破邪の剣、数珠丸が舞う。霞斬り無明剣、氷雨剣四郎参る!!
海石榴
第1話 花魁糸里の頼み事
江戸に桜花が咲きほころんだものの、ここ三、四日は花冷えの日がつづいていた。
「氷雨の旦那、吉原の四郎兵衛会所の者から、こんなものをあずかってめえりやして」
と言って、岡っ引きの辰三が、奥の座敷で刀の手入れをしていた氷雨剣四郎に声をかけた。
辰三がふところから取り出したものは、小判の切り餅(二十五両)、それと一通の書状であった。
剣四郎は膝の前に置かれた切り餅と書状に一瞥をくれた。
愛刀の数珠丸に打粉をはたきながら、興味なさそうにぼそりと口をひらいた。
「辰、読んでみよ」
「へえ」
と応じて、書状をひらいた辰三の金壺眼に、おそろしく達筆な女文字が目に飛び込んできた。
時候の挨拶などの前置きは一切ぬきにして、
「わちきは、吉原三浦屋の花魁、糸里でござりんす」
とある。
さらに目を通していく。
みるみる辰三の眉間に深い皺が刻まれた。
「はて、いかがした?」
剣四郎の問いに、辰三が四角い顔をあげた。
江戸っ子特有の頑固そうな顔であるが、卑しさのある顔相ではない。
「旦那……」
「うむ」
「これは、てえへんな頼み事ですぜ」
剣四郎は愛刀の刀身から打粉をぬぐい、その澄肌に目を走らせた。あたかも女の絹のような肌に見惚れるような眼差しで、刀身のかがやきに見入った。
それから、ゆっくりと刀身を黒塗藤巻き鞘におさめ、もの憂げに口を開いた。
「で、なんと申してある?」
「実は、吉原の花魁からの頼み事でござんして……」
「ふむ」
「自分の首を斬り落としてもらいたいと書いてありやす。切り餅は、その首代とか。よほどの事情があるようで……いかがいたしやすか」
剣四郎は切れ長の目を半眼にして虚空をみつめた。
―つづく
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