第8話 【朧斬り】
(三人称視点)
「ちょ――ガリウス先生!? 【風装】使っちゃいましたよ!? あれ本気ですよね!?」
ティグルとガリウスが試験を行っている修練場の上部。
観覧席になっているその場所で、幾人かの教師が二人の戦いを観察していた。
「ルフォス学園長! 止めなくていいんですか!? あのままぶつかったら編入生君、大怪我どころじゃ済まないですよ!?」
先ほどから大声で騒いでいるのは、今年入ってきたばかりの女性新任教師、マルル・フレリアであった。
一方観覧席の一つに座る、学園長ルフォス・ガラハッドは、全く動揺する素振りを見せなかった。
「今回の試験はガリウス教諭に一任している。彼が試験を止めない以上、私も試験を止めるつもりはない」
「でも、明らかに異常ですよ!? 幾ら何でも子供相手に【風装】を使うことなんてないじゃないですか! あれは
「彼が必要だと判断したから使ったんだろう。彼の観察眼と判断力は私も疑っていない。ここは彼の判断を信じようじゃないか」
そう言いつつルフォスの視線は今回の受験者、ティグル・アーネストに向けられていた。
ガリウスが彼の異常性に気づいたように、ルフォスもまた彼の特異性に気づいている。
(さて、お手並み拝見といこうか。ティグル・アーネスト)
◆
(一人称視点)
「ウオオオォォ――ッ!!」
雄叫びをあげ獣と化したガリウスが、風の鎧を纏って突貫してくる。
なるほど、あの風が身体を押し出して加速させているのか。
あれほどの巨体、剛剣が高速で接近してくるとなれば、確かに恐ろしい。
「【極点】」
俺は逃げも隠れもしない。
真正面から、暴風を纏ったガリウスの剣とぶつけ合う。
鋼と嵐が共鳴し、文字通り剣が悲鳴をあげる。
「……クッ!?」
そして押し負けたのは、またしてもガリウスであった。
驚愕の表情を浮かべ、風の力で一気に後退する。
……厄介な魔術だ。
彼の纏う風が、機動力と防御力を底上げしている。
それに今の
決定打を与えるには、あの風の鎧を剥がす必要がある。
「――【風刃】ッ!」
そしてガリウスは次なる手を打ってきた。
彼が何事か呟いた直後、
これは……魔術で作られた風の刃か。
「フッ」
鋭く吐いた息が、不可視の刃で切り裂かれる。
【極点】は使わない。首を逸らし、飛んできた風の刃を躱わす。
無色透明の風の斬撃は、初見の相手を切り刻むのにはうってつけだろう。
だが魔力の痕跡や空気の揺らぎまでは、完全に消すことはできない。
「チッ……まだだ!」
舌打ちをしてみせるガリウスだが、彼も今ので仕留められるとは思っていなかったようだ。
その証拠に彼の周りを、
どうやらこれ以上近づくつもりはないらしい。
二度の打ち合いで、接近戦では不利と悟ったようだ。
「そうか。魔術が使えると距離を取って戦う、という選択肢が取れるのか。魔術と剣術の組み合わせ、やはり面白いな……」
ガリウスの元から次々と風の刃が飛来し、遠距離からこちらを切り刻もうとしてくる。
俺はそれらを見切り、身のこなしだけで回避を繰り返す。
……これでは迂闊に近づけんな。
ガリウスの剣に、魔力が集中していくのが感じ取れる。
恐らくは時間の掛かる“溜め”の攻撃。俺の【極点】を打ち破る程の破壊力を用意するつもりだろう。
あるいは俺が風の刃の対処に【極点】を使った瞬間、暴風で全てを薙ぎ払うつもりかもしれない。
となるとやはり、風の刃は【極点】で防御するのではなく、回避に専念すべきだろう。
「まるで攻城戦だな。面白い」
俺が守りをすり抜け、ガリウスを斬り伏せるのが先か。
ガリウスの溜めが終わり、俺が嵐の
やはりいつの時代も、強者との戦いは胸が躍るな……!
◆
「あいつ、何やってんだ……?」
「さっきからふらふら歩いて、酔っ払ってんのか?」
「よく見えないけど、ガリウス先生に攻撃されてるんじゃないかしら」
「! そうか、風の刃か!」
「なんて無様な動きだ、優雅さの欠片もない。避けるだけで精一杯のようだね」
嵐に混じって生徒たちのどよめきが聞こえる。だが今は関係ない。
身を逸らす、捻る、屈む。
風の刃の乱舞を、紙一重で躱わす。
……段々と、ガリウスの呼吸が掴めてきた。
どんな攻撃にも、使い手の癖は必ず染み付く。
それは剣術であっても、魔術であっても変わらない。
ならばそれを読み取れば相手の攻撃、そして思考すら逆算することも容易。
――間も無く、ガリウスの
「フッ!」
仕掛ける。
ふらふらと回避に専念する動きから、直線軌道への急転換。
四方から風の刃が迫るが、もはや見る必要もない。
最小限の動きで躱し、最短でガリウスに肉薄する。
ガリウスも俺の
溜めを中断し、迎撃の構えを見せる。
不完全ではあるが、魔力を込めた振り下ろし。
だがまだ足りない。【極点】のタイミングを合わせれば、十分に打ち返せる。
射程範囲に侵入する。
リーチの差でこちらは後手になるだろう。故に狙うは【極点】でのカウンター。
視線、息遣い、重心、魔力の波。それらがガリウスの攻撃のタイミングを教えてくれる。
最後の攻防、準備は万全。外す可能性などない――
「――――」
その瞬間。俺の思考は寸断された。
◆
(三人称視点)
(掛かった……!)
その瞬間、ガリウスは勝利を確信した。
(
――酸素欠乏症。
人間は酸素なしでは生きられない。無論、ティグルも例外ではない。
酸素濃度の薄い空気を吸い込めば、人間は一瞬で酸素欠乏症へと陥ってしまう。
そしてガリウスの風魔術は風を起こすだけではない。空気中の酸素濃度をも操ることが可能。
故にガリウスは罠を張った。最短で迫るティグルの進行ルートを予測し、そこに酸素濃度の薄い空気を置いたのだ。
そして、ティグルはそれを吸い込んでしまった。
筋力の低下、意識の混濁。
どんな達人であろうと、生物である限り防げはしない。
ましてや戦闘中に酸欠状態に陥れば、それは致命的な隙を産む。
(加減は無用、最速で叩き斬る!!)
そしてガリウスは嵐を推進力とし、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。
「――してやられた。魔術にはこうした使い方もあるのだな」
そのガリウスの生涯渾身の一撃は。
「だが、毒にしては
片腕で剣を持ち上げるティグルによって、易々と止められた。
◆
(一人称視点)
いやあ、驚いた……
まさか風魔術で酸欠を狙ってくるとは。
これまで風魔術を使った魔族達は、どいつも直接的な攻撃にばかり利用していた。
魔術の力を過信して、それに頼り切った戦い方をする連中が多かったからな……
酸欠攻撃といったような、
だから驚いて一瞬、思わず動きが止まってしまった。
考えてみれば実に人間らしい、工夫を凝らした戦い方である。
「何故、動けている……!? 毒の息を見切っていたのか!?」
「いや、吸ってみるまでわからなかった。なんとなく罠の気配はしていたが」
風の刃と違い、この毒の息はまるで気配を感じ取れなかった。
だがガリウスがこの状況で、何の対策も講じていないとは考えにくかったのだ。
剣と剣での真っ向勝負は、俺の方に分がある。それは初撃の一合でガリウスも理解したはずだと……
ならばガリウスはきっと、何らかの対策を講じてくる筈。
そして俺は、何があっても対処できるよう万全の準備をしていた。
即ち……
「
魔力とは、全ての生物に流れるエネルギーの名称だ。
その用途は魔術だけに限らない。
身体能力の向上、エネルギーの収束、そして自然回復力の向上。
普段から【極点】を使う時にも、そうした小技は使用している。
なにせ音速を超える程の力を一点に集めれば、肉体の方が保たないからだ。
【極点】を使う際に魔力で肉体を保護したり、傷ついた筋肉の治癒力を早めたりといった芸当はいつもしていた。
今回のそれも、その延長線上の技術に過ぎない。
俺は酸欠による機能低下を感知した瞬間、あらかじめ用意しておいた魔力を巡らせ、瞬間的に治癒力を引き上げたのだ。
その結果、酸欠による機能低下は一瞬で回復し、ガリウスの迎撃に間に合ったという訳だ。
「【極点】は、あらゆる力を一点に集中させる技術。当然、己が魔力の操作方法も心得ている」
「怪物め……!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
剣と剣がぶつかり火花が散る。腕から伝わる圧力が増す。
ガリウスは強引にこの鍔競り合いを制して、俺を叩き潰すつもりのようだった。
……残念だが、勝敗は決した。
「俺の剣術は、剛剣の極致だと自負している」
「!」
身体中のエネルギーを、一点に集中する。
魔力によって物理法則すら歪めるその技は、体格差など容易に覆す。
「極めた剛剣の前には、あらゆる防御は意味を成さない。無論、鍔競り合いなど通用しない」
蝋燭のような手応えと共に俺の剣が、ガリウスの剣に
剣も魔力も、風の鎧も関係ない。
俺の剛剣は、全てを断ち切る。
「なッ……!」
「【極点】――【
【朧斬り】はただの斬撃に
それは魔力そのものを断ち切る一撃。
ガリウスの剣と風の鎧が、真っ二つに斬り裂かれた。
嵐が止み、ガリウスが地面に倒れ伏す。
ここに、勝敗は決した。
◆◆◆
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