第3話 初めての家族


 転生してから一週間も経つ頃には記憶の統合と整理も終わり、ティグル・アーネストを取り巻く環境と家族の事はおおよそ把握できた。


 元々冒険者であった両親は結婚して引退。父の故郷であるこのオグールドという小さな村に移り住んだのだという。

 そしてティグルは父ゼブリック・アーネストと母イルマ・アーネストの間に生まれた一人息子で、元剣士である父親に憧れて剣術を学び始めた。

 朧げに将来の夢を思い描きながら剣を振るっていた時、俺は前世の記憶を思い出したという訳だ。



 それからというもの、俺は毎日剣の修行に明け暮れた。

 剣の技術は覚えているが、肉体がそれに追いついていない。

 今の肉体でできる最適な剣術を模索もさくし、父と模擬試合を行う。

 母は剣を振るう俺をみて怪我をしないか心配していたが、最終的には応援してくれた。

 ……前世では恵まれなかった、家族という人のえにし。その温かさを感じながら剣の道を歩む。そんな幸せな日々を過ごした。




 ――そして、あっという間に、五年の歳月が流れ。

 十六歳となった俺は、父ゼブリックと模擬試合を行なっていた。



「フッ!」



 一息吐き、背を屈めて一気に父の足元へ跳ぶ。

 すっかり手に馴染んだ小さな木刀で、足元からすくうように斬り上げる。

 子供の低身長を活かした低所からの攻撃。これに対処する方法は限られるだろう。



「くっ……やるなティグル!」



 父の選択は、剣を振り下ろしての迎撃。

 当たり前だが、下から斬るのと上から斬るのとでは、後者の方が威力が出る。

 恐らく俺の剣を叩き落とし、そのまま俺の頭部を狙うつもりなのだろう。

 我が父ながら容赦ようしゃない。だが戦いとはそうでなくては。



「一点集中――」



 体内に巡る力――魔力を練り上げる。

 子供であろうと誰であろうと、万物には魔力が内包されている。

 俺が前世から得意とするのは、そうしたエネルギーを一点に集中させることだ。

 

 魔力から生じた爆発的運動エネルギーを手に持つ剣へ。

 子供の力では大人に敵わないが、それでも一点に集中させれば話は別だ。



「なっ――」



 岩と岩がぶつかったような、木剣とは思えない衝撃音。

 そうして弾かれたのは、父の方だった。



 慌てて後ろに飛び退く父。

 ……父の手はまだ剣を握ったままだ。

 俺の思い描く全盛期の力には程遠い。前世なら今の一撃で剣を砕いていただろう。

 やはり子供の肉体では力を引き出すのにも限度があるな。ないものねだりをしても仕方がないが。



「いくよ、父さん」



 集中させていた力を木剣から足元へ移動。庭の土が弾け飛ぶ。

 低姿勢を維持したまま爆発的な加速。そのまま追撃をはかる。



「なっ、ぐぅっ……!」



 魔力によって強化された剣術は、体格差を容易に覆す。

 斬り上げた俺の剣は昇竜の如く、正確に父の右腕を狙う。


 地をう俺の追撃に、体勢を崩した父は対応できない。

 今度こそ父の手から木剣が離れ、勝敗は決した。





「はぁ、はぁ……俺の負けだ。ティグル、もうお前には敵わないな」



 地面にへたり込んで息を荒げる父は、負けたというのにどこか満足そうな顔をしていた。

 前世の俺ならきっと、理解できないと吐き捨てていただろう。しかし今なら理由がなんとなくわかる気がした。



稽古けいこに付き合ってくれてありがとう、父さん」


「ハハ、むしろ俺が稽古を付けられている気分だったよ。俺も衰えたな……」


「父さんならまだまだ強くなれると思うよ。あと二十本くらいやらない?」


「え、遠慮しておくよ……ティグルは本当に元気だなぁ」



 なぜか顔を引きつらせる父。

 もしかして体力があまり残っていないのだろうか。だとしたら無理に付き合わせる訳にはいかないな。



「ところでさっきの凄い威力の斬り上げと加速、どこで学んだ技術なんだ? 俺は教えた覚えはないが」


「え、ああ、あれはちょっと独学で……」



 ……嘘は言っていない。あの技術は俺が独学で練り上げた技術だ。前世で。

 結局俺は今に至るまで、前世のことを両親に伝えていない。

 俺の前世や転生に関わりがあるようには見えなかったし、俺自身も他者にあまり話したくはない内容だからだ。

 大切な両親に余計な心労を掛けたくないのもあって、己の正体をこうして誤魔化すことは何度かあった。



「独学でここまで強くなるとは、流石は俺の息子だ。……だが、やはりこのままじゃダメだな」


「?」



 そして息を整えた父が、今度は思案しあんげな表情を浮かべた。

 ……なんだろう。今の戦い方に問題があっただろうか。父の冒険者時代につちかったという対魔物用剣術を学んで、あの低姿勢からの攻撃を実践してみたのだが……



「ティグル。お前の実力は申し分ない。もう王国の騎士団に入っても十分通用する実力だろう」


「じゃあ、何がダメなの? 父さん」


「打ち止めなんだ。此処ここに居るとこれ以上成長できない」



 ……ようやく俺は、父の言葉の意味を理解した。

 もう居ないのだ。この村には俺と剣術を高め合う程の、強さと覚悟を持った剣士が。



「俺はもう引退した身だ。イルマや生活の事もあるし、剣の道をこれ以上歩むつもりはない」



 俺は父の実力を超えている。俺の理想としては、今度は父が俺を追いかけて欲しい。そしてまた剣で競い合いたいと思っていたのだが……やはり、そうなるか。

 父にとっては、剣の道よりも大切なものが既に存在しているという事だ。

 ならば俺も無理強いはできない。人の歩む道は人それぞれなのだから。



「そしてこの村には他に剣士がいない。剣とは競い合って強くなるものだ。好敵手ライバルがいなければ剣士としての成長は、ここで打ち止めになってしまう」



 オグールド村は辺境の小村。人口も少なく、同世代の子供はもっと少ない。

 害獣や魔物から身を防ぐ為に剣を持つ人はいるが、本気で剣の道を歩もうとする者は俺の知る限りいない。

 同世代の子供を剣の道に誘ってみたこともあるがあまり興味を示さなかった。残念である。




「俺からティグルに教えられることはもうない。だからもっと強くなりたいなら、お前は此処を離れるべきだろう」


「……つまり?」


「アヴァロン王立騎士養成学校。あそこなら同世代の剣士が国中から集まる。お前と同じ剣の道を進む奴も、きっと見つかるはずだ」



 この時代には三大国と呼ばれる、巨大な国家が存在する。その中の一つが今俺がいる、アヴァロン王国。

 そしてこの時代には“騎士”と呼ばれる者が存在する。武力と誇りを尊び、国と王族に忠誠を誓う戦士の名称だ。

 聞けば、その首都レガリアには少年少女達を集め、将来の騎士候補達を育成する場所があるのだという。



「騎士といっても色々な・・・戦い方があるが、俺の知る限り剣を学ぶ場所としては一番だ。優れた成績を残せば、騎士どころかもっと上の地位も目指せるぞ」


「他者から、剣を学ぶ……」


「俺も現役時代は独学で剣を磨いてきたが……どうにも頭打ちになってしまってな。やっぱりきちんとした場所で剣術を学んだ方がいいと思うんだ。自分の息子なら尚更な」


「父さん……」



 ……俺のために、そこまで考えていてくれたのか。



「それに学校ならほら……ティグルの初めての友達もできるかもしれないからな」


「父さん?」


「とにかくティグル。俺はお前の夢を全力で応援したい。この村ではお前の才能は埋もれてしまう。だからお前が望むなら、俺はなんとしてでも学園に入学させてやるつもりだ」


「――――」



 この村から首都は遠い。しばらく父と母の顔は見れなくなるだろう。

 それに学園などという場所には、前世では一度も通ったことがない。

 人との交流経験に乏しい俺が、果たして同年代の子供達と共同生活などできるだろうか?


 ――そんな不安を置き去りにして。



「行くよ。父さん」



 俺の答えはとっくに出ていた。

 数多の剣士達と交流し、互いに競い合い、高めあう。俺の理想とする環境がそこにある。

 その期待と興奮こうふんの前には、ちっぽけな不安などちりのように吹き飛んでしまった。



「俺は、まだまだ強くなりたい。いつか誰からも認められる、最強の剣士になりたいんだ」


「……はは。俺も昔は同じ事を考えていたよ。やっぱりお前は俺の息子だなあ!」



 そう言って父は嬉しそうに、俺の頭を乱暴に撫で回した。

 ……学園か。年甲斐もなく心が躍ってしまうな。いや肉体年齢的には分相応か?

 ともかく俺はこうして、王国騎士養成学校へ編入することを決めた。






「ティグルが学園に!? 離れ離れになるなんて私、耐えられません!!」




 ……俺と離れたがらない母を説得する為に、俺と父の長きにわたる戦いがあったのだが。

 これはまた別の話である。

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