明日は陽の照らす処へ
エビフライ定食980円
第1話 明日葉と陽乃
月曜の朝、高校に行こうと目を覚ましたと思ったら、見た目は人族と似てるけど身長は180cmもある長命種族に転生していた。
――それから、250年が経過した。
「あの……アスハ? 貴女は私みたいに家を継がなくても良いから、別に結婚したくないならそれでも良いのだけれども……。もし、その気があるなら、そろそろ
……。
……私は死んだ。
*
「中世ヨーロッパの街って基本代わり映えが無いのよね……」
「おっ、出たねー
「……何よ、
「いや、これくらいで拗ねないでよ明日葉。というか、ウチが明日葉の話聞くの好きなのは、前世から知ってっしょ?」
「ま、まあ……」
この世界で生まれてから250年間住んでいた故郷のコロニーから、私達2人は針葉樹林に囲まれた街道を歩き続けながら駄弁る。
もっとも、250年住んでいたとは言ってもコロニーから出たことが無いわけではないけれど。
そんな私と歩みを共にするのは、私と同じくらい高身長でかつ同種族の、ミディアムくらいの長さの金髪の女。確か……前世のCカーブカットっぽくしてるって前に言っていて、はじめてこっちの世界で会ったときには地毛で金髪だったことを「えぐ!」って喜んでいた、陽乃――という私の前世で同級生の幼馴染であった。なお、今も同級生で、地味に結構デカい商会のトップをやってたり。
250歳にもなって同い年ってのは意味はない……とは思うが。
……えっと、中世の町の話だった。
まだ歩き始めて1時間かそこらだったけれども、ケッペンの気候区分でいう所のD気候――つまりは冷帯のくせして、動くと暑さを感じるくらいには暖かな日差しが降り注いでいる。
私は、彼女の行きつけの美容室にてグラデ系のショートボブ? ――勝手にオーダーされたから、あんまり覚えていない――に切り揃えてもらった青系の寒色交じりの銀色の髪をいじる。……うわ、結構汗かいてるじゃん……。
陽乃にバレないよう私は汗を手で拭いつつ、話を続けた。
「私達が250年前に暮らしていた日本みたいに、どこに行っても取り敢えず見る場所があるってのは中世じゃ珍しいのよね」
「え、地元に見るべき場所なんて何も無かったじゃん?」
「いや……若者向けではないけど、なんかの郷土資料館とか梅の名所でプッシュしてる公園とかあったでしょう」
「あー」
地味にあの郷土資料館が、何かのオタクコンテンツの刀が所蔵されていたから歴女の聖地みたいな扱いだったことは基本一般人だった陽乃は知らない。梅の公園も、小学校の校庭にあった木の方がデカかったから、印象薄いしね。
「そういう感じの『観光地』ってのが、少ないはずなのよ。中世って」
とはいえ、全く無いわけではないけれども。国の首都だったり、聖地みたいな場所や古戦場なんかを観光していたって記録は、実際探せば結構ある。
例を挙げるなら……戦国時代の島津家とか。上洛するときに、めっちゃ観光していて、京都では修学旅行みたいなスケジュール感で怒涛の寺社巡りをしていたりとか、源氏物語や平家物語ルーツの聖地巡礼などもやっていた程だ。
でも、そういう観光地は中世にも確かに存在したけれども、大多数の町はそれほど観光には適さない場所であったはずだ。
「へえ、どうして?」
「単純に人の往来が無いから。人が来ないなら酒場とか宿屋って要らないでしょう」
「え、じゃあどの町にも酒場があるのってファンタジーな話なんだ……」
「幹線道路沿いとかなら結構あったらしいわ」
後は逆に大市とかを開くような都市だと、却ってそのイベントの日以外に宿泊客が来ないからむしろ普通の都市よりも宿屋が少ない、なんてこともあったみたい。やっぱり人の往来ってのが鍵なのかも。
こういう状況が決定的に変わるのは、グランドツアーの開始やらが絡んでくる。更に、最終的には19世紀辺りまで来て鉄道やら蒸気機関やらによって一般人でも長距離移動できるようになるところまで本来は待たなきゃいけない。そこまで話せば、興味あるのか無いのか分からないような生返事が返ってきた。
「ほへー……でも、この世界だと結構、宿屋も観光地もあるじゃん、明日葉?」
「そこなのよね。まあまあ中世ヨーロッパっぽいイメージはあるけど、部分部分、私達の知ってる地球とは違う発展をしてる気がしない、陽乃?」
「そうかな? そうかも……?」
もっとも、ビザンツ帝国の滅亡までをヨーロッパでの『中世』とするならば、それより先のルネサンス期や絶対主義の時代辺りも混在している感はある。……250年も暮らしていれば時代も移ろうものだろうね。
「それに砂利道とはいえ、こんな針葉樹林のど真ん中にあるようなコロニーともちゃんと道路を整備している辺り、多分地球中世世界よりかは安全じゃないかしら」
「なるほどねえ。明日葉のご講釈はやっぱ有難いなー。……お布施代わりのビスケットいる?」
「陽乃、茶化さない……まあ、ビスケットは貰うけど」
「はい、あーん――」
「ん」
……む。砂利道を歩きながらだと、食べさせてもらうのって意外とやり辛いわね。今度からは普通に手で渡してもらおう。
「……で。この旅の最終目標はやっぱ明日葉の
「いや、番は別に陽乃で良いでしょう。他に考えられないもの。
というか、それに同意してもらって出てきたつもりだったのだけど?」
「へっへっへっ、そーでした! ……じゃ、目的は?」
「――『世界の果て』。
……行けるとこまで行ってみようってくらいのノリ、ね」
「そうだった、明日葉そういうの好きだったもんね。結局やる前にこっち来ちゃったけど、特に意味なく電車の終点までひたすら乗ってみたいって中学の時言ってたし」
「むー、まあそうなんだけど……」
そうやって言われると、250年も生きたのに、やりたいことのレベルが中学時代からまるで進歩してないみたいに感じる。一応長命種基準でも成人は200年前にしているのだが、なんだかいざ大人になってみると前世の高校生だった頃と大して変わらない気がひしひしと感じている。……特に、陽乃と居ると完全に子どもの頃のノリになるし。これも『番』効果なのだろうか。
「でも、せっかくの明日葉と2人きりの旅行なんだから、すぐ終わらない目標ってのは良いね!
……結局、日本に居た頃に泊まりの旅行って2人じゃやったこと無かったし――」
「そりゃ高校生じゃ無理でしょ。……というか、家族ぐるみで旅行は行っていたじゃない。
同じ部屋になら泊まったことくらい何度もあったでしょう」
「家族と一緒も良かったけど、2人きりとは違うし!」
「はいはい……」
でも、こういうところは大人になったのかもしれない。流石に250年も経てば、こうやってもう会えないであろう家族の話も割とネタに出来るようにはなった。
こっちの世界で初めて会ってからしばらくは陽乃、しょっちゅう泣いてたもんな……髪には喜んでいたくせに。
ただ、初めて会ったときにはもう転生から50年以上経ってはいたので、陽乃のそれは引きずりすぎな気もする。
「ま、でも安全だと色々世界が広がるって感じの話なら、結構遠くまで行けるんじゃない?
ほら、ウチは剣とか弓使えるようになったし! 何より明日葉は魔法使えるじゃん!」
「でも、デカい種族だってことを考えると魔法使いって結構異端なのよね……。
と言うより、私らみたいな女子しか居なくても大きい種族とか、後は体格だけじゃ実力者かどうか分からない魔法の存在が、その安全に寄与しているってのはあるんじゃない?」
「あー、ウチらの前の世界じゃ治安悪い国とか女子1人じゃ歩けないけど、この世界だと、おひとり様でも隠れマッチョ系亜種族とか魔法使いがあり得るってことね。
そりゃあ、犯罪者も狙いをつけにくいわけで……」
「冴えてるわね、陽乃」
私が陽乃のことを褒めれば、彼女は嬉しそうに手をぶんぶんと振り回し、金色の髪を揺らす。可愛いけども、身長180cmの女がやる挙動として考えたら40cmくらい小さかった前世の頃だったら普通に恐怖で脅威だっただろう。同じ種族、ほぼ同じ身長に生まれて良かった。
「ふふん! ……あ。
ってか、商会で鉄道の話は聞いたことあったかも?」
「流石、商会長サマ。なら、まずは隣町で陽乃の商会の支店に行きましょうか」
「えぇー……、あそこ2ヶ月前に行ったばかりなんだけどー? これじゃあ、ただの出張じゃん!」
「まあまあ、近場は陽乃のテリトリーなわけだし?」
「そうだけどさー」
……そんな感じで。
私達――『ボーリアルコニファー』と呼ばれる亜種族2人の、『世界の果て』を目指す旅路は、そんな日常生活の延長線上のような他愛の無い会話から始まったので――
「へっへっへっ……そこの女っ! 命が惜しけりゃ、ありったけの金目の物と身体を俺たち『浮浪の夜雀団』に渡しな……」
「女ァ!」
「クク……!」
「うわ、テンプレみたいな山賊が出てきた! ねー、さっきこの世界は安全だって明日葉言ってたじゃん!」
「知らないわよっ! というか襲うにしても、歩いて1時間半で私達のコロニーがある場所だと普通に衛兵来るでしょっ!?」
「いやー……俺らも山賊とはいえ、夕方には宿取りたいし……」
「『浮浪』って名乗ってんのに、宿のことを気にするなっ!」
なお、私がテキトーに放った魔法の火球で、『浮浪の夜雀団』とやらは散り散りに離散してしまい、陽乃が弓を取り出す前に戦闘が終わったのであった。
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