第58話 村長ハインツと娘のクリスタ

 クリスタと名乗ったのは、太一達より少し年下に見える、淡い栗色の長い髪と、髪と同じ色の瞳が目を引く美しい女性だった。

 そんなクリスタに押さえつけられているハインツの髪も良く似た栗色だ。このあたりは父親似なのだろう。


「フローターズと言ったかな。先ほどは大変失礼した。村長のハインツだ。あらためて依頼内容を説明するので、まずは屋敷まで案内しよう」

 ようやく落ち着いたらしいハインツが、溜め息を吐いているクリスタを引き連れて太一達を屋敷の中へ案内する。

 

 通された応接室は、華美では無いが年を経て深みが出ている調度品が、品の良い高級感を出していた。

 村長親子と対面に座り、クリスタが用意したお茶を一口飲んだところで、ハインツが口を開く。


「あらためてよく来てくれた。毎年討伐依頼を出しているコボルトが今年は今になっても討伐出来ず困っていてな……。間もなく小麦の収穫が始まるのだが、それまでにアイツらを何とかしないと収穫量が激減してしまうのだよ」

「先ほど案内してくれたゼップさんも同じような事を言っていましたが、そこまでですか?」

「ああ。元々コボルト自体は居てな、この時期になると毎年麦を狙いに来るのだ。なので毎年依頼を出して、村人と共に駆除出来ておったから、多少麦をやられるくらいで問題無かったのだ。それが今年は、春先辺りから急にコボルトが増え出してな……」

 そう説明するハインツの眉間には深く皺が寄っている。

 

「いつもより早く姿を見かけるようになったから、依頼を出しつつ村人でも狩ってはいたのだ。最初は問題無かったのだが、何度か狩っても増える方が多くなってきてしまってな。ついにはケガ人も出るようになってしまった。弓で離れたところから倒そうとしても、何度かやっているうちに一定以上の距離に近づくと皆逃げるようになった。それで村人での駆除がほとんど出来なくなってしまったのだ」


「その辺りもゼップさんが言ってたのと同じですね」

「ああ。そもそも毎年村人だけでは駆除できないから冒険者へ依頼しておったのだが、今年はレンベックの周辺全体で同じような状況になっておる。近場にいくらでも依頼があるし、金のあるところは報酬額を上げておるから、冒険者の取り合いのような状況になっていてな……。ウチも報酬をいつもより上げてはいるのだが、ウチのような小さな村では限界があってな。しかも収穫直前で一番金の無い時期だ……。受け手がいなくて困っておったのだ」


「分かりました。では早速様子を見に行ってみます。本格的な討伐は明日からになると思いますが、地形の確認含めて一当て出来ればしようかと」

「ありがたい。頼れるのはあなた達だけなのだ。よろしく頼む」

「全力を尽くします。どなたかに案内をお願いすることは可能でしょうか?」

「分かった。先ほど一緒にいたゼップに案内させよう。あいつが一番詳しいはずだ」

「そう言えば先ほども、是非案内させてほしいと言ってましたね」

「であれば話は早いな」

 そこで話を切り上げハインツを先頭に屋敷を出ると、そこにはゼップが待っていた。

 

「ゼップ、すまんがこの方たちをコボルトのとこまで案内してくれ」

「任せといてください!」

「では、タイチにアヤノ、すまんがよろしく頼む。私もついて行きたいが、足手まといになるだろうからな。ここで報告を待たせてもらうよ」

「分かりました。じゃあゼップさん、お願いします」

「おうよ!」

 村長の屋敷を後にした太一と文乃は、ゼップの案内で村の内外にあるコボルトの溜まり場に向けて歩き始めた。

 

「ねぇゼップさん、コボルトって今大体何匹くらいいるの?」

「あーそうだなぁ……。正確には把握しきれてねぇが、50は居ねぇ。40かそこらじゃねぇかな」

「40か……。文乃さん、矢足りる?」

「多分少し足りないわね。ショートボウとロングボウそれぞれ30ずつあるけど、今日はショートボウしか使わない予定だし」


「30発か。あんたらの腕だと5匹くらいは殺れんのか?」

「うーん、ばらけ方にもよるけど、20は狩りたいわね」

「はぁぁ? 30撃って20って本気で言ってんのか? 流石に盛りすぎなんじゃねぇか?」

「何とも言えないのよね。目安としては、ゴブリンの群れ相手で100メルテ以内なら、ほぼ確実に当てられるんだけど」


「マジかよ……。今までいろんな冒険者が来たけど、それがホントなら相手になんねぇ」

「どれくらいの大きさなの? コボルトって。あと武装してるのかしら?」

「そうだなぁ、ゴブリンとほとんど同じくらいじゃねぇか? 武器も持ってるし、ボロいが服も着てんな。ただちょっと硬めの毛が生えてっからよ、少し硬ぇかもしんねぇ」

 

「ありがとう。あともう一つ。溜まってる場所って何箇所かあるのかしら?」

「そうだな。大きめの溜まり場が3か所あってよ、そこにバラけてんな。一か所に全部いるこたぁほとんどねぇな」

「本拠地みたいなところは無いのかしら?」

「ああ、そこがちょっと不思議でよ。これまでは数も多くねぇし、食いもん探してどっかから流れて来てたんだろうよ。だが、今回みてぇに数が多いのに巣がねぇってのは、ちぃと変なんだよな」


「なるほどね。ねぐらが分かってるなら強襲する手もあったけど、無いなら仕方が無いわね。じゃあ、その3か所全て回るんだけど、数が少なそうなところから回ってもらってもいい?」

「そりゃかまわねぇが、多いとこからじゃなくていいのか?」

「多い所から行くと、逃げられるかもしれないでしょ? で、逃げた奴から他の場所に伝わるかもしれないじゃない? そうなると他のポイントにもいなくなっちゃうかもしれないから、逃がす確率が低いとこから攻めたいのよ」

「分かった。つーかあれだな、こっちがやられるかどうかの心配をしねぇのがすげぇよ、あんた……」


 あまりに当然のように倒すこと前提の話を文乃がするため、ゼップは少々混乱してきていた。ぷるぷると小さく頭を振って気を落ち着かせると、記憶の中にいるコボルトの数を引っ張り出す。


「よし、じゃあまずはこっちだ。薪を取る林があんだけどよ、その手前が共同の薪割場になってて少し開けてんのさ。そこに大体いっつも5~6匹くれぇは居るはずだ」

「了解」

 ゼップを先頭に村を出て10分ほど歩くと、ちょっとした下り斜面になっており、その先には林が広がっていた。

 斜面の上まで来ると、ゼップが立ち止まるよう手で合図をし、自身も静かに腰を落とす。

 音を立てないよう注意しながら斜面の下をそっと覗いてみると、20mほど坂を下った先から平坦になっている。

 そこから林まで20m四方程度が切り開かれ、玉切りした木材があちこちに積まれているのが見えた。

 

 そんな広場の所々に、奴らは居た。

 あるものは玉切りした材木の上に、あるものは薪割用の切り株の上に、思い思いの場所に醜い犬のような頭をした生き物が全部で6匹たむろしていた。

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