第3話 商業が花開く都
――中世の旅は、現代と比べて予定通りに進まない。
「明日葉ー? 昨日の雨で増水したから、渡し船は出ないってー」
「それは仕方ないわ。足止めになるけれど今日はこの町で時間を潰しましょう」
それは、前世の知識で既に知っていたことであった。
「明日葉? 飼い葉が腐ってたらしくて、駅馬車しばらく利用できないっぽいよ?」
「ま、まあ? 冷蔵庫も無い時代に、飼料の保管まで気をつけろというのは酷だもの。……で、いつまでか聞いているかしら陽乃?」
「3ヶ月だって」
「……は」
知ってはいた……けども!
「明日葉ー?」
「……今度はどんな理由で遅れるのかしら?」
「いやー……ここの村長が娼館で身受け金が足りなくてフラれたらしくて――
「なに、その理由……。ちなみに期間は――」
「300日だって」
「あり得ないでしょう!!」
「えーでも村人が言うには、もう250日経ったらしいよ?」
「どうしてそんなしょうもないことは有言実行するの!?」
こんなことが連続で起きた結果……目的地であるフィオレンゼアに到着した頃にはコロニーを出発してから半年が経過していた。
*
フィオレンゼアはそれなりに大きな都市であるが、結構独特の光景が広がっている街だ。
まず、街ごと壁で囲むような城郭都市ではない。私たちがまだ木だった頃は壁があったらしいけれども、都市が城壁の外まで拡大した結果、無用の長物となって撤去したようだ。貿易公国でも内陸の方の都市だから、ここまで敵が陸路で攻めてきたら終わりって一種の諦めもあるらしい。
ただ城郭が存在しないことよりも、もっと直感的に見て分かる光景がある。それが――
「おおー、明日葉さ、これえぐくない? めっちゃバルーンが飛んでるじゃん!」
「うん。年代記の記述には書いてあったけど、私も見るのは初めてよ」
大小さまざまな気球が、よく見るとワイヤーにつなげられた状態で打ち上げられていて『空が狭い』というこの世界に来ては初めての経験をしている。
それら気球はバルーン広告として、さまざまな商会の名前やら紋章やらが飾られていたり、一部は展望台として一般に開放されてもいることが掲示からも分かる。
「おっ! 明日葉はこの光景で語れることがあったり?」
「陽乃、茶化さない。……まあ、言うけれど。
この見た目だと観光とか宣伝用っぽいけども、このバルーンの群れは元々、防衛用のために作ったらしいのよね」
国境地帯でない以上、恐れるべきはドラゴンやワイバーンの騎乗兵といった文字通りの『竜騎兵』となる。それで、そんな竜が気球に当たったところでどうというわけではないけれども、吊るされている硬いワイヤーとかにぶつかれば痛いし、気球に魔法使いを搭乗させて迎撃するって手段も取れるので、一概に無視できるものでもないみたい。
……本で見ただけだから、その通りに役に立つのかは知らない。今はほぼ観光用の産物だし。
そこまで言えば、陽乃も納得の意を示してこう告げる。
「つまり、前世のお城みたいな?」
「かつて軍事用に作ったものが現代では観光地……って文脈ならそうね」
「なるほどねえ……」
もっとも城が軍事目的で作られたのかと言えば、必ずしもそうではないパターンもあるのだけれどもそれは割愛。
そんなことを話しながらもう一度バルーンに書かれている広告を見やる。
――『フィオレンゼア名物・救命花の煮物』。『トゥラヴェンタパーチの煮付け』、『三枚肉の角煮』、『牛トライプのトマト煮』……。
「……というかさ、陽乃。
なんで、こんなに煮物料理の広告ばっかりなのか知らない?」
「え? 明日葉なら知ってると思ったけど、意外っ!
フィオレンゼアと言えば『冬の煮物祭』っしょ? このお祭りにタイミング合わせて来たものだとてっきり……」
「そ、そんなお祭りがあるのね……。
というか、もう少し色味とか考えなさいよ」
こういうファンタジー世界の催し事って、もっと華やかなはずじゃない? それに『商業が花開く都』って意味でしょ、ここ。それなのに、煮物のお祭り、って――。
*
「――いや、やっぱり煮物は美味しくて最高ね、陽乃?
このもつ煮込みとか最高じゃない!」
中央には大きな日時計の花壇が設置されている広場。その影は12時から右に2目盛りだけずれた場所――つまりは午後2時を指し示している。またこの時間の活気を示すかのように周囲には屋台が軒を連ね、花壇の周りはさながら屋外フードコートのようにテーブルと椅子が置かれていた。
そんな一角に私たちは席を取り、各屋台で販売されている『煮物』の中からいくつかピックアップして食べながら駄弁っていた。
「もー、明日葉ってば味覚は完全に長命種族のそれじゃん。そのうち揚げ物とか食べなくなりそう!」
まったく。本当にどうしてなのだろう、250年前の日本に居た頃には見向きもしなかった料理が、こっちの世界ではすごく美味しく感じる。正直、味覚の変化においては陽乃に突っ込まれるのも致し方ないと自分でも思う。
「人のことを老人扱いしないで。
じゃあさ、陽乃。貴女の一番好きな食べ物はなに?」
「……鯛の湯引きだけどさ。
でもでもっ! 日本に居た頃から鯛は好きだったもん!」
「あの頃はカルパッチョで食べてなかったかしら?」
「……」
まあ。
長命種で良かったと思う所は、これはあくまで単純に味の好みが変わっただけで、別に胃もたれするとかで食べられなくなったものがあるわけではないということだ。
楽しめる味の幅が広がった、と前向きに考えよう。
*
『冬の煮物祭』というだけに、季節はしっかりと冬。なのでまだ日時計は先ほどから右回りで目盛り2つ分動いただけだったけれど、早くも日が沈みそうな気配がある。こうなると電気文明ではないこの世界ではもう店じまいが始まる頃合いとなる。
「陽乃、そろそろ宿に戻る?」
「え、マジもうそんな時間? とりま、時計見るからちょっと待ってー……」
陽乃はそう言うと席を立ち、肩からかけているサコッシュポーチ状のアイテムボックスから懐中時計を取り出し蓋を開け、時間を注意深く確認する。
陽乃の持っている懐中時計の作りというか、装飾は私も好きなので広場を後にしつつ、移動しながらも陽乃に身体を寄せるようにして文字盤部分に目を向ける。
すると左回りで進んだ針は、『Ⅳ』の文字盤のところを指していた。
「えっと……もう4時、で合ってるよね明日葉?」
「合ってるけれど」
「いやー、あはは……どうにも時計で時間見るの苦手なんだよね。ほら、前世じゃスマホでしか見てなかったしさ!」
「あの時代に懐中時計を持ち歩いていたら逆に驚くけども。
……ただ、陽乃が時計を読むのが苦手なのは無理もないと思う」
「……?」
――だって。この世界の普通の時計って、全部逆回りなのだから。
日時計みたいな環境由来のものを除いた時計は全部、元の世界における『反時計回り』で時計が回っていて、目盛りも逆に付いている。
「……そうだったっけ?」
「いや、なんであやふやなの。大体、中学とか高校の頃の授業中の陽乃はいつも黒板よりもずっと時計を見ていたから、私よりも馴染みがあるはずじゃない」
「そんな250年以上昔の話をされてもー……って、あー、確かにそうだったじゃん! 小4のときに教室の時計が壊れて針がめっちゃ速く進んだとき、ものすごい右回りしてたねっ!」
「……なんで、そういうしょうもないことは覚えているのよ陽乃」
そんな昔話に花を咲かせながら、広場から宿への帰路を陽乃とともに歩く。
宿は繁華街からは少し外れた落ち着いた雰囲気のエリアで決めたので、ちょっと遠い上に、お店とかが並ぶ場所からも離れて住宅街のようなところを通る。
ファンタジーでよく見るような貴族街とか、あるいは雑然とした下町とも異なる感じの閑静な住宅街。庭付きの一軒家とか小綺麗な共同住宅とかが並んでいる。
そういった雰囲気だから、自然と私たちの会話も落ち着いたものになっていく。
「……なんか静かな、というより心地いい感じの場所だね、このへん」
「そうね……。
陽乃はもっと賑やかな方が好みだと思ったけど?」
「んー、どっちも好きだよ?
ワイワイ騒ぐなら勿論賑やかな方が良いけどさ。こうやって明日葉と一緒に居る時は落ち着いた感じなのも良いな」
「……もしかして私のこと口説いてる?」
「まさか。もう、明日葉はウチの『
「それはそうねー」
今はこうして旅をしている身だけれども。この旅が終われば、コロニーに戻るかもしれないし、あるいは旅の中で『住みたい』と思えるような土地に出会えるかもしれないが、ともかくどこかで陽乃と共に暮らすことになるのは間違いない。
陽乃と一緒に暮らすことになったとしても。……今とそんなに変わらないのだろう、きっと。
「……お。
明日葉、明日葉ー。あそこのお家のリンゴの木めっちゃ立派じゃない?」
「確かに、大きい木――あ、こんばんはです。
ええ、ええ。観光でこの町に来まして。いえ、ありがとうございます。それでは、失礼いたします……。
……陽乃! 庭に家の人が居るなら最初に言いなさいよっ!」
「えへへ、ごめんごめん、見えてなかった!
でも、あのおばあちゃん凄く優しそうだったじゃん」
「おばあちゃんとは言っても、私たちよりも全然若いでしょうが」
そんな感じで、庭にあるリンゴの木をまじまじと見たせいで、そこの住民と言葉を交わすアクシデントなどもあったりしたものの、無事に宿に戻ってくることが――
「ね、明日葉?」
「もう、今度は何よ?」
「……ねえ忘れてない? この町には『鉄道』を見に来たんだよね?」
「……。
……明日、行きましょう」
忘れてた!! けど、陽乃に言ったら絶対遊ばれるから黙っておこう……。
……なお、ここで誤魔化したことは普通にバレていて。今日の夜、宿の部屋で散々陽乃に揶揄われることとなったのであった。
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