第8話 【朧斬り】


(三人称視点)



「ちょ――ガリウス先生!? 【風装】使っちゃいましたよ!? あれ本気ですよね!?」



 ティグルとガリウスが試験を行っている修練場の上部。

 観覧席になっているその場所で、幾人かの教師が二人の戦いを観察していた。



「ルフォス学園長! 止めなくていいんですか!? あのままぶつかったら編入生君、大怪我どころじゃ済まないですよ!?」



 先ほどから大声で騒いでいるのは、今年入ってきたばかりの女性新任教師、マルル・フレリアであった。

 一方観覧席の一つに座る、学園長ルフォス・ガラハッドは、全く動揺する素振りを見せなかった。



「今回の試験はガリウス教諭に一任している。彼が試験を止めない以上、私も試験を止めるつもりはない」


「でも、明らかに異常ですよ!? 幾ら何でも子供相手に【風装】を使うことなんてないじゃないですか! あれは対魔女用・・・・に編み出された魔術であって、対人用ではありません!!」


「彼が必要だと判断したから使ったんだろう。彼の観察眼と判断力は私も疑っていない。ここは彼の判断を信じようじゃないか」



 そう言いつつルフォスの視線は今回の受験者、ティグル・アーネストに向けられていた。

 ガリウスが彼の異常性に気づいたように、ルフォスもまた彼の特異性に気づいている。



(さて、お手並み拝見といこうか。ティグル・アーネスト)




(一人称視点)



「ウオオオォォ――ッ!!」



 雄叫びをあげ獣と化したガリウスが、風の鎧を纏って突貫してくる。

 なるほど、あの風が身体を押し出して加速させているのか。

 あれほどの巨体、剛剣が高速で接近してくるとなれば、確かに恐ろしい。



「【極点】」


 俺は逃げも隠れもしない。

 真正面から、暴風を纏ったガリウスの剣とぶつけ合う。

 鋼と嵐が共鳴し、文字通り剣が悲鳴をあげる。



「……クッ!?」



 そして押し負けたのは、またしてもガリウスであった。

 驚愕の表情を浮かべ、風の力で一気に後退する。


 ……厄介な魔術だ。

 彼の纏う風が、機動力と防御力を底上げしている。

 それに今の鍔競つばせり合い。剣を弾き飛ばすつもりだったが、上手く力を流された・・・・。あの身に纏っている風が力に干渉したのだろう。恐らくダメージもほとんどない。

 決定打を与えるには、あの風の鎧を剥がす必要がある。



「――【風刃】ッ!」



 そしてガリウスは次なる手を打ってきた。

 彼が何事か呟いた直後、空気が揺らいだ・・・・・・・

 これは……魔術で作られた風の刃か。



「フッ」



 鋭く吐いた息が、不可視の刃で切り裂かれる。

 【極点】は使わない。首を逸らし、飛んできた風の刃を躱わす。

 無色透明の風の斬撃は、初見の相手を切り刻むのにはうってつけだろう。

 だが魔力の痕跡や空気の揺らぎまでは、完全に消すことはできない。



「チッ……まだだ!」



 舌打ちをしてみせるガリウスだが、彼も今ので仕留められるとは思っていなかったようだ。

 その証拠に彼の周りを、飛燕ひえんが如く無数の風の刃が飛び回っていた。


 どうやらこれ以上近づくつもりはないらしい。

 二度の打ち合いで、接近戦では不利と悟ったようだ。



「そうか。魔術が使えると距離を取って戦う、という選択肢が取れるのか。魔術と剣術の組み合わせ、やはり面白いな……」



 ガリウスの元から次々と風の刃が飛来し、遠距離からこちらを切り刻もうとしてくる。

 俺はそれらを見切り、身のこなしだけで回避を繰り返す。

 ……これでは迂闊に近づけんな。


 ガリウスの剣に、魔力が集中していくのが感じ取れる。

 恐らくは時間の掛かる“溜め”の攻撃。俺の【極点】を打ち破る程の破壊力を用意するつもりだろう。

 あるいは俺が風の刃の対処に【極点】を使った瞬間、暴風で全てを薙ぎ払うつもりかもしれない。

 となるとやはり、風の刃は【極点】で防御するのではなく、回避に専念すべきだろう。



「まるで攻城戦だな。面白い」



 俺が守りをすり抜け、ガリウスを斬り伏せるのが先か。

 ガリウスの溜めが終わり、俺が嵐の藻屑もくずとなるのが先か。


 やはりいつの時代も、強者との戦いは胸が躍るな……!





「あいつ、何やってんだ……?」

「さっきからふらふら歩いて、酔っ払ってんのか?」

「よく見えないけど、ガリウス先生に攻撃されてるんじゃないかしら」

「! そうか、風の刃か!」

「なんて無様な動きだ、優雅さの欠片もない。避けるだけで精一杯のようだね」



 嵐に混じって生徒たちのどよめきが聞こえる。だが今は関係ない。

 身を逸らす、捻る、屈む。

 風の刃の乱舞を、紙一重で躱わす。


 ……段々と、ガリウスの呼吸が掴めてきた。

 どんな攻撃にも、使い手の癖は必ず染み付く。

 それは剣術であっても、魔術であっても変わらない。

 ならばそれを読み取れば相手の攻撃、そして思考すら逆算することも容易。


 ――間も無く、ガリウスの溜めチャージが終わる。



「フッ!」



 仕掛ける。

 ふらふらと回避に専念する動きから、直線軌道への急転換。

 四方から風の刃が迫るが、もはや見る必要もない。

 最小限の動きで躱し、最短でガリウスに肉薄する。


 ガリウスも俺の意図いとを察したのだろう。

 溜めを中断し、迎撃の構えを見せる。

 不完全ではあるが、魔力を込めた振り下ろし。

 だがまだ足りない。【極点】のタイミングを合わせれば、十分に打ち返せる。


 射程範囲に侵入する。

 リーチの差でこちらは後手になるだろう。故に狙うは【極点】でのカウンター。

 視線、息遣い、重心、魔力の波。それらがガリウスの攻撃のタイミングを教えてくれる。

 最後の攻防、準備は万全。外す可能性などない――



「――――」



 その瞬間。俺の思考は寸断された。




(三人称視点)



(掛かった……!)



 その瞬間、ガリウスは勝利を確信した。

 よどみなく動いていたティグルの動きが、目の前で一瞬遅れた・・・



猛獣相手には毒を盛る・・・・・・・・・・。これが俺の、人間としての戦い方だ!)



 ――酸素欠乏症。

 人間は酸素なしでは生きられない。無論、ティグルも例外ではない。

 酸素濃度の薄い空気を吸い込めば、人間は一瞬で酸素欠乏症へと陥ってしまう。


 そしてガリウスの風魔術は風を起こすだけではない。空気中の酸素濃度をも操ることが可能。

 故にガリウスは罠を張った。最短で迫るティグルの進行ルートを予測し、そこに酸素濃度の薄い空気を置いたのだ。

 そして、ティグルはそれを吸い込んでしまった。


 筋力の低下、意識の混濁。

 どんな達人であろうと、生物である限り防げはしない。

 ましてや戦闘中に酸欠状態に陥れば、それは致命的な隙を産む。



(加減は無用、最速で叩き斬る!!)



 そしてガリウスは嵐を推進力とし、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。




「――してやられた。魔術にはこうした使い方もあるのだな」



 そのガリウスの生涯渾身の一撃は。



「だが、毒にしては生温なまぬるいな。もちっと過激な代物を用意するべきだぞ」



 片腕で剣を持ち上げるティグルによって、易々と止められた。




(一人称視点)



 いやあ、驚いた……

 まさか風魔術で酸欠を狙ってくるとは。


 これまで風魔術を使った魔族達は、どいつも直接的な攻撃にばかり利用していた。

 魔術の力を過信して、それに頼り切った戦い方をする連中が多かったからな……

 酸欠攻撃といったような、搦め手・・・を使う輩が殆どいなかったのだ。


 だから驚いて一瞬、思わず動きが止まってしまった。

 考えてみれば実に人間らしい、工夫を凝らした戦い方である。



「何故、動けている……!? 毒の息を見切っていたのか!?」


「いや、吸ってみるまでわからなかった。なんとなく罠の気配はしていたが」



 風の刃と違い、この毒の息はまるで気配を感じ取れなかった。

 だがガリウスがこの状況で、何の対策も講じていないとは考えにくかったのだ。

 剣と剣での真っ向勝負は、俺の方に分がある。それは初撃の一合でガリウスも理解したはずだと……俺はガリウス・・・・・・の実力を信じた・・・・・・・


 ならばガリウスはきっと、何らかの対策を講じてくる筈。

 そして俺は、何があっても対処できるよう万全の準備をしていた。

 即ち……



魔力による超回復・・・・・・・・。俺は魔術は使えんが、こうした小技こわざは得意でな」



 魔力とは、全ての生物に流れるエネルギーの名称だ。

 その用途は魔術だけに限らない。

 身体能力の向上、エネルギーの収束、そして自然回復力の向上。

 普段から【極点】を使う時にも、そうした小技は使用している。

 なにせ音速を超える程の力を一点に集めれば、肉体の方が保たないからだ。

 【極点】を使う際に魔力で肉体を保護したり、傷ついた筋肉の治癒力を早めたりといった芸当はいつもしていた。


 今回のそれも、その延長線上の技術に過ぎない。

 俺は酸欠による機能低下を感知した瞬間、あらかじめ用意しておいた魔力を巡らせ、瞬間的に治癒力を引き上げたのだ。

 その結果、酸欠による機能低下は一瞬で回復し、ガリウスの迎撃に間に合ったという訳だ。



「【極点】は、あらゆる力を一点に集中させる技術。当然、己が魔力の操作方法も心得ている」


「怪物め……!」


「褒め言葉として受け取っておこう」



 剣と剣がぶつかり火花が散る。腕から伝わる圧力が増す。

 ガリウスは強引にこの鍔競り合いを制して、俺を叩き潰すつもりのようだった。


 ……残念だが、勝敗は決した。



「俺の剣術は、剛剣の極致だと自負している」


「!」



 身体中のエネルギーを、一点に集中する。

 魔力によって物理法則すら歪めるその技は、体格差など容易に覆す。



「極めた剛剣の前には、あらゆる防御は意味を成さない。無論、鍔競り合いなど通用しない」



 蝋燭のような手応えと共に俺の剣が、ガリウスの剣に食い込む・・・・

 剣も魔力も、風の鎧も関係ない。

 俺の剛剣は、全てを断ち切る。



「なッ……!」


「【極点】――【朧斬おぼろぎり】」



 【朧斬り】はただの斬撃にあらず。

 それは魔力そのものを断ち切る一撃。



 ガリウスの剣と風の鎧が、真っ二つに斬り裂かれた。

 嵐が止み、ガリウスが地面に倒れ伏す。

 ここに、勝敗は決した。




◆◆◆

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