……ってかさ。ウチらもタイムカプセルって埋めたよね?」
「あ、小学校の時の話? ……懐かしいわね」
私がそう言えば、陽乃は露骨にほっとしていた。覚えているに決まっているのに。
小学校の校庭に生えていたお化けみたいに大きかった木。その下に当時の――確か、小学2年生の正月明けだったはず――そのころの宝物を詰めた箱を埋めたことはしっかりと今でも覚えている。
「でも、ウチらはもう掘りにいけないから、ちょっと残念……。
折角明日葉も覚えていたのになー」
言葉尻通りに陽乃は本当に落ち込んでいる感じだったので、私は右手の人差し指で陽乃の唇にそっと触れてからこう告げる。
「それは言わない約束よ。というかこうして一応
「……ふふっ、ありがとね明日葉っ!
こうしてウチは一番大切な宝物は持ったままだしねっ!」
陽乃はそう言って私のことを抱きしめる。まあ、抱きしめられたからにはと私も両手を陽乃の背中に手を回しつつ、彼女の右耳にこう囁く。
「……いきなり私のこと口説いて恥ずかしくない?」
「……流石に、ちょっとはずい――」
久々に陽乃の照れを摂取した私は満足した。
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