第10話 妖精騎士リリ
――かっこいい剣士に、なりたかった。
リリは絶対に見たんだ。夜空に煌めく流れ星みたいな、鋭くて綺麗な剣閃を。
忘れられない。リリの全部を埋め尽くしちゃうような、魂が震えるような感覚を。
それをもう一度見たくて、真似したくて、だからリリは剣術を始めた。
剣をたくさん練習して、一人じゃすぐに限界だってわかったから、人間さんの学校に通うことにした。
学園に入学して、騎士を目指して頑張って。
友達は、できなかったけど……
それでも剣を振るって、一歩ずつ夢に近づいていく度に嬉しくなった。
目指すのは私を助けてくれた、あの女騎士さんみたいなかっこいい剣士。
そこに辿り着けばきっと、あの日見た流星を掴めるかもしれないから。
だから、リリは勝負を挑んだ。
学園で一番強いって噂されてる、フィレムって名前の赤髪の貴族さん。
あの人に勝ったらリリは、この学園で一番強いってことになる。
リリはフィレムに絶対勝って、そしてもっと高いところに――
「悪いねー妖精ちゃん。君の夢はもう叶わない」
……あれ?
なんでリリ、ここにいるんだっけ。
人間さん達がリリを囲んでいる。ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。
「俺も心が痛むけど、仕事だから仕方ないんだ。“もう二度と剣を持てないようにしろ”ってさ」
そうだ、思い出した……
リリは確か、人間さんに襲われたんだ。
いきなり剣で斬りつけられて、リリも必死で応戦して……
どんどん敵が増えて、だんだん疲れてきて、誰も助けてくれなくて。
そしてリリは、
「まあ、妖精にしては強かったよ。でもちょっと調子に乗り過ぎたかな? 強いだけじゃ人間様の社会じゃあ生きていけないんだぜ。――特に、お貴族様を敵にまわしたら、な」
わからない。人間さんの言っていることがよくわからない。
もう動けないリリに、剣を持った男の人が近づいてくる。
負けちゃったリリを見て、ニヤニヤと不気味に笑っている。
「殺しはしない。依頼内容に殺害は含まれてないからな――最低限の止血はしてやるよ」
その人間さんは、リリの腕に剣を当てて…………え?
いやだ。どうして。なんでそんなこと――
「だから安心して――だいじなだいじなおててが、ぐっちゃぐちゃになっちゃう所を、眺めていればいいさ」
その言葉を最後に。
何かが削れる音と、潰れる音と、壊れる音が聞こえて。
ぷつりと、リリの中にある大事な糸が、切れた気がした。
何かを叫んだ気がする。何かを目にした気がする。
でも何も覚えていない。それでいいと思った。
思い出したくない。何も考えたくない。
ゆっくりとリリはバラバラになって、暗いどこかに沈んていく。
「
……温かい声が聞こえた気がした。
◆
◆
◆
(一人称視点)
編入試験が終わった後、俺はその足でリリが眠る病室に向かった。
……彼女を助けた時点で、俺の役目は終わっている。
赤の他人である彼女に、本来そこまでする必要はないかもしれない。
だが俺は一度関わってしまった彼女を、半端な所で見捨てたくはなかった。
俺は変わると誓ったのだ。一度決めたことは、最後まで貫き通したい。
それに。
「理不尽な理由で夢を奪われる絶望感は、俺もよく知っているからな」
才能の
◆
「あなたは……」
病室についてすぐ、リリは意識を取り戻した。
ぱちぱちと可愛らしく瞬きをして、
「目覚めたか。体調はどうだ?」
彼女はゆっくりと体を起こす。金糸のような髪がさらさらと流れ、夕日を反射して煌めいている。
傷跡も残っておらず、血色も良い。俺が見る限り問題はなさそうだった。
「俺はティグル・アーネスト。明日から君と同じく、アヴァロン王立騎士学園に通うことになった。よろしく」
「ティグル……?」
そして何かを思い出したように、エメラルドの瞳がまんまるに見開かれた。
「あ、あの時リリを助けてくれた……?」
「覚えていたのか。大事にならなくて何よりだ」
俺の言葉を聞いて、事件のことを思い出したのだろう。
慌ててリリは自身の両腕を見る。細く小さな腕が、両方ともくっついていた。
「あ、ある……リリの腕が、ある……!」
「
俺の口はそこで動かなくなってしまった。
リリの
……なんと声を掛ければいいか、反応に困ってしまう。
「その、なんだ、お医者さん呼んだ方がいいか……?」
「――ありがとーっ!!」
俺の言葉は再び中断された。子犬のように突如飛びついてきたリリによって。
涙を
喜びのあまり感極まったという所か。しかしほぼ初対面の相手にいきなり飛びついてくるとは思わず、
そして軽い。軽すぎる。彼女の重さをまるで感じない。まるで雲のような軽さだ。
「あなたが治してくれたんだよね!? すごいよ、ほんっとうにありがとう!!」
「ちょ、なん!?」
言ってる内に、今度は
抱きつかれている俺も当然一緒だ。されるがままに回転ダンスである。
翅から
「腕も翅もあるっ、生えてる!! あは、あはははははは!!」
「落ち着けリリ」
「えっ、わぁ!?」
止まる気配がなかったので、俺はやむなく強硬手段を取った。
重心をずらし、制御権を奪う。続けてリリの腕をくい、と引き寄せ、飛び回る元気娘を胸の中にすっぽり捕らえた。
「よし捕まえた」
「す、凄い! 身体がクルンって回されちゃった! 今のどうやったの!?」
瞳をキラキラ輝かせながら、上目遣いで
ともかく元気を取り戻してくれたようで何よりである。
「今のはただの体術だ。興味があるならリリにも教え――む?」
「――失礼する。リリという少女はこの病室にいるか?」
そしてリリの質問に意気揚々と答えようとした俺の出鼻は、新たな訪問者によってくじかれた。
入ってきたのは二人組の男。白銀の甲冑を纏った、アヴァロン王国の騎士だ。
「は、はい。リリです」
「そうか。無事に目覚めたようで何よりだ。今回は災難だったね」
その言葉に、びくりとリリが肩を振るわせたのがわかった。
「病み上がりの所申し訳ないが、事情聴取をさせてもらいたい。今回君を襲った、襲撃犯について」
「もし同じ様な事件が起きたら問題だからね。なるべく早く当事者から事情を聞く必要があるんだ。済まないがご協力願いたい」
二人の騎士は紳士的に、リリにそう告げた。
騎士の仕事の一つには、街の治安維持が含まれるという。彼らも犯人探しに必死なのだろう。
「わ、わかり、ました……」
「ありがとう。……少年。歓談中に割り込んで済まないが、一旦席を外してくれないだろうか」
「部外者には話せない内容もあるからね。なるべく早く済ませるようにはするが」
親切な騎士達だ。
リリの事情を汲んで、なるべく負担を掛けない様に
……だが。この状態の彼女を置き去りにするのは気が引ける。
「騎士さん。俺もその聴取に協力させてください。彼女を現場で見つけたのは俺です」
「ティ、ティグル?」
「……む。君は発見者だったのか。部外者ではないという訳だな」
「失礼した。ならば第一発見者として、二人合わせて是非ご協力願いたい」
「勿論です」
一人で事件について問いただされるより、顔見知りがいたほうが気も和らぐだろう。
それに個人的にも、この襲撃事件については詳細を知っておきたいからな――
◆
……聴取が終わり、騎士達が帰った頃にはすっかり夜になっていた。
「ごめんねティグル。こんな遅くまで付き合ってもらって」
「大丈夫だ。俺も有益な情報を得られたからな」
リリと騎士達の情報をまとめると、やはり襲撃犯は複数人のグループだった。
王都を一人で歩いていると、いきなり囲まれて襲いかかってきたのだという。
彼女曰く襲われる心当たりもなく、襲撃者の顔にも覚えはなかったらしい。
一人で応戦したが、運悪く巡回の騎士もおらず、次第に
犯人達の正体はわからず、目的も不明。構成員の身柄も全く確保できていない。
騎士達が目下捜査中との事だが、こうも手がかりが少ないのでは期待はあまりできないだろう。
「もしかして一緒に聴取に付き合ってくれたのって、リリの心配をしてくれたから?」
「まあ、流石に一人にするのは気が引けてな」
「……えへへ。ありがとーティグル」
ふにゃりと柔らかな笑顔を見せるリリ。
だが俺は、その裏に隠された疲労と緊張の色に気づいていた。
無理もない。トラウマになってもおかしくない事件を、仕方がないとはいえ掘り起こすような真似をしたのだ。
現に聞き取りの最中にも、彼女の表情に
肉体が癒えても、リリの心には深い傷が残ったままなのだ。
「ティグルっていい人だね。初めて会うリリの為に、こんなに優しくしてくれるなんて」
「……そうだろうか?」
思わずリリに聞き返す。
「そうだよ! リリ
「そ、そうか……あまり自覚はなかったが」
リリみたいな、か……
妖精族がこうした人里に姿を現すのは珍しい。種族の違いで苦労することもあったのかもしれない。
逆にいえば、そこまでしてあの学園に通う理由があったということか。
……やはり、確かめる必要がある。
「リリ。……君はまだ、学園に通うつもりはあるか?」
「っ」
リリはその問いに、咄嗟に答えることができなかった。
騎士を目指すならば、学園を卒業するのが一番の近道だ。
それは彼女もわかっているはず。しかし彼女の身体は動かない。
理由は明白だ。彼女は剣に対し、トラウマを刻みつけられてしまった。
剣での戦いに負け、ああも
敗北は、剣士の心を
だが剣の道を歩む者ならば、敗北という道は決して避けては通れない。
それを乗り越えてこそ、真の意味で強くなれるのだ。
彼女は今、人生の
騎士の道を歩むか、諦めるか。
俺は、その決断を見届けたい。
「……いや、悪かった。この場で答えなくてもいい。幸い時間はまだある」
「ティグル……?」
最終的に未来を決めるのは彼女。だがその為には時間が必要だろう。
剣の道を極めるのに、寄り道が不要という訳ではない。俺は前世からそれを学んでいる。
だから俺は
……初対面の相手に、馴れ馴れしいかもしれないが。
「リリ。よかったら明日、気分転換に出掛けてみないか?」
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